我が御心ながら あ 073 ★★☆

2020-09-07★★☆:文の構造を捉え直す01 桐壺,分岐型,分配型,,たり(完了),なり(断),まじ,,る・らる

桐壺 原文 かな書き 現代語訳 第6章09

我が御心ながら あながちに人目おどろくばかり思されしも 長かるまじきなりけりと 今はつらかりける人の契りになむ 世にいささかも人の心を曲げたることはあらじと思ふを ただこの人のゆゑにて あまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果ては かううち捨てられて 心をさめむ方なきに いとど人悪ろうかたくなになり果つるも 前の世ゆかしうなむと うち返しつつ 御しほたれがちにのみおはしますと 語りて尽きせず

わが/み-こころ/ながら あながち/に/ひとめ/おどろく/ばかり/おぼされ/し/も ながかる/まじき/なり/けり/と いま/は/つらかり/ける/ひと-の-ちぎり/に/なむ よに/いささか/も/ひと/の/こころ/を/まげ/たる/こと/は/あら/じ/と/おもふ/を ただ/この/ひと/の/ゆゑ/にて あまた/さるまじき/ひと/の/うらみ/を/おひ/し/はてはて/は かう/うち-すて/られ/て こころ/をさめ/む/かた/なき/に いとど/ひと/わろう/かたくな/に/なり/はつる/も さき-の-よ/ゆかしう/なむ/と/うち-かへし/つつ おほむ-しほたれがち/に/のみ/おはします/と かたり/て/つき/せ/ず

おのが御心ながらあながちに人目を驚かせるばかりに思われたのも、長く続くはずもないことであったと、今はつらく思われるえにしで、つゆいささかも人の気持ちを損ねる気など思ってもみないことなのに、ただこの人ゆえにあまたの受けずともよい人の恨みを負った果て果てが、こんな風に一人うち捨てられ、心を静めるすべもないうえに、ますます恥も知らず頑なに成り果ててしまったのも、どうした前世の因縁か知れるものならと、帝を責める母君の言葉を切り替えしながら、悲嘆の涙に暮れてばかりおいでですと命婦は語って尽きることがない。

解釈の決め手

人の心を曲げたることはあらじ:公人として取るべき態度

夫人たちの心をねじけさせはしなかった。具体的には、女御ひとりひとりを公平に愛してきたからは、誰からも恨まれる筋合いはない、との意味。まあよくも言えたものだと、母君は開いた口がふさがらなかったろう。

あまたさるまじき人の恨みを負ひし:行動と責任の分離意識

恨みを負ふ主体を死んだ更衣と考える解釈があるが、「主上もしかなむ」が意味をなさなくなる。帝が人より受けた恨みとは、「人のそしり」を受け、上達部や上人から「目を側め」られ、「人のもてなやみぐさにな」り、「楊貴妃の例も」引き合いに出されかねない状況に追い込まれたことをさす。

かたくなになり果つる:変化する状況に対処できない硬直性

「かたくな」は忠臣の意見を入れないこと。帝にとって大切なことは、昼は政治であり、夜は後宮での生活である。それを考慮に入れるならば、特定はしづらくとも、ある程度絞ることができる。即ち、桐壺更衣のことは忘れて、政治と後宮の生活にもっと身を入れること、それができていいない、過去にしがみついた状態が「かたくな」の実質的な意味であろう。「御方がたの御宿直なども絶えてしたまはず/01-047」「朝に起きさせたまふとても明くるも知らでと思し出づるにもなほ朝政は怠らせたまひぬべかめり/01-102」

