御返り御覧ずればい 桐壺07章05

2021-04-18

原文 読み 意味

御返り御覧ずれば いともかしこきは置き所もはべらず かかる仰せ言につけても かきくらす乱り心地になむ
 (荒き風ふせぎし蔭の枯れしより小萩がうへぞ静心なき
などやうに乱りがはしきを 心をさめざりけるほどと御覧じ許すべし)

01085(86共通)/難易度:☆☆☆

おほむ-かへり/ごらんずれ/ば いと/も/かしこき/は/おきどころ/も/はべら/ず かかる/おほせごと/に/つけ/て/も かき-くらす/みだりごこち/に/なむ
 (あらき/かぜ/ふせぎ/し/かげ/の/かれ/し/より/こはぎ/が/うへ/ぞ/しづごころ/なき
など/やう/に/みだりがはしき/を こころ/をさめ/ざり/ける/ほど/と/ごらんじ/ゆるす/べし)

母君からの返書をご覧になる、なんとも恐れ多い仰せ事は捨て置くこともできません。あのようなお言葉を戴くにつけても一面の闇に心は乱れるばかりで、
(表の歌意:強風をふせいでくれた木が枯れたのでそれ以来、小萩の身の上が心配でなりません。どうか若宮のことをお願いします。
裏の歌意:宮中を揺るがす嵐で娘が亡くなってからというもの帝は平静さを失ってしまわれた、どうか若宮のことをもっと気にかけて下さい。
などと不謹慎な詠みぶりに、気持ちが収まらない折りだからと帝は大目に見ておいでのようでした。)

文構造&係り受け

主語述語と大構造

  • を…と御覧じ許すべし 五次元構造

〈[帝]〉御返り御覧ずれ いともかしこきは〈置き所〉もはべらず 〈[母君]〉かかる仰せ言につけても かきくらす乱り心地になむ
荒き風 ふせぎし〈蔭〉の枯れしより 〈小萩がうへ〉ぞ静心なきなど  やうに乱りがはしき[返書] 心をさめざりけるほどと御覧じ許すべし

助詞と係り受け(85・86共通)

御返り御覧ずれば いともかしこきは置き所もはべらず かかる仰せ言につけても かきくらす乱り心地になむ
( 荒き風 ふせぎし蔭の枯れしより 小萩がうへぞ静心なき
などやうに乱りがはしきを 心をさめざりけるほどと御覧じ許すべし)

の分岐は「いともかしこきは…静心なき」

「御返り御覧ずれば」→「などやうに乱りがはしき(を)」→「御覧じ許すべし」


「置き所もはべらず」:「ず」は連用終止法(終止形でも同じ)


「かきくらす乱り心地になむ」:「なむ」係助詞で「ありける」など文末の省略


「荒き風ふせぎし蔭の枯れしより小萩がうへぞ静心なき」:帝の歌「宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ/01062」に対する返歌

御返り御覧ずれ いともかしこき置き所はべら かかる仰せ言つけ かきくらす乱り心地なむ
荒き風 ふせぎ枯れより 小萩うへ静心なき などやう乱りがはしき 心をさめざりけるほど御覧じ許すべし

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

助詞・助動詞の区別(85・86共通):ず に し し に ざり ける べし

  • :打消・ず・終止形
  • :断定・なり・連用形
  • :過去・き・連体形
  • :過去・き・連体形
  • :断定・なり・連用形
  • ざり:打消・ず・連用形
  • ける:呼び起こし・けり・連体形
  • べし:推量・べし・終止形
敬語の区別(85・86共通):御 御覧ず はべり 仰せ言 御覧ず

返り御覧ずれば いともかしこきは置き所もはべらず かかる仰せ言につけて も かきくらす乱り心地に なむ
荒き風 ふせぎし蔭の枯れし より 小萩がうへぞ静心なき などやうに乱りがはしきを 心をさめざり けるほどと御覧じ許すべし

尊敬語 謙譲語 丁寧語

古語探訪

かきくらす 01085:言葉の使い分け

暗闇につつまれる。暗くなるの意味で、帝の親書を受け取った時には、「目も見えはべらぬにかくかしこき仰せ言を光にてなむ(子を思う悲しみで)目も見えませんが、このように恐れ多い仰せごとを光にして)/01-60」と言っていたのと対照的である。母君は意図的に相手によって言葉を使い分けている。

