帝かしこき御心に倭 桐壺08章20

2021-04-18

原文 読み 意味

帝かしこき御心に 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを 相人はまことにかしこかりけりと思して 無品の親王の 外戚の寄せなきにては漂はさじ わが御世もいと定めなきを ただ人にて朝廷の御後見をするなむ 行く先も頼もしげなめること と思し定めて いよいよ道々の才を習はさせたまふに
(際ことに賢くて ただ人にはいとあたらしけれど 親王となりたまひなば 世の疑ひ負ひたまひぬべくものしたまへば 宿曜の賢き道の人に勘へさせたまふにも 同じさまに申せば 源氏になしたてまつるべく 思しおきてたり)

01125(126共通)/難易度:★★★

みかど/かしこき/み-こころ/に やまとさう/を/おほせ/て おぼしより/に/ける/すぢ/なれ/ば いま/まで/この/きみ/を/みこ/に/も/なさ/せ/たまは/ざり/ける/を さうにん/は/まことに/かしこかり/けり/と/おぼし/て む-ほん-の-しんわう/の げしやく/の/よせ/なき/にて/は/ただよはさ/じ わが/み-よ/も/いと/さだめなき/を ただうど/にて/おほやけ/の/おほむ-うしろみ/を/する/なむ ゆくさき/も/たのもしげ/なめる/こと と/おぼし-さだめ/て いよいよ/みちみち/の/ざえ/を/ならはさ/せ/たまふ/に
(きは/ことに/かしこく/て ただうど/に/は/いと/あたらしけれ/ど みこ/と/なり/たまひ/な/ば よ/の/うたがひ/おひ/たまひ/ぬ/べく/ものし/たまへ/ば すくエう/の/かしこき/みち/の/ひと/に/かむがへ/させ/たまふ/に/も おなじ/さま/に/まうせ/ば げんじ/に/なし/たてまつる/べく おぼし-おきて/たり)

帝はかしこき深慮から、倭流の人相見にご命じになり、ご自身がつとに案じておられた事柄なので、今までこの宮を親王にもなされなかったが、相人はまっこと神意を見抜いたものよと心に落ち、無品親王に付けたところで外戚の支援がない状態にはしておけまい。わが御世もいつまで続くかはなはだ当てにならぬものを。臣下として朝廷の補佐をすることこそが先々も頼もしかろうと、思い定められて、ますます諸般の学問をお習わせになったところ、
(際立ってご聡明ゆえ、臣下に下すには誠に惜しいが、親王におなりになっては世の疑いを負われるは必定であると(倭相の相人が)進言するので、宿曜におけるその道の達人に判断をおさせになったところ同じように申し上げるので、源氏にして差し上げるのがよかろうとご決心なされた次第。)

文構造&係り受け

主語述語と大構造

  • に…思しおきてたり 一次元構造

〈帝〉かしこき御心 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれ 今までこの君親王にもなさせたまはざりける 相人はまことにかしこかりけりと思して [御子]無品の親王の 外戚の寄せなきにては漂はさじ わが〈御世〉もいと定めなき ただ人にて朝廷の〈御後見をする〉なむ 行く先も頼もしげなめること と思し定めて いよいよ道々の才を習はさせたまふ 〈[御子]〉際ことに賢くて ただ人にはいとあたらしけれ 親王となりたまひな 世の疑ひ負ひたまひぬべく〈[御子]〉ものしたまへば  〈[帝]〉宿曜の賢き道の人に勘へさせたまふにも 同じさまに申せば 源氏になしたてまつるべく 思しおきてたり

助詞と係り受け(125・126共通)

帝かしこき御心に 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを 相人はまことにかしこかりけりと思して 無品の親王の 外戚の寄せなきにては漂はさじ わが御世もいと定めなきを ただ人にて朝廷の御後見をするなむ 行く先も頼もしげなめること と思し定めて いよいよ道々の才を習はさせたまふに
(際ことに賢くて ただ人にはいとあたらしけれど 親王となりたまひなば 世の疑ひ負ひたまひぬべくものしたまへば 宿曜の賢き道の人に勘へさせたまふにも 同じさまに申せば 源氏になしたてまつるべく 思しおきてたり)

「かしこき御心に」:今回の最終決断(「源氏になしたてまつるべく思しおきてたり」)に対するもの。


「倭相を仰せて」:いつの段階かは不明ながら、高麗の人相見の結論を得て、源氏になす結論を下す前と考えるのが自然。帝の考え→高麗の人相見→倭相の助言→宿曜の助言→源氏になす決断


