しばしは夢かとのみ 桐壺05章09

2021-04-18

原文 読み 意味

しばしは夢かとのみたどられしを やうやう思ひ静まるにしも 覚むべき方なく堪へがたきは いかにすべきわざにかとも 問ひあはすべき人だになきを 忍びては参りたまひなむや

01058/難易度:☆☆☆

しばし/は/ゆめ/か/と/のみ/たどら/れ/し/を やうやう/おもひ-しづまる/に/しも さむ/べき/かた/なく/たへがたき/は いかに/す/べき/わざ/に/か/と/も とひ-あはす/べき/ひと/だに/なき/を しのび/て/は/まゐり/たまひ/な/む/や

しばしは夢かとばかり願われてならなかったが、ようやく気持ちが静まるにつけても、夢のようには覚める方途もなく耐えがたきは、いかにすべき倣いか相談しようにも相手さえおらぬことよ、まげて参内願えぬものか。

文構造&係り受け

主語述語と大構造

  • にしも…は…だになきを:三次元構造|忍びては参りたまひなむや 一次元構造

〈[帝]〉しばし夢かとのみたどられし やうやう思ひ静まるにしも 覚むべき方なく堪へがたき いかにすべきわざにかとも 問ひあはすべき〈人〉だになきを〈[母君よ]〉忍びては参りたまひなむや

助詞と係り受け

しばしは夢かとのみたどられしを やうやう思ひ静まるにしも 覚むべき方なく堪へがたきは いかにすべきわざにかとも 問ひあはすべき人だになきを 忍びては参りたまひなむや

この文は仰せ言の内容である。従って、視点は帝。

「しばしは夢かと…参りたまひなむや」:帝の仰せ事の内容をそのまま伝えた直接話法


「しばしは夢かとのみたどられし」「やうやう思ひ静まるにしも覚むべき方なく」:過去と現在の対比


「たどられしを」→「思ひ静まる」


「覚むべき方なく堪へがたきは」→「人だになき(を)」/「問ひあはすべき人だになき(こと)堪へがたし」を倒置した表現。「堪へがたし」は形容詞だから「問ひあはすべき人だになき」は主格で働く。そこで強調を表す間助詞「を」が間に入った。場所は最後だが、倒置だから終助詞ではない。

しばしのみたどら やうやう思ひ静まるしも 覚むべき方なく堪へがたき いかにすべきわざとも 問ひあはすべきだになき 忍び参りたまひ

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

助動詞の識別:れ し べき べき に べき な む

  • :存続・り・已然形
  • :過去・き・連体形
  • べき:当然・べし・連体形
  • :断定・なり・連用形
  • べき:適当・べし・連体形
  • :強意・ぬ・未然形
  • :勧誘・む・終止形
敬語の区別:参る たまふ

しばしは夢か と のみたどられ し を やうやう思ひ静まるに しも 覚むべき方なく堪へがたきは いかにすべきわざに か とも 問ひあはすべき人だになきを 忍びて は参りたまひな む や

尊敬語 謙譲語 丁寧語

古語探訪

忍びて 01058:隠れるか耐えるか

我慢して。娘を失った内裏に孫をやりたくはないだろうが、そこは意を曲げての意味。帝の手紙を読んだ後の母君の回想に「かしこき仰せ言をたびたび承りながら、みづからはえなむ思ひたまへたつまじき(かしこき仰せ言を度たび承りながら、自身では参内を思い立てそうもございません)/01063」とあり、これまでにも度々帝から参内の要請があったが、母君は断りつづけてきた経緯がある。これも省略技法。こっそりではない。「かかる折にも、あるまじき恥もこそと心づかひして、御子をば留めたてまつりて、忍びてぞ出でたまふ(そうした折りにも、東宮権に障るような不面目が起きてはと案じて、御子を帝のもとにお留め申して、涙をのんで局(つぼね)を後になさるのです)/01026」の「忍びて」も同じ用法。「忍ぶ+出る・参る」は当時の貴族の行動様式を示すもので、秘密裏に行動を起こすとの説明がある。確かに「忍ぶ」とto goを意味する動詞とは共起しやすい。しかし、そうした定式化した表現を受け入れてしまうと、隠れて行動する意味が本当にあるのか否かを文脈の中で考える作業を怠ることになる。やはり、その場その場で考えることが大切である。さてまた、「忍ぶ」が我慢するを意味する場合、多くは否定表現で用いるとされる。否定表現では耐えられないの意味が圧倒的に多くなるが、肯定表現で耐えるの意味にならないわけではない。やはりひとつひとつチェックして、納得できる解をさがす努力が重要である。

夢かとのみ 01058

桐壺更衣の死の事実が。

問ひあはすべき人 01058

相談相手。桐壺更衣がいない心の穴をふせぐに足る人。もちろん、帝が連れてきてほしいと望む本当の狙いは光の君。本題はそちらだが、それが表立たないように以下は間接話法で伝える。

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