上達部上人などもあ 005
原文 読み 意味 桐壺第01章05@源氏物語
上達部上人などもあいなく目を側めつつ いとまばゆき人の御おぼえなり 唐土にもかかる事の起こりにこそ世も乱れ悪しかりけれと やうやう天の下にもあぢきなう人のもてなやみぐさになりて 楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに いとはしたなきこと多かれど かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて まじらひたまふ
かむだちめ/うへびと/など/も/あいなく/め/を/そばめ/つつ いと/まばゆき/ひと/の/おほむ-おぼエ/なり もろこし/に/も/かかる/こと/の/おこり/に/こそ/よ/も/みだれ/あしかり/けれ/と やうやう/あめのした/に/も/あぢきなう/ひと/の/もて-なやみぐさ/に/なり/て やうきひ/の/ためし/も/ひきいで/つ/べく/なり/ゆく/に いと/はしたなき/こと/おほかれ/ど かたじけなき/み-こころばへ/の/たぐひなき/を/たのみ/にて まじらひ/たまふ
上達部や殿上人なども対処に困り目をそむける一方で、まったく見も当てられないご寵愛ぶりですな。唐土でもこうしたことが原因となって、世も乱れ災厄を招くものですと、ようやく広く世間でも、道を外れた扱いに窮する悩みの種となり、果ては楊貴妃の名前までが持ち出されかねない事態へと進むなか、更衣はひどくいたたまれない思いを幾度となく味わうものの、かたじけない帝の比類のなき大御心を頼みに、宮仕えをお続けになるのでした。
文構造&係り受け 01-005
主述関係に見る文構造(に…ど…を頼みにてまじらひたまふ:三次)
〈上達部上人など〉もあいなく目を側めつつ @いとまばゆき人の御おぼえなり 唐土にもかかる事の起こりにこそ〈世〉も乱れ悪しかりけれ@と やうやう天の下にもあぢきなう〈人〉のもてなやみぐさになりて 楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに 〈[桐壺更衣]〉いとはしたなき〈こと〉多かれど かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて まじらひたまふ
色分:〈主語〉助詞・述語 [ ]:補充 //挿入 |:休止 @@・@@・@@・@@:分岐
機能語に見る係り受け
上達部上人などもあいなく目を側めつつ 「いとまばゆき人の御おぼえなり 唐土にもかかる事の起こりにこそ世も乱れ悪しかりけれ」と やうやう天の下にもあぢきなう人のもてなやみぐさになりて 楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに いとはしたなきこと多かれど かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて まじらひたまふ
- 上達部上人などもあいなく目を側めつつ→「いとまばゆき人の御おぼえなり 唐土にもかかる事の起こりにこそ世も乱れ悪しかりけり」と→やうやう天の下にもあぢきなう人のもてなやみぐさになる+て→楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆく)/「つつ…なりゆく」が呼応関係で、「上達部上人など」の動作と楊貴妃の例が同期している様子を「つつ」が表す。その間に「天の下」の例が挟まる。それを背景描写の「て」が表現する。
- 引き出でつべくなりゆく+に/原因→いとはしたなきこと多し+ど→かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて・まじらひたまふ/並列
「世も」/「乱れ悪しかりけれ」:主語/述語
「乱れ」「悪しかり」(並列)→「けれ」
「御心ばへのたぐひなきを」:AのB連体形で、「の」は同格(後置修飾)
助詞・助動詞の識別:なり けれ つ べく
- なり:断定・なり・終止形/「いとまばゆき人の…なり」「唐土にも…悪しかりけれ」は並列で「と」にかかる。
- けれ:喚起・けり・已然形
- つ:強意・つ・終止形
- べく:当然・べし・連用形→なりゆく
上達部上人などもあいなく目を側めつつ いとまばゆき人の御おぼえなり 唐土にもかかる事の起こりにこそ世も乱れ悪しかりけれ と やうやう天の下にもあぢきなう人のもてなやみぐさになりて 楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに いとはしたなきこと多かれど かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて まじらひたまふ
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
敬語の区別:御 御 たまふ
上達部上人などもあいなく目を側めつつ いとまばゆき人の御おぼえなり 唐土にもかかる事の起こりにこそ世も乱れ悪しかりけれ と やうやう天の下にもあぢきなう人のもてなやみぐさになりて 楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに いとはしたなきこと多かれど かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて まじらひたまふ
