はかばかしう後見思 桐壺06章06
原文 読み 意味
はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひは なかなかなるべきことと思ひたまへながら ただかの遺言を違へじ とばかりに出だし立てはべりしを 身に余るまでの御心ざしのよろづにかたじけなきに 人げなき恥を隠しつつ交じらひたまふめりつるを 人の嫉み深く積もり 安からぬこと多くなり添ひはべりつるに 横様なるやうにてつひにかくなりはべりぬれば かへりてはつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられはべる
01070/難易度:☆☆☆
はかばかしう/うしろみ/おもふ/ひと/も/なき/まじらひ/は なかなか/なる/べき/こと/と/おもひ/たまへ/ながら ただ/かの/ゆいごん/を/たがへ/じ と/ばかり/に/いだし-たて/はべり/し/を み/に/あまる/まで/の/み-こころざし/の/よろづ/に/かたじけなき/に ひとげなき/はぢ/を/かくし/つつ/まじらひ/たまふ/めり/つる/を ひと/の/そねみ/ふかく/つもり やすから/ぬ/こと/おほく/なり/そひ/はべり/つる/に よこさま/なる/やう/にて/つひ/に/かく/なり/はべり/ぬれ/ば かへりて/は/つらく/なむ/かしこき/み-こころざし/を/おもひ/たまへ/られ/はべる
しっかりと後ろ盾する人もない宮中の人まじらいは、かえってあだにもなろうとは存じながら、ただかの遺言に違うまいその一心で、宮中へ出立させましたところ、身に余るまでのご寵愛が万時にもったいなくて、それがために人並にも扱われぬ恥を忍んで宮仕えを続けておられたようですが、人のそねみは重なり積もり、心痛はそれに応じて増すばかりで、尋常ならざる仕業でついにこんなことになってしまわれたうえは、恐れ多いことながらかえってつらくご寵愛が思われてなりません。
文構造&係り受け
主語述語と大構造
- ば…てはつらくなむ…を思ひたまへられはべる 六次元構造
〈[私=母君]〉@はかばかしう後見思ふ人もなき〈交じらひ〉は なかなかなるべきことと@思ひたまへながら @ただかの遺言を違へじとばかりに@出だし立てはべりしを @身に余るまでの御心ざしのよろづにかたじけなきに 〈[桐壺更衣]〉人げなき恥を隠しつつ交じらひたまふめりつるを@ 〈人の嫉み〉深く積もり 〈安からぬこと〉多くなり添ひはべりつるに 横様なるやうにてつひにかくなりはべりぬれば かへりてはつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられはべる
助詞と係り受け
はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひは なかなかなるべきことと思ひたまへながら ただかの遺言を違へじ とばかりに出だし立てはべりしを 身に余るまでの御心ざしのよろづにかたじけなきに 人げなき恥を隠しつつ交じらひたまふめりつるを 人の嫉み深く積もり 安からぬこと多くなり添ひはべりつるに 横様なるやうにてつひにかくなりはべりぬれば かへりてはつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられはべる
「AながらB」:ふたつの行為が同時に起こることだからAとBに主従はなく同色とした(その方が「ただかの遺言を違へじとばかり」のニュアンスが生きる)が、Bを主節としてもよい。
「はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひはなかなかなるべきこと」:母君の心中語
「と思ひたまへながら」→「出だし立てはべりしを」
「御心ざしのよろづにかたじけなき」:A「主格or同格」の+B連体形
「かへりてはつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられはべる」(倒置):かへりてはかしこき御心ざしをつらくなむ思ひたまへられはべる
はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひは なかなかなるべきことと思ひたまへながら ただかの遺言を違へじ とばかりに出だし立てはべりしを 身に余るまでの御心ざしのよろづにかたじけなきに 人げなき恥を隠しつつ交じらひたまふめりつるを 人の嫉み深く積もり 安からぬこと多くなり添ひはべりつるに 横様なるやうにてつひにかくなりはべりぬれば かへりてはつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられはべる
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
助動詞の識別:べき じ し めり つる ぬ つる ぬれ られ
- べき:推量・べし・連体形
- じ:打消意思・じ・終止形
- し:過去・き・連体形
- めり:推量(婉曲)・めり・連用形
- つる:完了・つ・連体形
- ぬ:打消・ず・連体形
- つる:完了・つ・連体形
- に:断定・なり・連用形
- ぬれ:完了・ぬ・已然形
- られ:自発・らる・連用形
敬語の区別:はべり 御 たまふ はべり はべり 御 (思ひ)たまふ はべり
はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひは なかなかなるべきことと思ひたまへながら ただかの遺言を違へじ と ばかりに出だし立てはべりしを 身に余るまで の御心ざしのよろづにかたじけなきに 人げなき恥を隠しつつ交じらひたまふめり つる を 人の嫉み深く積もり 安からぬこと多くなり添ひはべりつる に 横様なるやうに てつひにかくなりはべりぬれ ば かへりて はつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられ はべる
尊敬語 謙譲語 丁寧語
古語探訪
なかなかなる 01070:貫徹するのは難しいとの予想
中途半端でやるのではなかったとの後悔。ただし、母宮が本心から宮仕えに反対であったかどうかは疑問であり、宮仕えに出した以上は、帝の寵愛を受けることを期待したはずである。今も光の君の存在のみが未来の希望である。
横様なるやう 01070:横死
横死のよう、不自然死のよう、呪詛や毒殺のようなものを想定している風。
はかばかしう後見思ふ 01070
滞りなく物事がはかどるように実際に資力を使って後ろ盾してくれる人。
交じらひ 01070
宮仕え。
御心ざし 01070
帝の寵愛。
人げなき 01070
人並み以下の。
かくなりはべりぬれ 01070
このようになってしまった、娘が亡くなったこと。
かへりては 01070
帝の寵愛がかえって裏目にでたこと。