おぼえいとやむごと 桐壺02章05
原文 読み 意味
おぼえいとやむごとなく上衆めかしけれど わりなくまつはさせたまふあまりに さるべき御遊びの折々何事にもゆゑある事のふしぶしにはまづ参う上らせたまふ ある時には大殿籠もり過ぐしてやがてさぶらはせたまひなど あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに おのづから軽き方にも見えしを
01011/難易度:★★☆
おぼエ/いと/やむごとなく/じやうず-めかし/けれ/ど わりなく/まつはさ/せ/たまふ/あまり/に さるべき/おほむ-あそび/の/をりをり/なにごと/に/も/ゆゑ/ある/こと/の/ふしぶし/に/は/まづ/まうのぼら/せ/たまふ あるとき/に/は/おほとのごもり/すぐし/て/やがて/さぶらは/せ/たまひ/など あながち/に/お-まへ/さら/ず/もてなさ/せ/たまひ/し/ほど/に おのづから/かろき/かた/に/も/みエ/し/を
帝からの引きはこれ以上にないほどで女御の風格をお備えでしたのに、帝がむやみと側にお留になるばかりに、立派な管絃の会の折りや格式あるどんな行事にも真っ先にこの方をお召し上げになる、時には共寝したまま起きそびれそのまま側仕えをおさせになるなど、強引にお手元からお放しにならないうちに、おのずと品下る方と見られもしたものですが、
文構造&係り受け
主語述語と大構造
- あまりに…ほどに…にも見えし(を) 三次元構造
〈[桐壺更衣]〉おぼえいとやむごとなく上衆めかしけれど 〈[帝]〉わりなくまつはさせたまふあまりに @/〈[帝]〉さるべき御遊びの折々何事にもゆゑある事のふしぶしにはまづ参う上らせたまふ/ /ある時には大殿籠もり過ぐしてやがてさぶらはせたまひなど/ @ あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに おのづから軽き方にも見えしを
助詞と係り受け
おぼえいとやむごとなく上衆めかしけれど わりなくまつはさせたまふあまりに 〈さるべき御遊びの折々何事にもゆゑある事のふしぶしにはまづ参う上らせたまふ ある時には大殿籠もり過ぐしてやがてさぶらはせたまひ〉など あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに おのづから軽き方にも見えしを
- おぼえいとやむごとなく・上衆めかしけり(並列)+ど→(わりなくまつはさせたまふあまりに・(さる…など)あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに/理由→おのづから軽き方にも見えき)
- わりなくまつはさせたまふあまりに≓あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに/言い換え
- さるべき御遊びの折々何事にもゆゑある事のふしぶしにはまづ参う上らせたまふ・ある時には大殿籠もり過ぐしてやがてさぶらはせたまふ/並列+など
- 軽き方にも見えき+を(→この御子生まれたまひて後はいと心ことに思ほしおきてたり/01012)/「を」は接続助詞である。この文全体の主体は明示されていないが「桐壺」であるので、「見えし」の後に「桐壺」を補うことはできない。従って、格助詞とは考えない。
さるべき御遊びの折々何事にもゆゑある事のふしぶしにはまづ参う上らせたまふ(挿入一):帝がむやみと側にお留になる具体例その一
ある時には大殿籠もり過ぐしてやがてさぶらはせたまひなど(挿入二):帝がむやみと側にお留になる具体例その二
おぼえいとやむごとなく上衆めかしけれど わりなくまつはさせたまふあまりに さるべき御遊びの折々何事にもゆゑある事のふしぶしにはまづ参う上らせたまふ ある時には大殿籠もり過ぐしてやがてさぶらはせたまひなど あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに おのづから軽き方にも見えしを
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