尊敬語 謙譲語 丁寧語
古語探訪;失われた意味を求めて
いとまばゆき人の御おぼえ 01-005:光の縁語
「人」は桐壺更衣。更衣といわずに一般化した表現。皮肉がこもる。「の」は「御おぼえ」の対象(目的格)。「まばゆき」は「御おぼえ」に係る。「まばゆき」は強い光源に向かって正視できない状態。気おくれ・反感・劣等感などの心理作用をうながす。帝の寵愛に対する皮肉であると同時に光る肌をもつ光の君誕生の前振りとなっている。
世も乱れ悪しかりけれ 01-005:皇統断絶の危機
「世が乱れること」が「悪し」では、当たりすぎて意味をなさない。ここは「世も」が主語で「乱れ、悪しかり」(述語の並記)+「けれ」。「乱る」は人心が乱れること、これに対応する天災が「悪し」。中国では人心が離れ、天がそむけば、革命がおきるとする。革命とは皇統の途絶えであり、この国で予想される最大の危機。
人 01-005:一般化と心理的距離
上達人や上人が帝の側近として補佐する役割を担うのに対して、この人は一般化されることで帝からの距離を置く人と読むことができる。さらに、同じ人物であっても、帝の前にいる場合は側近として働くため帝を公然と批判できないが、陰にまわった場合には帝を批判することも可能である。従って、そうした心理的距離をふくんでいると考えられる。
楊貴妃の例 01-005:新皇平将門の呪い
安禄山の乱。諸注は白居易の長恨歌の影響を指摘するのにとどまるが、もし帝がこれ以上政治をないがしろにしたら政変が起こりかねないし、天皇を簒奪する者(安禄山は大燕皇帝として即位)が出ないとも限らない。皇統断絶の具体的イメージであり、強い危機意識が込められている点に注意したい。
上達部 01-005
三位以上、大臣クラスの公卿。帝の側近。
上人 01-005
五位以上の殿上人(と六位の蔵人)。帝の側近。
あいなし 01-005
無駄に・無益に。
目を側める 01-005
目をそむけるの意。「まばゆき」と類縁語。
事の起こり 01-005
一語で原因の意。
天の下 01-005
儒教的なニュアンスをもつ語。天下国家でも。楊貴妃の例を出す布石。
あぢきなう 01-005
「無道」の訓として使用される。道から外れた行為を非難する語。
もてなやみ 01-005
対処法に悩む。
ぐさ 01-005
(悩みの)種。
つべく 01-005
「きっとそうなる、今にそうなる」との緊迫した状況を言う。「つ」は強意。
はしたなき 01-005
「はした/不足・欠乏)に「なし/否定ではなく強調の役割)で居たたまれない。
御心ばへ 01-005
心映えのことで、気持ちが相手に向かう様で、思いやりや愛情を言う。
まじらひ 01-005
本来、人とかかわりを持つことだが、具体的には、帝の妻(更衣の立場)として宮仕えをつづけること。
〈テキスト〉を紡ぐ〈語り〉の技法
分岐その一 01-005
古典を読んでいると、話の筋が突然追えなくなることがある。しばらく読み進めば、文脈が元に復するのでなんだと落ち着くものだが、当座は冷や汗ものだ。なぜこのようなことが生じるのか、理由を考えておくと、少しは冷静に立ち回れる、かもしれない。
一、長い並列や対句がある場合
二、中止法で文意が分断され、話題が転じられる場合
三、長い修飾語がつづく場合
四、文中に挿入がある場合(文頭や文尾の挿入は文脈を追いやすい)
五、会話や心中語がはさみこまれる場合
など、これらの組み合わせも多い。
耳でとらえる;立ち現れる〈モノ〉
語りの対象:上達部上人/桐壺更衣/帝/異国の歴史/世間
《上達部上人などもあいなく目を側めつつ》A
上達部や殿上人なども対処に困り目をそむける一方で、
《いとまばゆき人の御おぼえなり・唐土にもかかる事の起こりにこそ世も乱れ悪しかりけれ》B・C
まったく見も当てられないご寵愛ぶりですな。唐土でもこうしたことが原因となって、世も乱れ災厄を招くものですと、
《とやうやう天の下にも あぢきなう人のもてなやみぐさになりて・楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに》D・E
ようやく広く世間でも、道を外れた扱いに窮する悩みの種となり、果ては楊貴妃の名前までが持ち出されかねない事態へと進むなか、
《いとはしたなきこと多かれど》F
更衣はひどくいたたまれない思いを幾度となく味わうものの、
《かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて まじらひたまふ》G
かたじけない帝の比類のなき大御心を頼みに、宮仕えをお続けになるのでした。
分岐型・中断型・分配型:A<(Bφ*B+C<)D+E<F<G:A<D+E<F<G、B、*B+C<D+E
A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉 ※係り受けは主述関係を含む
〈直列型〉<:直進 #:倒置
〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 |:中止法
〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用