御返り 01085

桐壺更衣の母君からの返書。

かしこき 01085

恐れ多い。「かしこき」の後に「御文」などの省略。勅使の命婦から渡された帝からの親書を指す。

小萩がうへぞ静心なき 01086:ダブルミーニング

通行の解釈を先ず紹介する。 「(宮中の)荒々しい風をふせいできた木(母である桐壺更衣)が枯れてしまったために、風にたなびく小萩(若宮)のことが心配で気が休まりません」 歌のみを取り出し、単独で解釈するならこれで十分だが、この歌の内容を受けた帝の態度とはかみ合わせが悪い。すなわち、後の文脈が要請する方向に対してそっぽを向いた解釈になっているのだ。結論から言うと、この歌はダブルミーニングになっている。表の解釈は上の通りだが、その真意は歌の裏にある。それを受けるからこそ帝は狼狽するのである。「母北の方の深謀」・「祖母の血」参照。

乱りがはしき 01086:不敬罪

心乱れるの意味ではない。秩序を乱す感があるの意味。要するに一介の者が帝を非難するような歌を詠んだことに対する。

心をさめざりけるほどと御覧じ許すべし 01086:おめこぼしの理由

帝が処罰なさらなかった理由を語り手が推測している。

〈テキスト〉〈語り〉〈文脈〉の背景

母北の方の深謀 01086

先に裏の意味を訳すと、
「これまで宮中に吹き荒れる強風を身を挺して防いでこられたのに、娘が亡くなってからというもの、心が乱れっぱなしです」となる。
なぜこういう訳が生まれるかは後回しにして、先ずは表と裏の意味を読み比べながら、前後の文脈との相性を確認していただきたい。
一、「かきくらす乱り心地になむ」(歌の直前にある母北の方の返書の言葉)
訳:「このような歌は心の乱れからのことですから(ご容赦ください)」
表の意味では「乱り心地」の説明が難しい(父の存在を無視して小萩が心配だと詠むのが非礼だとされているが、苦しい説明ではないですかね)。裏の意味では「帝に対する非難」だからそれを和らげるための言い訳。
二、「などやうに乱りがはしきを」
訳:「このような分をわきまえぬ訴えを」
「乱りがはしき」とは秩序の乱れを呼び起こす無作法、不謹慎などをいう。これも表の意味にはない。
三、「心をさめざるほどと御覧じ許すべし」
訳:「(娘を失った)気が動顛したまま作った歌だからと御覧になって、帝はお許しになったようだ」
表の意味では「許す」べき対象はない。
四、「いとかうしも見えじと思し静むれど さらにえ忍びあへさせたまはず 御覧じ初めし年月のことさへかき集めよろづに思し続けられて云々」
訳:「そんな風には決して見られまいと心をお鎮めになるが、まったくお耐えになることができず、更衣を馴れ初めた当初からの年月をかき集めあれこれと思い出に耽つづけになって云々」
まさしく歌に言う「静心なき」状態である(表の意味はで全くつながらない)。だから、若宮を今、託すわけにはいかないというのが、この歌の核である。情に溺れ政治を投げ出すようでは、権謀術数にたけた徽殿の女御たちの術中にはまることは見えている。そうなると、若宮の命まで危なくなるのだ。このように見てくると、母北の方は一筋縄ではいかない、なかなかの人物である。
前後の文脈は裏の意味を指示することはご理解いただけたかと思う。問題は歌のどこに帝が出てくるかであろう。「うへ」は「身の上」と「主上(うへ)=帝」を兼ねる掛詞、「小萩がうへ」は「小萩の身の上」と「小萩の父帝」の両意味を持つ。なお、「ふせぎし蔭の」を「小萩がうへ」にかけた。桐壺更衣がなくなる以前、若宮を守ってきたのは病弱で権力のない桐壺更衣ではなく、父帝がふさわしいからだ。

祖母の血 01086

そもそも「静心なき」は帝の言葉である。少しだけ振り返ろう。「横様なるやうにてつひにかくなりはべりぬれば かへりてはつらくなむかしこき御心ざしを思ひたまへられはべる」という帝に対する非難に対して、命婦は「主上(うへ)もしかなむ」同調しながらも、「ただこの人のゆゑにてあまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果ては かううち捨てられて心をさめむ方なきに」と帝の言葉を引いて、母北の方の非難を封じ込める。「野分」の中でも最も劇的対立が高まった場面であろう。「静心なき」はこの「心をさめむ方なきに」を援用し、命婦の切り返しである「主上のしかなむ」を利用して、さらに帝に切り返したのだ。この言葉の巧みさは、光源氏の中に脈々と受け継がれている。

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