いとにほひやかにう 028 ★★★

2020-09-03★★★:源氏千年の謎に挑む01 桐壺,たり(完了),る・らる

桐壺 原文 かな書き 現代語訳 第3章05

いとにほひやかにうつくしげなる人の いたう面痩せて いとあはれとものを思ひしみながら 言に出でても聞こえやらず あるかなきかに消え入りつつものしたまふを 御覧ずるに 来し方行く末思し召されず よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど 御いらへもえ聞こえたまはず まみなどもいとたゆげにて いとどなよなよと我かの気色にて臥したれば いかさまにと思し召しまどはる

いと/にほひやか/に/うつくしげ/なる/ひと/の いたう/おも/やせ/て いと/あはれ/と/もの/を/おもひしみ/ながら こと/に/いで/て/も/きこエやら/ず あるかなきか/に/きエいり/つつ/ものし/たまふ/を ごらんずる/に きしかた/ゆくすゑ/おぼしめさ/れ/ず よろづ/の/こと/を/なくなく/ちぎり/のたまは/すれ/ど /ほむ-いらへ/も/え/きこエ/たまは/ず まみ/など/も/いと/たゆげ/にて いとど/なよなよ/と/われか/の/けしき/にて/ふし/たれ/ば いかさま/に/と/おぼしめし/まどは/る

エ:や行の「え」

とても艶やかでかわいらしいお方が、ひどく面やせて、ああつらいと運命をしみじみ感じながらも、言葉に出して申し上げることもできず、生死もつかず消え入りそうにしていらっしゃるご様子をご覧になるにつけ、後先のわきまえもなく、どんな誓いをも涙ながらにお立てになるのでしたが、更衣はお返事を申し上げることもできず、目もとなども大層だるそうで、益々なよなよとして気を失いその場に崩れてしまわれたので、帝はどうなってしまわれるのだろうと御心を取り乱しておしまいでした。

解釈の決め手

来し方行く末思しめされず…契りのたまはすれど:言霊

この解釈も的外れが多い。「過去を振り返ること、将来を頼むこと」といった注があるが、それは辞書を引くに過ぎない。辞書の意味を文脈に合わせてどう解釈するか、そんな基本姿勢すら見受けられない。「思し召されず」が「契りのたまはすれ」に係ることを捉えれば、文意を把握することは容易であろう。あとさき考えずに桐壺更衣の気を引くために何でもかでも約束をした。では、その約束とは何か。明記はされていないが、桐壺更衣が一番喜ぶこと、「これまで準備してきた政治判断(第一皇子を東宮に据える考え)を棒にし、将来起こる政治不安も度外視し、光の君を東宮に据え、帝位を継がせよう」と約束した。倭相により、そういう判断が国を誤らせ、光源氏にとっても危険であることは、ある程度見通しているにも関わらず。あるいはそこまで確定的なことを言わなかったにしても、そうした含みを暗示させる、女御にし正妻や中宮にするとも言った口約束はしたであろう。これは何もこの時、急に口からでまかせを言ったのではなかろう。寝物語に何度となく二人の間では語られた事柄である。むろん、桐壺も帝もそれが現実化できるとは思っていない。しかし、それがふたりにしかできない愛のあかしなのだ。むろん、そんなことは一国の帝王として口にすべきことではない。口にした以上はそれを実現させることが求められる。帝が死んだ後まで、光源氏を心配し夢のお告げを行うのも、桐壺更衣との約束を果たすためだと、わたしは考える。この物語は、発した言葉に縛られてしまうという古代的世界(古事記に見られる神代記のような)を如実に見せてくれる。

我かの気色:御霊

我か人かわからないとのことで、意識がうつろになっている状態。魂が抜けだそうとしているのだ。

いかさまに

「いかさまにせん」の略で「どうしたらよいか」と解釈されるが、「いかにせん」ならその意味になる。そもそも「いかさまにせん」は表現として自然さを欠く。ここは「いかさまにならむ」の中略、「どうなってしまうのか」の意味。帝はもちろん回復を願っている。あるいは信じている。最悪のことを考えてことを処理しようという冷静さはない。ここで初めて更衣の死が意識にのぼる。ひょっとして……、そう思った瞬間の電撃が走るような帝の動揺ぶりを感じ取りたい。