助動詞の識別:せ べき せ せ ず せ し し
- せ:使役・す・連用形/「せたまふ」:使役+尊敬
- べき:当然・べし・連体形
- せ:使役・す・連用形/「せたまふ」:使役+尊敬
- せ:使役・す・連用形/「せたまふ」:使役+尊敬
- ず:打消・ず・連用形
- せ:使役・す・連用形/「せたまふ」:使役+尊敬
- し:過去・き・連体形
- し:過去・き・連体形
敬語の区別:たまふ 御 参う上る たまふ 大殿籠もる さぶらふ たまふ たまふ
おぼえいとやむごとなく上衆めかしけれど わりなくまつはさせたまふあまりに さるべき御遊びの折々何事にもゆゑある事のふしぶしにはまづ参う上らせたまふ ある時には大殿籠もり過ぐしてやがてさぶらはせたまひなど あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに おのづから軽き方にも見えしを
尊敬語 謙譲語 丁寧語
古語探訪
大殿籠もり過ぐし 01011:傾国のおそれ
古代の帝は、夜は神事として、賢所に納めてある三種の神器のひとつの草薙の剣と添い寝をしたことから、後宮で性を営んだ後、夜のうちに部屋に戻って休むのが生活のスタイルであった。現実世界の天皇はおそらくそうしたスタイルを忠実に実行したとは考えにくいが、物語の帝は、すくなくとも物語の最初の天皇として位置するこの帝は、聖天子を理想として描かれていることから、後宮で寝過ごすことは、単に朝の政務を怠ったことを意味するのみならず、帝として破格の行為であった。
おぼえ 01011
帝からの女性であれば愛情、男性であれば引き立て。
やむごとなく 01011
やむことがなく。最上の。
上衆めかしけれど 01011
身分が高い人のように傍からは見えながら。
やむごとなき 01011
止むことがないの原義で、この上なく高貴な。
わりなく 01011
理屈に合わず。身分に合わない務めに対して「わりなし」。
あまりに 01011
後宮内で側にまつわせておくのはともかくも、それが習慣化したあまりに、公然たる公の行事でも、真っ先に帝の側に呼びつけたということ。帝の妻である後宮の女性が衆目の集まる場面に出てくること自体尋常でないから、帝の側仕え要員とみなされているのである。
さるべき 01011
それに相応しいという意味で、相当な・立派な。それなりの意味ではない。
御遊び 01011
管弦楽の宴。
ゆゑ 01011
一級の文化(行事)。宮中の公的な、即ち、代々の天皇が行ってきた、天皇個人の問題ではすまないはずの年中行事。
参う上ら 01011
後宮の女性が里の局から帝のもとに参上すること。
やがて 01011
そのまま。
さぶらはせ 01011
身の回りの世話をさせる。これは帝付きの女房の務めであり、身分ある更衣がすることではない。
あながちに 01011
無理無体に。
御前去らずもてなさせたまひし 01011
「せ」は使役。「まつはさせ」(自動詞「まつはす」+「せ」)「参う上らせ」(参う上る+せ)と同じである。「去らず」と「もてなす」は並列で使役「せ」にかかる。帝の御前から下がらせず、世話をおさせになった。「去る」「もてなす」は桐壺更衣に帝がそうさせた。「たまひ」は帝の行為に対する敬意。
〈テキスト〉〈語り〉〈文脈〉の背景
分岐サイン
「もてなさせたまひしほどに」が「まつはさせたまふあまりに」の言い換え「に」が繰り返されていることに注意。前の「に」がどこに続くかと考えながら読み進めると、再び「に」が出くわす。これが分岐終了の印で、帰結を迎える。
分岐その三 01011
読みの心構えとしては、帝が桐壺更衣を「わりなくまつはさせたまふあまりに(A)」どうだというのかを見てゆくことになる。
「さるべき御遊びの折々(B)」云々、「ある時には大殿籠もり過ぐして(C)」云々は(A)の具体例、その具体例をもう一度まとめ直したのが「あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに(D)」であり、(D)は(A)の言い換えになっている。
この言い換えこそが、分岐が戻った証拠であり、分かれた文脈をくっつける糊白の働きをするのである。