御子 六つになりた 110

2020-09-1001 桐壺01章~10章☆☆☆:特別な問題点はない01 桐壺01章~10章

桐壺 原文 かな書き 現代語訳 第8章05

御子 六つになりたまふ年なれば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ

みこ む-つ/に/なり/たまふ/とし/なれ/ば この/たび/は/おぼし-しり/て/こひ-なき/たまふ

宮は今年六歳におなりのご年齢なので、このたびは祖母が亡くなる意味がお分かりになり恋い慕ってお泣きになる。

解釈の決め手

このたびは:母のイメージは後出来

母の死の際には若宮がどう反応したかは語られていないが、母の死に伴い宮中を後にする、すなわち父帝と別れる際には、「何事かあらむとも思したらずさぶらふ人びとの泣きまどひ主上も御涙のひまなく流れおはしますをあやしと見たてまつりたまへるをよろしきことにだにかかる別れの悲しからぬはなきわざなるをましてあはれに言ふかひなし(何が起ころうとしているのかもお分かりでなく、側仕えの人々が泣きまどう姿や、帝が涙の干る間もなく泣いておられご様子を、理解もならず見守っておいでのご様子、栄転などよい理由であっても、母を亡くした父子が離れ離れになるのは悲しい重大事であるのに、まして東宮資格を失いかねない内裏からの里下がりは、哀れで他に言葉は見つかりませんでした)/01-037」とあった。ここから察するに、母の死に際しては何事もわからなかったがために、泣き慕うこともなかったであろう。若宮の世話は基本的には乳母や女房たちの役割である。現代の母と子の関係とは異なる。

語りの対象&構造型

対象:光源氏

御子 六つになりたまふ年なれば・このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ》A<B
宮は今年六歳におなりのご年齢なので、このたびは祖母が亡くなる意味がお分かりになり恋い慕ってお泣きになる。

直列型:A<B:A<B

 A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉
 ※係り受けは主述関係を含む


〈直列型〉<:直進 :倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 :中止法


〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用

情報の階層&係り受け

構文:ば…は思し知りて恋ひ泣きたまふ/三次

〈御子〉 六つになりたまふ 年なれ  このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ

主〉述:一朱 二緑 三青 四橙 五紫 六水 [ ]: 補 /: 挿入 :分岐

附録

助詞の識別

御子 六つなりたまふ年なれ  こたび思し知り恋ひ泣きたまふ

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

敬語の識別

子 六つになりたまふ年なれ ば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ

尊敬語 謙譲語 丁寧語