御使の行き交ふほど 034 ★☆☆

2021-02-2401 桐壺01章~10章,06 時間/時刻・昼夜・季節・時代

原文 読み 意味 桐壺第03章11@源氏物語

御使の行き交ふほどもなきに なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを 夜半うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬる とて泣き騒げば 御使もいとあへなくて帰り参りぬ

おほむ-つかひ/の/ゆきかふ/ほど/も/なき/に なほ/いぶせさ/を/かぎりなく/のたまはせ/つる/を よなか/うち-すぐる/ほど/に/なむ/たエ/はて/たまひ/ぬる /とて/なき/さわげ/ば おほむ-つかひ/も/いと/あへなく/て/かへり/まゐり/ぬ

エ:や行の「え」

付き添った使者が戻る時間でもないのに気詰まりをとめどなく口になさっておられたところ、夜中少しまわった頃、命が絶えてしまわれたと女房たちが泣き騒ぐので、使者もどうにもならず宮中に戻って来た。

文構造&係り受け 01-034

主述関係に見る文構造(ば…も…あへなくて帰り参りぬ:五次

〈御使〉の行き交ふ〈ほど〉もなき 〈[帝]〉なほいぶせさ限りなくのたまはせつる 〈夜半〉うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬる@とて〈[家の者]〉泣き騒げ 〈御使〉もいとあへなくて帰り参りぬ

色分:〈主語〉助詞・述語 [ ]:補充 //挿入 |:休止 @@@@@@@@:分岐

機能語に見る係り受け

御使の行き交ふほどもなきに なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを 夜半うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬる とて泣き騒げば 御使もいとあへなくて帰り参りぬ

  • 御使の行き交ふほどもなき→なほいぶせさを限りなくのたまはせつ+→(夜半うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬるとて泣き騒ぐ+→御使もいとあへなくて帰り参りぬ)/接続助詞「を」はとてもあいまいな接続を行う。ここでも、帝の心慮と、家の者の泣き騒ぐ様子とはつながりは見いだしにくい。その原因は、帝の心配と家の者が泣き叫ぶとの間には省筆があるからである。省筆を考えずにそのまま読むと、家の者の発言「夜半うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬる」は直接話法とは考えにくい。なぜなら、帝の心配と家の者の発言とに分断があるからだ。従って、この表現は、会話内容(本来直説法)を語りを地の文(間接話法)に溶け込ませる描出話法として読むことになるが、しかし、それだと説明不足で作為的にしか読めないのだ。これはテキストが悪いのではなく、テキストに臨む態度が悪かったのである。語り手は、聞き手と共有されているものは説明を省き、物語の重要ポイントにこそ力点を置いて語るものなのだ。近代文学が求める読者への説明責任を、源氏物語の語り手に求めるのはお門違いである。語りが隅々まで十全に行われていると考えるべきではないのだ。殊に身分の低い者の動作には、状況説明がなされないことが多い。それは舞台背景であり、素通りするものなのだ。
    それはさておき、この間に「帝が心配しているので、使者が御息所の家の者に問いただしたところ」という状況説明を補って読めば、「夜半うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬる」全体が使者の問いに対する答えとして読むことができる。描出話法による説明を必要とせず、単なる直接話法としてよいのだ。ここに至って接続助詞の「を」がにわかに生きてくる。使者が行き来する間もなく、帝は心配でならなかったが、御息所が亡くなったと情報を得て、使者も帝の心配をよそに戻って来たのだ。

「御使の行き交ふほどもなき(に)」:(A「主格」のB連体形、準体用法で後に「時」などの省略

助詞・助動詞の識別:つる ぬる ぬ
  • つる:完了・つ・連体形
  • ぬる:完了・ぬ・連体形/係助詞「なむ」の結び
  • :完了・ぬ・終止形

※「つ」は他動詞と相性が良く、「ぬ」は自然に推移する自動詞と相性が良い。

御使行き交ふほどなき なほいぶせさ限りなくのたまはせつる 夜半うち過ぐるほどなむ絶えはてたまひぬる 泣き騒げ 御使いとあへなく帰り参り

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

敬語の区別:御 のたまはす たまふ  参る

使の行き交ふほどもなきに なほいぶせさを限りなくのたまはせつる を 夜半うち過ぐるほどに なむ絶えはてたまひぬる と て泣き騒げば 使もいとあへなくて帰り参り

尊敬語 謙譲語 丁寧語

古語探訪;失われた意味を求めて

行き交ふ 01-034

使者をひとたび送っただけでなく、随時使者を往復させ、御息所の病態に変化がないか、情報を取っていたことが「交ふ」一語に含まれているのだ。

絶えはて 01-034

亡くなることの婉曲表現として使われていることは明らかだが、一般にはこの意味では使用せず、和歌の中で「たまきはる命絶えぬれ」「玉の緒絶えなば絶えね」などの定型表現として使われるのが普通である。単独の表現としては強すぎる言葉で場面にそぐわない。この表現は先の桐壺更衣の歌「命なりけり」を受けた表現と考えると得心がゆく。歌で歌われたあの命の火もついに消えてしまわれたという感覚。それゆえ先にこの歌を聴いている必要があるので、この表現の主体は、ともに里下がりした更衣付きの女房と考えるのが妥当であろう。

御使も 01-034

この「も」は難しい。「御使も」は「帰り参りぬ」に係ることは確かだが、「いとあへなくて」は御使に対する形容であろうか。すなわち、ここで語り手は使者の内面に立ち入る必要があるのだろうか。この文の話題は何であったか。それは、使者を行き来させても帝は「なほなほいぶせさを限りなくのたまはせつる」状態にあったことである。それなのにどうしたのかという結語が、接続助詞「を」を介して述べられているのである。使者そのものに焦点を当てる文ではない。「御使も」は「帝の送り出せる御使も」という状況説明であり、その実質は「帝のそうした心配も」である。しかしながら、御息所の死が確定し、「いとあへなし」となった。すなわち、取り返しのつかない状況になりおうしたのだ。「のたまはせつる+を→いとあへなし+て→帰り参りぬ」という流れである。

あへなく 01-034

ことが決定し、元に戻らない、手の打ちようがない感情。死が確定したことからくる感情。 一縷の望みをかけながら、側で見守れないやり場のなさを感じている帝と、直接話法で桐壺更衣の死を嘆く話し言葉を場面を、一文の中でぶつける点が、ストーリーの急展開を描くのに効果をあげている。このあたりも不自然死を感じさせる。

なほ 01-034

「御胸つとふたがりて/01-033」とあり、その状態が続いている。やはり、今更ながらに。

いぶせさ 01-034

出口のない鬱憤が原義。更衣が様子がつかめず、気持ちのもって行き様がない様子を表す。

を 01-034

接続助詞ととってもよいが、詠嘆の終助詞と考えてもよい。

耳でとらえる;立ち現れる〈モノ〉

語りの対象:(帝の)御使桐壺更衣内裏からともに里下がりした桐壺更衣付きの女房

御使の行き交ふほどもなきに・なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを》A・B
付き添った使者が戻る時間でもないのに気詰まりをとめどなく口になさっておられたところ、

夜半うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬるとて・泣き騒げば》 C・D
夜中少しまわった頃、命が絶えてしまわれた と女房たちが泣き騒ぐので、

御使もいとあへなくて帰り参りぬ》 E
使者もどうにもならず宮中に戻って来た。

分岐型:A<B<(C<)D<E:A<B<D<E、C<D

 A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉 ※係り受けは主述関係を含む


〈直列型〉<:直進 :倒置
〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 :中止法


〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用