命長さのいとつらう 063 ★☆☆
- 1. 命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに松の思はむことだに 原文 読み 意味 桐壺第5章14(63・64共通)
- 1.1. 大構造(とのたまふ/五次)& 係り受け(63・64共通)
- 1.2. 《命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに》A
- 1.3. 《松の思はむことだに恥づかしう思うたまへはべれば》B
- 1.4. 《百敷に行きかひはべらむことはましていと憚り多くなむ》C
- 1.5. 《かしこき仰せ言をたびたび承りながらみづからはえなむ》D
- 1.6. 《思ひたまへたつまじき》E
- 1.7. 《若宮は・いかに思ほし知るにか》F・G
- 1.8. 《参りたまはむことを・のみなむ思し急ぐめれば》H・I
- 1.9. 《ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど うちうちに思うたまふるさまを奏したまへ》J
- 1.10. 《ゆゆしき身にはべれば》K
- 1.11. 《かくておはしますも》L
- 1.12. 《忌ま忌ましうかたじけなくなむ》M
- 1.13. 《とのたまふ》N
- 1.14. 百敷:掛詞風
- 1.15. 行きかひ:人交わり
- 1.16. いかに思ほし知るにか:宮中からの派遣女房の存在
- 1.17. うちうちに:秘密裏に
- 1.18. 桐壺 注釈 第5章15(63・64共通)
- 1.19. 助詞の識別/助動詞の識別(63・64共通):る む まじ なり(断定) めり
- 1.20. 敬語の識別(63・64共通):たまふ はべり 仰せ言 承る 思ほす 参る たまふ 思す たてまつる 奏す おはします のたまふ
命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに松の思はむことだに 原文 読み 意味 桐壺第5章14(63・64共通)
命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに 松の思はむことだに恥づかしう思うたまへはべれば 百敷に行きかひはべらむことはましていと憚り多くなむ かしこき仰せ言をたびたび承りながら みづからはえなむ 思ひたまへたつまじき
(若宮はいかに思ほし知るにか 参りたまはむことをのみなむ思し急ぐめれば ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど うちうちに思うたまふるさまを奏したまへ ゆゆしき身にはべれば かくておはしますも忌ま忌ましうかたじけなくなむ とのたまふ)
いのち/ながさ/の/いと/つらう/おもひ/たまへ/しら/るる/に まつ/の/おもは/む/こと/だに/はづかしう/おもう/たまへ/はべれ/ば ももしき/に/ゆきかひ/はべら/む/こと/は/まして/いと/はばかり/おほく/なむ かしこき/おほせごと/を/たびたび/うけたまはり/ながら みづから/は/え/なむ おもひ/たまへ/たつ/まじき
(わかみや/は/いかに/おもほし/しる/に/か まゐり/たまは/む/こと/を/のみ/なむ/おぼし-いそぐ/めれ/ば ことわり/に/かなしう/み/たてまつり/はべる/など うちうち/に/おもう/たまふる/さま/を/そうし/たまへ ゆゆしき/み/に/はべれ/ば かくて/おはします/も/いまいましう/かたじけなく/なむ と/のたまふ)
命の長さが大層つらく思い知られるにつけ、高砂の松がわたくしをどう見るか想像してさえ居たたまれませんのに、百官集う宮中に出入りするなどはまして憚り多いことで、かしこき仰せ言を度たび承りながら、わたくし自身はいかにしても、参内を思い立てそうにございません。
(若宮はどのようにしてお知りになってか、宮中に参ることばかりを願われご準備なさっておいでの様子ですので、そうなさるのが道理ながら悲しくお見受けいたしておりますことなど、心の中で考えていることなどを内々にご奏上ください。(娘に先立たれた)不吉な身でありますれば、このまま宮がここにあそばされるのも忌まわしく恐れ多いことで、と母北の方はおっしゃる。)
大構造(とのたまふ/五次)& 係り受け(63・64共通)
〈[母君]〉@命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに 松の思はむことだに恥づかしう思うたまへはべれば 百敷に行きかひはべらむ〈こと〉はましていと憚り多くなむ@ @かしこき仰せ言をたびたび承りながら みづからはえなむ思ひたまへたつまじき@ @〈若宮〉は@いかに思ほし知るにか@ 参りたまはむことをのみなむ思し急ぐめれば 〈[私=母君]〉ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど@ @ うちうちに思うたまふるさまを[命婦よ]奏したまへ ゆゆしき身にはべれば かくて〈おはします〉も忌ま忌ましうかたじけなくなむと @ のたまふ
〈主〉述:一朱二緑三青四橙五紫六水 [ ]: 補 /: 挿入 @・@・@・@:分岐
