父の大納言は亡くな 桐壺01章06

2021-03-29

原文 読み 意味

父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり

01006/難易度:★☆☆

ちち/の/だいなごん/は/なくなり/て はは/きたのかた/なむ/いにしへ/の/よし/ある/にて おや/うち-ぐし/さしあたり/て/よ/の/おぼエ/はなやか/なる/おほむ-かたがた/に/も/いたう/おとら/ず なにごと/の/ぎしき/を/も/もてなし/たまひ/けれ/ど とりたて/て/はかばかしき/うしろみ/し/なけれ/ば こと/ある/とき/は/なほ/よりどころ/なく/こころぼそげ/なり

父の大納言はお亡くなりの中、母は家柄の古い教養豊かなお方で、二親そろった当節評判で勢い盛な女御方にもさほど見劣りすることなく、宮中の諸行事をもまかなっておいででしたが、娘には取り立てて力のある後ろ盾はなかったので、人生の大事が訪れた時にはやはり頼みとするあてはなく心細い様子でした。

文構造&係り受け

主語述語と大構造

  • ど…ば…拠り所なく心細げなり 三次元構造

〈父の大納言〉は亡くなりて 〈母北の方〉なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれ 〈[桐壺更衣]〉とりたててはかばかしき〈後見〉しなけれ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり

助詞と係り受け

父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり

  • 父の大納言は亡くなり→とりたててはかばかしき後見なし/「て」は背景描写に多用され、この場合は父の死と後見のなさをつなぐ。述語である「なし」は形容詞のため、敬語は不要である。「亡くなりて」のみで「父の大納言」の叙述を切ると敬語がないことになってしまう。「後見しなし」に掛けることで敬語の問題は解消される。文構造としてはその間に、前景描写である母のがんばりが入りこむ。
  • 父の大納言は亡くなり・母北の方なむいにしへの人のよしあるに(親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど→とりたててはかばかしき後見なし)/文構造は非対称だが、「て」を繰り返すことで父と母を対比的に述べ、「はかばかしき後見しなし」という共通の結語に落とし込む見通しを立てている。聞き手に見通しを立てさせるための、語りのテクニック。
  • 母北の方なむ/主格→いにしへの人のよしあるにて・なにごとの儀式をももてなしたまひけり/並列
  • 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず→なにごとの儀式をももてなしたまひけり+→とりたててはかばかしき後見しなけり+ば→事ある時はなほ拠り所なく心細げなり

(いにしへの)人のよしあるにて:A「同格」のB連体形


親うち具し・(さしあたりて)世のおぼえはなやかなる(並列)→御方がた

大納言亡くなり 母北の方なむいにしへよしある 親うち具しさしあたりおぼえはなやかなる御方がたいたう劣ら なにごと儀式もてなしたまひけれ とりたてはかばかしき後見なけれ 事ある時なほ拠り所なく心細げなり

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

助動詞の識別:に ず けれ

  • :断定・なり・連用形
  • :打消・ず・連用形→もてなしたまひけり
  • けれ:呼び起こし・けり・已然形
敬語の区別: たまふ

父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり

尊敬語 謙譲語 丁寧語

古語探訪

大納言 01006:踏み外し

大臣に次ぐ次官でトップクラスの貴族が独占する職務だが、大臣になれずに亡くなっていることを考えると、出世コースからは外れたことが読み取れる。

いにしへの人 01006:幾重もの含意

家柄が古いのほかに、後に述べられる彼女の言動からして、考え方がふるい・頑迷など否定的意味をも含んだ言葉(ダブル・ミーニング)であるように思われる。

事ある時 01006:更衣にとって人生の大事とは

何か大事なことがあった場合。宮中の諸儀式という公的な場以外で、具体的に一番大事なことは、帝の子を宿すこと。「懐妊と里下がり/01004」「心細再考/01004」参照

よし 01006

一流には満たない人たちの教養・文化水準をいう。一流の人たちに対しては「ゆゑ」が使われる。

親うち具し 01006

両親が二人とも存命である、揃っている。

世のおぼえ 01006

世間での評判。

御方がた 01006

女御。

もてなし 01006

費用を負担する。

はかばかしき 01006

頼みがいのある。十分な資力・財力がある。

後見 01006

世話をする人。

後見しなければ 01006

「し」は強調の働き。

心細げなり 01006

後見がいないことからくる将来不安。

〈テキスト〉を紡ぐ〈語り〉の技法

分岐その二 01006

「父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて…」
父に関する叙述はあっさり消えるが、母に対しては延々とつづく。長い対表現による分岐の開始。読みの心構えは、「亡くなりて」とあるが、その結果どうだというのか、それを探りながら読み進めることになる。「とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり」(娘には立派な後見がなくて心細かった)とあり、その前、母はがんばったけれどの部分が分岐となる。

Posted by 管理者