をかしき御贈り物な 桐壺06章14

2021-04-30

原文 読み 意味

をかしき御贈り物などあるべき折にもあらねば ただかの御形見にとて かかる用もやと残したまへりける御装束一領 御髪上げの調度めく物 添へたまふ

01078/難易度:★☆☆

をかしき/おほむ-おくりもの/など/ある/べき/をり/に/も/あら/ね/ば ただ/かの/おほむ-かたみ/に/とて かかる/よう/も/や/と/のこし/たまへ/り/ける/おほむ-さうぞく/ひと-くだり み-ぐしあげ/の/てうど-めく/もの そへ/たまふ

風情のある贈り物などすべき折りでもないので、ただ更衣を偲んでいただく御形見にと、こうした用もあろうかと残しておかれた御衣装一揃えと御髪上げの調度類を、歌に添えてお出しになる。

文構造&係り受け

主語述語と大構造

  • ば…にとて…添へたまふ 三次元構造

〈[母君]〉をかしき〈御贈り物など〉あるべきにもあらね ただかの御形見にとて かかる用もやと残したまへりける御装束一領 御髪上げの調度めく物 添へたまふ

助詞と係り受け

をかしき御贈り物などあるべき折にもあらねば ただかの御形見にとて かかる用もやと残したまへりける御装束一領 御髪上げの調度めく物 添へたまふ

「ただ」→「にとて」

「ただかの御形見にとて」→「添へたまふ」:「かの」は「桐壺更衣の」(母北の方の立ち場に成り代わって語り手が述べている表現)、「御形見」は「御贈り物」の「御」と同じで、所有することになる帝への敬意、従って対象敬意(謙譲語)ではなく、主体・所有敬意(尊敬語)である。


「かかる用もやと」:母君が遺品を残した理由(語り手の推測)

をかしき御贈り物などあるべきあら ただか御形見とて かかる用残したまへける御装束一領 御髪上げ調度めく物 添へたまふ

助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞

助動詞の識別:べき に ね り ける

  • べき:当然・べし・連体形
  • :断定・なり・連用形
  • :打消・ず・已然形
  • :完了・り・連用形
  • ける:呼び起こし・けり・連体形(下記「moodの助動詞」参照)
敬語の区別:御 御 たまふ 御 御 たまふ

をかしき贈り物などあるべき折に もあらね ば ただかの形見に とて かかる用も や と残したまへり ける装束一領 髪上げの調度めく物 添へたまふ

尊敬語 謙譲語 丁寧語

古語探訪

かかる用もやと残したまへりける 01078:母の秘密兵器

帝の歌「尋ねゆく幻もがな/01091」を引き出すための伏線にしては、練られていない感じがしなくもないが、母からすれば帝の気持ちを引き留めることこそが、家を再興するためにも、孫(光源氏)の将来にとっても一番大切なことである。本来であれば娘の供養のために、寺に寄進したり処理を任せてしまう遺物を、形見の品として帝に献上することは当時の死生観からすれば、特異であったかも知れない(宮中は死を忌み嫌う場所であることを想起しよう)。そうであれば、あっさりした表現の中にも、複雑な人間関係がからみあった含みの多い表現で、読み応えがあるといえよう。

添へたまふ 01078:何に何を添えるのか

「御装束一領」に「御髪上げの調度めく物」を添えるという解釈があるが、「釵」をわざわざ添えるという読み方をしたのでは、帝の歌を引き出すために、わざわざ母が贈った感が表面に出過ぎてしまう。「いとどしく/01077」の歌に「装束」と「調度」を添えたと考える方が分のバランスもよい。

御髪上げの調度めく物 01078

白楽天の「長恨歌」では、亡き楊貴妃の魂のありかを訪ねて道士が使わされるが、そこで楊貴妃の形見に金の釵(かんざし)を受け取る。それにならったもの。

〈テキスト〉〈語り〉〈文脈〉の背景

源氏物語の聞き手 01078

物語の本筋は、母北の方が更衣の形見の品を受け取った後、/01081から始まる命婦の復命に接続する。従って、その間の01079と01080は、命婦とのやりとりではない。「言はせたまふ/01077」「添へたまふ/01078」などから母北の方に奉仕する女房たちの姿が浮かび上がる。桐壺更衣とともに宮中から里下がりした者や、帝の命を受けて母北の方の世話をする若い女房たちもいたに違いない。語り手は、物語の聞き手に対して、そうした女房たちはどう考えていたのか、説明する必要を感じてようだ。このあたり、フィクションであっても、実在の聞き手を感じさせる面白い箇所であるように思う。

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