四つの文からなる比較的単純な文構造ではあるが、比喩などレトリックが多用され、かなり難易度の高い。次回に詳細な注をつける。
「百敷に行きかひはべらむことはましていと憚り多くなむ」(対自的)「かしこき仰せ言をたびたび承りながらみづからはえなむ」(対他的)→「思ひたまへたつまじき」
「いかに思ほし知るにか」→「参りたまはむことを」
「かくておはします」:主語は若宮
特別講義(63・64共通)
《命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに》A
訳)命の長さが大層つらく思い知られるにつけ:
・「命長さ」:命が長いこと。それが「いとつらう思うたまへ知らるる」(たいそう辛く思い知る)のは、娘に先立たれたから。
・「名詞」+「の」+「連体形」:「の」は格助詞で、同格と主格があるが、ここは「知らるる」に対する主格
・「思うたまへ知る」:「思ひ知る」のウ音便+「たまふ」(謙譲語)
・「知らるる」:「るる」は自発「る」の連体形
《松の思はむことだに恥づかしう思うたまへはべれば》B
訳)高砂の松がわたくしをどう見るか想像してさえ居たたまれませんのに:
・「松の思はむこと」:松は長寿の代表。長生きで知られる松でさえ、娘に先立たれながら、松のように長生きしている私を見たらどう思うだろうかという、擬人法。
・「Aだに(ましてB)」:最低限のAでも…なのに(ましてBでは…)。情を解さない松に対してさえ長生きが気が引けるのに、まして…
・「思うたまへ」:「思ふ」のウ音便+「たまふ」(謙譲語)
・「はべれ」:丁寧語
《百敷に行きかひはべらむことはましていと憚り多くなむ》C
訳)百官集う宮中に出入りするなどはまして憚り多いことで:
・「百敷」:宮中の異称。年齢の百歳に百敷の百をかける。
・「行きかひ」:行ったり来たりすることで、具体的には出仕すること。宮仕えして女官達と交流すること。人交はり。
・「まして」:まして華々しい宮中に出仕することは憚れるという論理。
・「憚り多くなむ」:「思ひたまへたつまじき」にかかる。憚り多く出仕を思い立つことはできかねますとの意味。
《かしこき仰せ言をたびたび承りながらみづからはえなむ》D
訳)かしこき仰せ言を度たび承りながら、わたくし自身はいかにしても:
・「かしこき」:恐れ多い。帝の言葉であるから、本来なら決して断ることなどできない。それにも関わらず、たびたび断ったことはよほどの理由があると考えなければならない。
・「みづからはえなむ」:「思ひたまへたつまじき」にかかる。
《思ひたまへたつまじき》E
訳)参内を思い立てそうにございません:
・決心がつかない理由は「AからC」にかけて述べられている。Dは帝に対する儀礼的な釈明。
・「思ひたまへたつまじき」:「思ひたつ」+「たまふ」(謙譲語)+「まじ」(will not)の連体形
《若宮は・いかに思ほし知るにか》F・G
訳)若宮はどのようにしてお知りになってか:
・「いかに思ほし知るにか」:「参りたまはむことを」にかかる。
(かかるとは、欠如要素を探すこと。「いかに思ほし知るにか」には何を「思ほし知る」のかが欠如している。それを探せば「参りたまはむことを」が浮かび上がる。欠如要素の候補にかけて読んでみて、自然であればそれが答えである)
《参りたまはむことを・のみなむ思し急ぐめれば》H・I
訳)宮中に参ることばかりを願われご準備なさっておいでの様子ですので:
・「参りたまはむ」:宮中に参内すること。「行く」の謙譲語(発話者から帝に対する敬意)「参る」+尊敬語(発話者から若宮に対する敬意)「たまふ」+意思の助動詞「む」
・「なむ」:係り助詞、結び「急ぐめれ(ば)」であり、係り結びは流れている。この「なむ」はCとDの「なむ」と対をなしている。
・「思し急ぐめれ」:「思ひたまへたつまじき」と対をなしている。自分は参内を思い立つことができないが、若宮は参内することばかりを考えて準備している。
・「急ぐ」:準備する。
・「めれ」:そのような様子が見える。(視覚でとらえられる推量)
・「已然形+ば」:順接確定条件(すでに…しているので)/「未然形+ば」:順接仮定条件(もし…したら)
《ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど うちうちに思うたまふるさまを奏したまへ》J
訳)そうなさるのが道理ながら悲しくお見受けいたしておりますことなど、心の中で考えていることなどを内々にご奏上ください:
・「ことわりに」と「悲しう」が並列関係にありともに、「見たてまつりはべる」にかかる。
・「ことわりに」:形容動詞「ことわりなり」の連用形で、そうするのが当然である(若宮が参内を考えて急ぎ準備することが当然だ)。
・「悲しう」:形容詞「悲し」の連用形「悲しく」のウ音便、なすすべのない無力感が原義。帝の実子である若宮が宮中に戻ることは当然であるが、参内しないことを決めている母北の方にとって、それは決別を意味するので、激しい愛情がわき上がるのである。
・「見たてまつりはべる」:「見る」+謙譲語(話者から動作対象である若宮に対する敬意を表す)「たてまつる」+丁寧語(話者から聞き手に対する敬意)「はべる」
