参りては いとど心 057

2021-03-05

原文 読み 意味 桐壺05章08@源氏物語

参りては いとど心苦しう 心肝も尽くるやうになむと 典侍の奏したまひしを もの思うたまへ知らぬ心地にも げにこそいと忍びがたうはべりけれとて ややためらひて 仰せ言伝へきこゆ

まゐり/て/は いとど/こころぐるしう こころぎも/も/つくる/やう/に/なむ/と ないし-の-すけ/の/そうし/たまひ/し/を もの/おもう/たまへ/しら/ぬ/ここち/に/も げに/こそ/いと/しのび-がたう/はべり/けれ/とて やや/ためらひ/て おほせごと/つたへ/きこゆ

お訪ねしましてはますます心が痛み魂も消え入りそうでと、以前典侍が奏上なさっていましたが、情理にうといふつつか者にも、全くもって忍びがたかろうと存じますと言い、しばし心を静めてから、命婦は帝の仰せごとをお伝え申し上げる。

文構造&係り受け

主語述語と大構造 とて…ためらひて…伝へきこゆ:五次

参りては いとど心苦しう 心肝も尽くるやうになむ 〈典侍〉の奏したまひし もの思うたまへ知らぬ心地にも げにこそいと忍びがたうはべりけれとて 〈[命婦]〉ややためらひて 仰せ言伝へきこゆ

機能語と係り受け

参りては いとど心苦しう 心肝も尽くるやうになむと 典侍の奏したまひしを もの思うたまへ知らぬ心地にも げにこそいと忍びがたうはべりけれとて ややためらひて 仰せ言伝へきこゆ

「奏したまひしを」→「げにこそいと忍びがたうはべりけれ」

参り いとど心苦しう 心肝尽くるやうなむ 典侍奏したまひ もの思うたまへ知ら心地 げにこそいと忍びがたうはべりけれ ややためらひ 仰せ言伝へきこゆ

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

助詞・助動詞の識別:に し ぬ けれ

  • :断定・なり・連用形
  • :過去・き・連体形
  • :打消・ず・連体形
  • けれ:喚起・けり・已然形
敬語の区別:参る 奏す たまふ (思う)たまふ はべり 仰せ言 きこゆ

参りて は いとど心苦しう 心肝も尽くるやうに なむ と 典侍の奏したまひしを もの思うたまへ知らぬ心地に も げにこそいと忍びがたうはべりけれ と て ややためらひて 仰せ言伝へきこゆ

尊敬語 謙譲語 丁寧語

古語探訪;失われた意味を求めて

典侍の奏したまひしを 01-057:間接ドラマ

省略されているが、すでに典侍が母君の元を訪れ、その時の模様を帝に報告している。その復命の言葉を命婦は聞いていたとの設定。省略は源氏物語の重要な技法のひとつ。あなたのような立派なお方が来られては「恥ずかしい」と言って、母君が距離を置こうとしたのに対して、それは取り合わず、まったく耐え難いことですねと同情から入って、帝の言葉を伝える。「を」は一般に接続助詞とされるが、詠嘆を表す間助詞とも考え得る。その方が「げにこそ」の感動が意味をなす。また接続がはっきりしないことからも、間助詞を支持する。

ためらひ 01-057:間合い

感情を抑制すること。「ため」を作った後に。はやる気持ちを押さえるの意。命婦は勅使であり、感情に走る母君とは別の立場にある。ここの場面は一種の性格喜劇となっていて、冷静な人と感情的な人とが、ついに折り合わず別れることになる。

もの思うたまへ知らぬ 01-057

「もの」は世情。自分の守備範囲にない点で「もの」と言い表されている。世情に疎い身ながら。「たまへ」は自分の動作「思ひ知らぬ」についているので謙譲語。謙譲語の「たまふ」は、会話文や手紙文で用いられ、地の文では用いない。そのため、丁寧語と考える説もある。謙譲語の「給ふ」はこのように複合動詞につく場合は間に入る。「思う」はウ音便。「思うたまへ知らぬ」=「思ひたまへ知らぬ」

忍びがたうはべりけれ 01-057

帝の世継ぎを産みながら、親に先立ち娘を失った境遇は。

耳からの情報伝達;立ち現れる〈モノ〉

語りの対象:典侍(命婦以前の勅使)命婦

分岐型:A→B→(C→)D→E:A→B→D→E、C→D

参りてはいとど心苦しう心肝も尽くるやうになむと・典侍の奏したまひし》A・B
お訪ねしましてはますます心が痛み魂も消え入りそうでと、以前典侍が奏上なさっていましたが、

もの思うたまへ知らぬ心地にも・げにこそいと忍びがたうはべりけれとて》 C・D
情理にうといふつつか者にも、全くもって忍びがたかろうと存じますと言い、

ややためらひて 仰せ言伝へきこゆ》E
しばし心を静めてから、命婦は帝の仰せごとをお伝え申し上げる。

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