桐壺 注釈 第6章09

思されし 01-073

愛情を感じてしまう。「れ」は自発。

人の契り 01-073

人の世を支配する前世からの縁。

人悪ろう 01-073

世間体が悪い。外聞が悪い。帝が周囲を気に掛けている表現。

前の世ゆかしうなむ 01-073

「ゆかし」は知りたい。やや自嘲的で、皮肉っぽくも感じる。更衣の死の原因は、母君の立場では帝のせい、帝の立場では更衣に対する嫉妬や、前世のせい。

うち返し 01-073

母君が帝を責めるその矛先を切り返す。地の文で、語り手のナレーション。

しほたれがち 01-073

泣いてばかりいる様。

語りの対象&構造型

対象:世間の目桐壺更衣命婦

我が御心ながらあながちに 人目おどろくばかり 思されしも》A
おのが御心ながらあながちに人目を驚かせるばかりに思われたのも、


長かるまじきなりけり と・今はつらかりける 人の契りになむ》B・C
長く続くはずもないことであったと、今はつらく思われるえにしで、


世にいささかも 人の心 を曲げたることはあらじと思ふを》D
つゆいささかも人の気持ちを損ねる気など思ってもみないことなのに、


ただこの人のゆゑにて》E
ただこの人ゆえに


あまたさるまじき人の恨みを負ひし》F
あまたの受けずともよい人の恨みを負った果て果てが、


果て果てはかううち捨てられて》G
こんな風に一人うち捨てられ、


心をさめむ方なきにいとど人悪ろうかたくなになり果つるも》H
心を静めるすべもないうえに、ますます恥も知らず頑なに成り果ててしまったのも、


前の世ゆかしうなむ》I
どうした前世の因縁か知れるものなら


とうち返しつつ・ 御しほたれがちにのみおはします と・語りて尽きせず》K・L・M
と、帝を責める母君の言葉を切り替えしながら、悲嘆の涙に暮れてばかりおいでですと命婦は語って尽きることがない。

分岐型・中断型・分配型:A<B<Cφ、D<(E<F+G<)H<Iφ、*C+*I<K<(L<)M:A<B<C、D<H<I、E<F+G<H、*C+*I<K<M、L<M

 A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉
 ※係り受けは主述関係を含む


〈直列型〉<:直進 :倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 :中止法


〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用

情報の階層&係り受け

構文:と語りて尽きせず/五次

〈[帝]〉 我が御心ながら あながちに人目おどろくばかり思されし   長かるまじきなりけり  今はつらかりける人の契りになむ  世いささか人の心を曲げたる〈こと〉はあらじ と思ふ  ただこの人のゆゑにて あまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果て かううち捨てられて 心をさめむ方なきに いとど人悪ろうかたくなになり果つつ 〈[の]〉も 前の世ゆかしうなむ  〈[命婦]〉うち返しつつ 〈[帝]〉御しほたれがちにのみおはします  語りて尽きせず

主〉述:一朱 二緑 三青 四橙 五紫 六水 [ ]: 補 /: 挿入 :分岐

「今はつらかりける人の契りになむ」の主情報は「つらかりける」。「人の契りの今はつらかりけるになむ」を倒置した。


「人の契り」「前の世」がキーワードなので、同色になるように色づけした。

係り受け&主語述語

「長かるまじきなりけりと」→「今はつらかりける」:母の言葉「横様なるやうにてつひにかくなりはべりぬれば かへりてはつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられはべる」を受けた表現。


「主上もしかなむ/01-072」「今はつらかりける人の契りになむ」「前の世ゆかしうなむ」(並列)→「とうち返しつつ」


「世にいささかも」→「あらじ」


「人の心を曲げたることはあらじと思ふを」→「人悪ろうかたくなになり果つる」


「ただこの人のゆゑにて」→「人の恨みを負ひし(果て果ては)」→「いとど人悪ろうかたくなになり果つる」


「あまた」→「負ひし」


「かううち捨てられて心をさめむ方なきに」:内面の苦しみ


「いとど人悪ろうかたくなになり果つるも」:外面化した苦しみ(「いとど」→「なり果つる」)


「も」:「AもBも」/「人目おどろくばかり思されしも…つらかりける人の契りになむ」「いとど人悪ろうかたくなになり果つるも前の世ゆかしうなむ」


「前の世ゆかしうなむ」:「人の心を曲げたることはあらじ」という善因に対して、「いとど人悪ろうかたくなになり果つる」という悪果がもたらされたことに対して、今の世に原因があるのではなく、前世からの仏果なのだという意識。「前の世」は「人の契り」と対になる。

附録

助詞の識別

御心ながら あながちに人目おどろくばかり思さ  長かるまじき なり けり  今つらかりける契り なむ 世にいささか曲げたることあら 思ふ ただこゆゑにて あまたさるまじき恨み負ひ果て果て かううち捨てられ  心をさめ方なき いとど人悪ろうかたくなになり果つる 前世ゆかしうなむ  うち返しつつ 御しほたれがちにのみおはします 語り尽きせ

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

敬語の識別

我が心ながら あながちに人目おどろくばかり思され し も 長かるまじき なり けり と 今はつらかりける人の契りに なむ 世にいささかも人の心を曲げたることはあらじ と思ふを ただこの人のゆゑにて あまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果ては かううち捨てられ て 心をさめむ方なきに いとど人悪ろうかたくなになり果つるも 前の世ゆかしうなむ と うち返しつつ しほたれがちにのみおはしますと 語りて尽きせず

尊敬語 謙譲語 丁寧語