限りあらむ道にも後 桐壺03章07
原文 読み 意味
限りあらむ道にも後れ先立たじと 契らせたまひけるを さりともうち捨ててはえ行きやらじ とのたまはするを 女もいといみじと見たてまつりて
01030/難易度:★★☆
かぎり/あら/む/みち/に/も/おくれ-さきだた/じ/と ちぎら/せ/たまひ/ける/を さりとも/うち-すて/て/は/え/ゆきやら/じ と/のたまはする/を をむな/も/いと/いみじ/と/み/たてまつり/て
宿命で決まった道であっても後れ先立ちはしないとお誓いになったのに。つらくてもまさかうち捨て行っておしまいではないねとおっしゃるのを、女もたまらなくおいたわしいと存じ上げて、
文構造&係り受け
主語述語と大構造
- と契らせたまひけるを 一次構造|を…も…と見たてまつりて 二次元構造
〈[女]〉@限りあらむ道にも後れ先立たじ @と契らせたまひけるを | 〈[帝]〉@さりともうち捨ててはえ行きやらじ @とのたまはするを 〈女〉もいと@いみじ@と見たてまつりて
助詞と係り受け
限りあらむ道にも後れ先立たじと 契らせたまひけるを さりともうち捨ててはえ行きやらじ とのたまはするを|女もいといみじと見たてまつりて
- 限りあらむ道にも後れ先立たじ(直接話法による桐壺の約束)と契らせたまひけり+を/「を」は詠嘆の終助詞。一般には接続助詞とされ、「行きやらじ」にかけて読むが、それでは「さりとも」が前の表現を受けることになり、意味をなさなくなる。「さりとも」は、目の前の桐壺の病状をさす。「我かの気色にて臥し/01028」ている様子では、宮中を後にしかねないが、それでも生死を誓った仲なのだから、わたしを捨てては行かないだろうと続いて行く。このように「さりとも」の中に「そう(目の前の状況)であっても」と逆接がふくまれているのだから、「を」を逆接に取ることはできない。
- さりともうち捨ててはえ行きやらじ(直説話法による帝の発言)とのたまはす+を→女もいといみじと見たてまつる+て→(限りとて…ましかばと/01031→結びは省略)/「のたまはする」は準体用法、「様子」「姿」などを補って考えるとわかりやすい。
「を」:終助詞。一般には接続助詞と考えられているが、「さりとも」が生きない。詠嘆の終助詞で間をおき、「さりとも」(現状がこうでも)と言葉を続ける方が劇的であろう。
助動詞の識別:む じ せ ける じ
- む:当然・む・連体形
- じ:打消意思・じ・終止形
- せ:尊敬・す・連用形/「せたまふ」:最高敬語
- ける:呼び起こし・けり・連体形
- じ:打消意思・じ・終止形
限りあらむ道にも後れ先立たじと 契らせたまひけるを さりともうち捨ててはえ行きやらじ とのたまはするを 女もいといみじと見たてまつりて
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
敬語の区別:せたまふ のたまはす たてまつる
限りあらむ道に も後れ先立たじ と 契らせたまひける を さりともうち捨てて はえ行きやらじ とのたまはするを 女もいといみじと見たてまつりて
尊敬語 謙譲語 丁寧語
- のたまはす:のたまふ+す/「のたまふ」単独より敬意が高い
古語探訪
女 01030:男と女
それまでの呼称から「女」に代わる場合、一人の男と一人の女が逢瀬を演じる場面となる。性の交渉が衣服を脱ぎ捨て、同時に身分の差をも脱ぎ捨てるように、歌の応答においても身分差は失われ、それがために敬語は使用されない。
いみじ 01030:魂振り
かつての閨で寝物語に口にした「後れ先立たじ」との誓いの言葉が、帝の言葉により深く魂がゆさぶれることで覚醒し、死に態であった更衣は最期の力を振り絞って歌を詠み上げる。言葉が先に合って(この場合は誓いの言葉)、後で事実がついてくるという関係が源氏物語では多様される。この関係を「(言=事)構造」と呼ぶことにする。なおまた、歌は魂を揺すぶられる状況(「魂振り」)があり、励起した魂が言葉に宿って口から発せられるもので、聴く者の魂がそれによって励起させられるために、歌を返さずには魂は鎮まらないのである。
限りあらむ道 01030
前世より時期の定まっている死出の道。
後れ先立たじ 01030
一方が生き残るようなことはしない、死ぬときは一緒である。
契らせたまひける 01030
「せたまひける」会話でも最高敬語とは解しにくいから、私に約束させた。「せ」は使役。私に約束させておいて、自分から破るのですかという、問い詰め。
さりとも 01030
「さありとも」の略で、そうではあっても。これは目の前の状況を指している。前の文章を受ける通常の指示語と異なっている点、注意すべき重要例である。いくら容態がよくないとはいってもこのまま。
え行きやらじ 01030
これが帝の訴えの核心。この言の葉が死にかかっている女の霊が揺さぶるのが「いみじ」。「行きやる」は自分を置いてどんどん行ってしまう。