御子 六つになりた 110
原文 読み 意味 桐壺08章05@源氏物語
御子 六つになりたまふ年なれば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ
みこ む-つ/に/なり/たまふ/とし/なれ/ば この/たび/は/おぼし-しり/て/こひ-なき/たまふ
宮は今年六歳におなりのご年齢なので、このたびは祖母が亡くなる意味がお分かりになり恋い慕ってお泣きになる。
文構造&係り受け
主語述語と大構造 ば…は思し知りて恋ひ泣きたまふ:三次
〈御子〉 六つになりたまふ年なれば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ
色分:〈主語〉助詞・述語 [ ]:補充 //挿入 |:休止 @@・@@・@@・@@:分岐
機能語と係り受け
御子 六つになりたまふ年なれば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ
助詞・助動詞の識別:なれ
- なれ:
御子 六つになりたまふ年なれば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
敬語の区別:御 たまふ 思す たまふ
御子 六つになりたまふ年なれ ば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ
尊敬語 謙譲語 丁寧語
古語探訪;失われた意味を求めて
このたびは 01-110:母のイメージは後出来
母の死の際には若宮がどう反応したかは語られていないが、母の死に伴い宮中を後にする、すなわち父帝と別れる際には、「何事かあらむとも思したらずさぶらふ人びとの泣きまどひ主上も御涙のひまなく流れおはしますをあやしと見たてまつりたまへるをよろしきことにだにかかる別れの悲しからぬはなきわざなるをましてあはれに言ふかひなし(何が起ころうとしているのかもお分かりでなく、側仕えの人々が泣きまどう姿や、帝が涙の干る間もなく泣いておられご様子を、理解もならず見守っておいでのご様子、栄転などよい理由であっても、母を亡くした父子が離れ離れになるのは悲しい重大事であるのに、まして東宮資格を失いかねない内裏からの里下がりは、哀れで他に言葉は見つかりませんでした)/01-037」とあった。ここから察するに、母の死に際しては何事もわからなかったがために、泣き慕うこともなかったであろう。若宮の世話は基本的には乳母や女房たちの役割である。現代の母と子の関係とは異なる。
耳からの情報伝達;立ち現れる〈モノ〉
語りの対象:光源氏
《御子 六つになりたまふ年なれば・このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ》A・B
宮は今年六歳におなりのご年齢なので、このたびは祖母が亡くなる意味がお分かりになり恋い慕ってお泣きになる。
直列型:A→B:A→B
A→B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉 ※係り受けは主述関係を含む
〈直列型〉→:修飾 #:倒置
〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉|:中止法・独立文 //:挿入
〈反復型〉~AX:Aの言換えX ,AB:Aの同格B 〈分配型〉A→B*C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用