・「うちうちに」:「奏したまへ」にかかる。誰もいないところで、ひそかに帝にお伝えください。人前ではいろいろと面倒が沸き起こるから。
・「思うたまふるさま」:「思ふ」の連用形「思ひ」のウ音便+謙譲語(話者から動作対象である若宮への敬意を表す)「たまふ」の連体形+体言「さま」
・「奏したまへ」:帝に対する敬意を表す「言ふ」の謙譲語「奏す」の連用形+尊敬語(話者から動作主体である命婦への敬意を表す)「たまふ」の命令形
《ゆゆしき身にはべれば》K
訳)(娘に先立たれた)不吉な身でありますれば:
・「かしこし」と「ゆゆし」は対の関係にある。ともに霊威に対する強い畏怖であり、距離を置きたい感覚であるが、「かしこし」は日常からの過度のプラスに対して、「ゆゆし」は過度のマイナスに対して沸き起こる。
《かくておはしますも》L
訳)このまま宮がここにあそばされるのも:
・「おはします」:若宮がこの草深い場所にこのままいらっしゃるのもの意味。「いる」の尊敬語で「おはす」よりもさらに敬意が高い。通常、地の文では、帝やそれに準じる東宮などに限定して使用されるが、会話文ではそのルールはゆるやかで、もっと下位のグループにも用いられる。
《忌ま忌ましうかたじけなくなむ》M
訳)忌まわしく恐れ多いことで:
・「忌ま忌ましう」:娘に先立たれた母北の方の側で育てることが、不吉で縁起が悪いという感覚。
・「かたじけなく」:帝の子をこんな草深い場所で育てることに対して恐縮する感覚。
《とのたまふ》N
訳)と母北の方はおっしゃる:
・「のたまふ」:主語は母北の方。上のE・J・Mで終わる三つの文を受ける。
物語の深部を支える重要語句へのアプローチ(63・64共通)
百敷:掛詞風
百敷は内裏、宮中の言い換え。百敷の百は百歳を暗示させる。
行きかひ:人交わり
百敷と里を行き交うのではなく、百敷(後宮)の中を行き交う。即ち、宮仕えをすること。帝から宮中に呼ばれることは、女官として働くことを意味する。
いかに思ほし知るにか:宮中からの派遣女房の存在
「参りたまはむことをいかに思ほし知るにか」の倒置。光の君が里下がりするについては、内裏から女房や乳母が付き添っているはずで、そうした者たちは、内裏を懐かしがって、早くお帰りなさいと光の君に勧めたことが容易に想像される。
うちうちに:秘密裏に
光源氏が宮中に戻ることは皇太子候補が一人増えることになるので、帰還したあとの準備を内密に行う必要がある。
桐壺 注釈 第5章15(63・64共通)
命長さ 01-064
寿命が長いこと。娘に先立たれたことから来る。
松の思はむこと 01-064
「いかでなほありと知らせじ高砂の松の思はむこともはづかし(どうしても自分が未だに生きているとは知らせたくないものだ、高砂の松がわたしと同じようにおまえは長生きだなと思うのも気が引ける)/古今六帖・五)による。
急ぐめれば 01-064
内裏に戻る準備をしているようなので。「めり」は目に見えることを暗示する。
ことわりに 01-064
光の君は帝の子なので、宮中に戻るのが道理との認識。
悲しう 01-064
母君は宮中に連れ添うつもりがないので、別れることを前提に悲しんでいる。
ゆゆしき身 01-064
娘に先立たれた逆順をいうのだろう。
かくておはします 01-064
尊敬語の使用から主語は光の君を表す。「かくて」は「かくありて」の省略、このような状態が継続すること。このような草深い場所で帝の子が育つこと。
助詞の識別/助動詞の識別(63・64共通):る む まじ なり(断定) めり
命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに 松の思はむことだに恥づかしう思うたまへはべれば 百敷に行きかひはべらむことはましていと憚り多くなむ かしこき仰せ言をたびたび承りながらみづからはえなむ 思ひたまへたつまじき 若宮はいかに思ほし知るにか 参りたまはむことをのみなむ思し急ぐめれば ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど うちうちに思うたまふるさまを奏したまへ ゆゆしき身にはべれば かくておはしますも 忌ま忌ましうかたじけなくなむ とのたまふ
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
敬語の識別(63・64共通):たまふ はべり 仰せ言 承る 思ほす 参る たまふ 思す たてまつる 奏す おはします のたまふ
命長さのいとつらう思うたまへ知らるる に 松の思はむことだに恥づかしう思うたまへはべれば 百敷に行きかひはべらむことはましていと憚り多くなむ かしこき仰せ言をたびたび承りながらみづからはえなむ 思ひたまへたつまじき 若宮はいかに思ほし知るに か 参りたまはむことを のみ なむ思し急ぐめれ ば ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど うちうちに思うたまふるさまを奏したまへ ゆゆしき身にはべれば かくておはしますも 忌ま忌ましうかたじけなくなむ とのたまふ
尊敬語 謙譲語 丁寧語