いつしかと心もとな 008 ★☆☆
いつしかと心もとながらせたまひて急ぎ参らせて御覧ずるに 原文 読み 意味 桐壺第2章02/源氏物語
いつしかと心もとながらせたまひて 急ぎ参らせて御覧ずるに めづらかなる稚児の御容貌なり
いつしか/と/こころ-もとながら/せ/たまひ/て いそぎ/まゐらせ/て/ごらんずる/に めづらか/なる/ちご/の/おほむ-かたち/なり
今か今かと帝は心もとないご様子で、里より急ぎ参らせご覧になったところ、御子は見たこともないめずらしい人相のお顔立ちだったのです。
大構造(に…の御容貌なり/二次)& 係り受け
〈[帝]〉いつしかと心もとながらせたまひて 急ぎ参らせて御覧ずるに 〈[若宮]〉めづらかなる稚児の御容貌なり
〈主〉述:一朱二緑三青四橙五紫六水 [ ]: 補 /: 挿入 @・@・@・@:分岐
「御覧ずるに」→「御容貌なり」
物語の深部を支える重要語句へのアプローチ
めづらかなる:この世ならざる力の働き
帝の帝王学の心得である倭相で見ても珍しい相。将来を見通せない不安がある。「父帝の眼力」参照。
前後の文脈および文の背景
父帝の眼力
「めづらか」は、もちろん珍しいという意味だが、その内実はどうなのか。後に見るように、帝は高麗の相人、倭相、宿曜の達人の光源氏の将来を占わせている。この国にとってどの御子を東宮につけるのが最良の選択か、時に母の家柄や、生まれた順をも覆す決断をくだす必要がある。その判断をくだす重要な材料としてである。しかし、「思しよりにける筋/01-125」とあり、帝自身がまずもって人物を見極める眼力を持っていたとすべきである。他の政治勢力が及ばぬ先に、曇りない目で、国の統治者として適当な質を有しているか見極めなければならない。三人の相人に相談したのは、あくまで自分の判断に客観性を持たせるためで、一国の大事を託す人選を人任せにできるものではない。しかしながら、帝の眼力をもってしても、光源氏の将来は見通せないものがあった。他の相人たち同様、人の上に立つ美質を備えながら、不測な事態が起こることが予想されたのである。先回りするなら、須磨明石の都落ちを経験する。そこで救いだすのは、この時にはすでに亡き人であった父帝の霊力である。これは地上の論理を超えた力であり、帝はおろか相人たちも見通すことはできなかったのだ。
桐壺 注釈 第2章02
いつしか 01-008
早くの意。
心もとながらせたまひ 01-008
「心もとなし」+「せたまふ/最高敬語)。「心もとなし」は、情報が少ないために、気ばかりがせいてならない。
めづらかなる稚児の御容貌なり 01-008
原文は「稚児の」を省き「御覧ずるにめづらかなるご容貌なり」で良さそうなものだが、そうはなっていない。また「稚児」を主語の位置に移し、「稚児(の・は)めづらかなるご容貌なり」などでも落ち着きそうだが、そうはなっていない。「稚児の」をどうしてもこの位置に持ってきたいという語り手の意思を感じないではおれない。「めづらかなる」は「ご容貌」にかかると読むのが普通だが、「めづらかなる稚児」で固有なイメージを結んでいるのかも知れない。例えば、聖徳太子なんかが浮かぶ。ともあれイレギュラーな語順である。
助詞の識別/助動詞の識別:す なり(断定)
いつしかと心もとながらせたまひて 急ぎ参らせて御覧ずるに めづらかなる稚児の御容貌なり
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
敬語の識別:す たまふ 御覧ず 御
いつしかと心もとながらせたまひて 急ぎ参らせて御覧ずるに めづらかなる稚児の御容貌なり
尊敬語 謙譲語 丁寧語
附録:耳からの情報処理(語りの対象 & 構造型)
語りの対象:帝/光源氏
《いつしかと心もとながらせたまひて》 A
今か今かと帝は心もとないご様子で、
《急ぎ参らせて御覧ずるに》 B
里より急ぎ参らせご覧になったところ、
《めづらかなる稚児の御容貌なり》 C
御子は見たこともないめずらしい人相のお顔立ちだったのです。
直列型:A<B<C:A<B<C
A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉
※係り受けは主述関係を含む
〈直列型〉<:直進 #:倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 |:中止法
〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用