「思しよりにける筋なれば今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを」:高麗の相人と会う前


「相人はまことにかしこかりけり」:高麗の相人の占いに対する帝の感想


「無品の親王の外戚の寄せなきにては漂はさじわが御世もいと定めなきをただ人にて朝廷の御後見をするなむ行く先も頼もしげなめること」:高麗の相人の占いを受けての帝の決定


「際ことに賢くて」:「いよいよ道々の才を習はさせたまふ」を意味的に受け、道々の学問においても他の公達とは歴然たる違いを示した。


「ものしたまへば」:語り手よる光源氏の説明。

「かしこき御心に」→「(源氏になしたてまつるべく)思しおきてたり」/倭相を命じるのが「かしこき御心」ではない。意味的には「今までこの君を親王にもなさせたまはざりける」にかけるのがよいが、それでは「倭相を仰せて」のかかる場所がなくなる。係り受けの鉄則は入れ子構造であって、交差はしない。大分岐


「倭相を仰せて」→「いよいよ道々の才を習はさせたまふに」→「(際ことに賢くて…世の疑ひ負ひたまひぬべく)ものしたまへば/01126」(倭相の答申)。中分岐


「思しよりにける筋なれば今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを」:(過去からの継続、確固たる理由はないものの親王にしてこなかった事実をあげる)


「相人はまことにかしこかりけりと思して」→「と思し定めて」


「無品の親王の外戚の寄せなきにては…行く先も頼もしげなめること」:高麗の相人の占いを受けての今後の決断。小分岐1


「いよいよ道々の才を習はさせたまふ」の後に、河内本・陽明文庫本により接続助詞「に」を補う。「際ことに賢くてただ人にはいとあたらし」は道々の才に対する評価である。ただし、倭相を命じてから占いの結果が出るまで、日数を要しており、その点は、終止形でいったん文を切る方が、時間経過を読み取りやすい。ただ「に」がないと、「倭相を仰せて」→「ものしたまへば」となり、やや接続がわるい。


「いよいよ道々の才を習はさせたまふに」→「ものしたまへば」


「際ことに賢くてただ人にはいとあたらしけれど親王となりたまひなば世の疑ひ負ひたまひぬべく」:「倭相を仰せて/01125」に対する倭相の答申


「ただ人にはいとあたらしけれど」:「ただ人にて朝廷の御後見をするなむ行く先も頼もしげなめること/01125」を受ける


「源氏になしたてまつるべく思しおきてたり」:思しよりにける筋(帝の予感)、高麗の相人、倭相、宿曜の道の人の助言を経て、源氏にすることを決定した。この慎重さはそれだけ御子を帝位につかせたかったことの現れであり、御子の将来を心配してのことである。

帝かしこき御心 倭相仰せ 思しよりけるなれ 今まで親王なさたまはざりける 相人まことにかしこかりけり思し 無品親王 外戚寄せなきにて漂はさ わ御世いと定めなき ただ人にて朝廷御後見するなむ 行く先頼もしげなめること 思し定め いよいよ道々習はさたまふ
際ことに賢く ただ人いとあたらしけれ 親王なりたまひ 世疑ひ負ひたまひべくものしたまへ 宿曜賢き道勘へさせたまふ 同じさま申せ 源氏なしたてまつるべく 思しおきてたり

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

助詞・助動詞の区別(125・126共通):に ける なれ せ ざり ける けり じ める せ な ぬ べく させ べく たり

  • :完了・ぬ・連用形
  • ける:呼び起こし・けり・連体形
  • なれ:断定・なり・已然形
  • :尊敬・す・連用形
  • ざり:打消・ず・連用形
  • ける:継続・けり・連体形
  • けり:呼び起こし・けり・終止形
  • :打消意思・じ・終止形
  • める:推定・めり・連体形(「なむ」の結びである連体形が体言と続くことで流れた)
  • :尊敬・す・連用形
  • :完了・ぬ・未然形
  • :強意・ぬ・終止形
  • べく:当然・べし・連用形
  • させ:使役・さす・連用形
  • べく:意思・べし・連用形
  • たり:存続・たり・終止形
敬語の区別(125・126共通):御 仰す 思しよる たまふ 思す 御 御 思す せたまふ たまふ たまふ たまふ たまふ 申す たてまつる 思しおく

帝かしこき心に 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王に もなさせ たまはざり ける を 相人はまことにかしこかりけり と思して 無品の親王の 外戚の寄せなきにて は漂はさじ わが世もいと定めなきを ただ人にて朝廷の後見をするなむ 行く先も頼もしげなめること と思し定めて いよいよ道々の才を習はさたまふ
際ことに賢くて ただ人にはいとあたらしけれど 親王となりたまひなば 世の疑ひ負ひたまひぬべくものしたまへば 宿曜の賢き道の人に勘へさせたまふにも 同じさまに申せば 源氏になしたてまつるべく 思しおきてたり