桐壺 注釈 第3章05

にほひやかに 01-028

丹色がくっきりと浮き出るのが原義。香りがほのぼのと立ち上る意味にも転じる。発散する美で、光源氏、薰の君に受け継がれてゆく性質。

いとあはれ 01-028

帝に対する愛の言葉。ただ声にならない。

ものを思ひしみ 01-028

運命をかみしめながら。

消え入りつつ 01-028

命の炎が今にも消え入りそうになりながら。

ものしたまふ 01-028

じっとがまんしている。「ものす」はここでは「居る」の言い換えだが、すでに存在が消えかかっていることから、その場に(この世の存在として)「居る」という表現を避け、より一般的な言葉を使用したのだろう。

語りの対象&構造型

対象:御息所(桐壺更衣)

いとにほひやかにうつくしげなる人の》A
とても艶やかでかわいらしいお方が、


いたう面痩せて いとあはれとものを思ひしみながら 言に出でても聞こえやらず あるかなきかに消え入りつつものしたまふ を・御覧ずるに》B・C
ひどく面やせて、ああつらいと運命をしみじみ感じながらも、言葉に出して申し上げることもできず、生死もつかず消え入りそうにしていらっしゃるご様子をご覧になるにつけ、


来し方行く末思し召されず よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど》D
後先のわきまえもなく、どんな誓いをも涙ながらにお立てになるのでしたが、


御いらへもえ聞こえたまはず まみなどもいとたゆげにて いとどなよなよと我かの気色にて臥したれば》E
更衣はお返事を申し上げることもできず、目もとなども大層だるそうで、益々なよなよとして気を失いその場に崩れてしまわれたので、


いかさまに と思し召しまどはる》F
帝はどうなってしまわれるのだろうと御心を取り乱しておしまいでした。

直列型:A<B<C<D<E<F:A<B<C<D<E<F

 A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉
 ※係り受けは主述関係を含む


〈直列型〉<:直進 :倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 :中止法


〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用

情報の階層&係り受け

構文:ば…と思し召しまどはる/五次

いとにほひやかにうつくしげなる〈人〉の いたう面痩せて いとあはれとものを思ひしみながら 言に出でても聞こえやらず あるかなきかに消え入りつつものしたまふ  〈[帝]〉 御覧ずる  来し方行く末思し召されず よろづのこと泣く泣く契りのたまはすれ  〈[人=御息所]〉御いらへもえ聞こえたまはず まみなどもいとたゆげに いとどなよなよと我かの気色にて臥したれ  〈[帝]〉いかさまにと思し召しまどはる

主〉述:一朱 二緑 三青 四橙 五紫 六水 [ ]: 補 /: 挿入 :分岐

係り受け&主語述語

「いとにほひやかにうつくしげなる人の…ものを思ひしみながら言に出でても聞こえやらずあるかなきかに消え入りつつものしたまふ」:A「主格」のB連体形


「いたう面痩せて」「いとあはれとものを思ひしみながら」「言に出でても聞こえやらず」「あるかなきかに消え入りつつものしたまふ」:並列

附録

助詞の識別

いとにほひやかにうつくしげなる人 いたう面痩せ いとあはれもの思ひしみながら 言出で 聞こえやら あるなき 消え入りつつものしたまふ 御覧ずる 来し方行く末思し召さ  よろづこと泣く泣く契りのたまはすれ 御いらへえ聞こえたまは まみなど いとたゆげに いとどなよなよ 気色にて臥したれ  いかさまに思し召しまどは

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

敬語の識別

いとにほひやかにうつくしげなる人の いたう面痩せて いとあはれとものを思ひしみながら 言に出でて も聞こえやらず あるかなきか に消え入りつつものしたまふを 御覧ずるに 来し方行く末思し召され ず よろづのことを泣く泣く契りのたまは すれど いらへもえ聞こえ たまはず まみなど もいとたゆげにて いとどなよなよと我か の気色にて臥したれ ば いかさまにと思し召しまどはる

尊敬語 謙譲語 丁寧語