尊敬語 謙譲語 丁寧語

古語探訪

思しよりにける筋 01125:帝自身の夙に抱いていた懸念

「いとどこの世のものならず清らにおよすげたまへればいとゆゆしう思したり(これまでにもまして、この世のものならず、輝きを放つばかりの美しさにご成長あそばされているので、帝はひどく不吉な感じをお抱きになられた)/107」、「世に知らず聡う賢くおはすればあまり恐ろしきまで御覧ず(世に類なく聡明で並外れた知力をお持ちなので、あまりなことに空恐ろしいとまで御覧になった/113」など、帝は自身も早くから若宮に不吉なものを感じ取っていた。

無品の親王 01125

一位から四位の位を有する皇族が有品親王で、位階のない親王が無品親王である。有品親王では東宮のライバルに目され危険が及ぶ可能性が高いので、無品親王という立場にする案も考えられたが、皇族は政治に参加できないので、大臣等になることもできず、それに応じた禄も得られないことになり、困窮するだろうことが想像された。

頼もしげなめること 01125:確定できない不安要素がある

「頼もしきこと」ではない。確定されてはいないがというニュアンスがあることを汲み取りたい。

かしこき御心に 01125

「かしこし」は、神意・霊力に対する畏敬の念を表し、そのような能力をもつ人にも使う。これまで光の君を親王にせず来たこと、そしてついに一世源氏になした叡慮に対して言う。01125文内ではいろいろなところにかかりうる。ここでは最終的な帝の判断に対して「かしこき」と語り手が評したととっておく。

倭相を仰せて 01125

「仰す」は命じる。「仰せらる」「仰せたまふ」は「言ふ」の尊敬語。倭相をお命じになって。倭相に関して詳細は不明であるが、東宮を選ぶ際に考慮すべき事項のひとつ、国が乱れるのかひとつにまとまるのかを、観相の立場から判断するのであろう。この語句のかかる場所は不明だが、別本系統の陽明文庫など文末「習はさせたまふ」に「に」を補っており、これを採用すると、やや構文は入り組むが「ものしたまへば」にかけることができる。

親王にもなさせ 01125

皇子は親王宣下をしてはじめて親王の位につく。親王になると東宮や天皇になる権利を有する。親王には一品(いっぽん)から四品までの位階があり、それに応じて朝廷からの給付額や待遇に違いがあった。

相人はまことにかしこかりけり 01125

将来を見通す力に対する畏敬の念。

外戚の寄せなき 01125

皇族外の親戚(母親の親戚筋、帝である父以外の親戚)による後見がない状態。父帝の亡き後に「無品親王の外戚の寄せなき」になれば、朝廷(父親筋)からも母親筋からも支援が少ない状況に陥る。

ただ人にて 01125

皇籍を離れ、源氏姓をいただき臣下になること。高麗人の判断、国の親となり帝王になる相であるが、その方面で占うと「乱れ憂ふることやあらむ」とあり、朝廷の重責を担う方面から占うと持って生まれた相と矛盾する、とのことだった。臣下になるとどうなるかは不明のままだが、国が乱れ民が憂うことは避け、一世源氏の決断をしたのである。

道々の才 01125

漢学を中心とした貴族社会で必要な諸学問。

親王となりたまひなば 01126

「ただ人にはいとあたらしけれど」は帝の気持ちだが、ここは「親王になしたてまつりたまひなば」等帝が主体であれば使役が入らねばならないがそうなっていない。客観的立場からの発言であることを考えれば、倭相の相人の進言である。

思しおきてたり 01126:最終決断

心の中で思い定める。存続をあらわす「たり」と接続しているので、「思しおきつ」は動作でなく状態を表す。よって、以前から心に決して秘めてきたことになる。源氏の誕生にはまだ時間があり、語り手は一世源氏を迎えた後の時点から帝の決断を語っているのである。

際 01126

境目。他の人との違いがはっきりと見えること。この場合特に、東宮との違いを言うのであろう。

世の疑ひ 01126

光の君が第一皇子に取ってかわって東宮になり、帝位につくのではないかという疑い。

ものしたまへ 01126

「言ふ」の尊敬語。源氏物語では特に高位の人にのみ用いる。

宿曜 01126

インド流の占いとのこと。

勘へさせたまふにも同じさまに申せ 01126

倭相の相人の進言同様、同じように申し上げる。「同じさま」は「親王となりたまひなば 世の疑ひ負ひたまひぬべく」を受ける。

源氏 01126

皇族が臣下にくだった身分のこと。源の姓をうけることから源氏という。

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