はじめに
係り受け、古典解釈最強兵器を最初に伝授!
本サイトでは句読点のない原文を読む。読解力を身につけるには、どこで文を切るかを考えることが大切だからである。源氏物語の解釈の歴史は、語釈をのぞけば、文の区切り方を究明する歴史であった。現行テキストにも、鎌倉初期以来読みつがれ修正されて来た句読法が活かされている。その一方で、伝統の読みにも、見過ごしや負の蓄積も少なくない。句読点はそれを固定化してしまうのだ。
例えば、古来の難読箇所「はひ隠れぬるをり」(帚木/02065)について。現行の注釈書はいずれもこの「をり」を本動詞と考えここで文を切るが、文意が通らないことは、注釈者自ら認める通りである。この「をり」は「身を隠してしまった折りに」の意味であり、長い挿入をはさんで「尼になりぬかし」に掛けて読む。句読点を外し、再検討することで、新たな読みが生まれ得る。同時にまた、挿入がどういう場合に起こるのか、理解も深まる。
源氏物語は他の古典に比しても文の息が長い。語りがベースにあり、心内語や草子地が地の文に溶け込む、係りと受けの間に挿入が入る、などなど、テキストを複雑化させる要素にあふれている。一方で、対句表現や言い換え、同じ助詞の繰り返しなど、語りのテクニックに耳を済ませば、水先案内を得ることもできる。
正しく文を区切るには、古文の文章構成法である〈係り受け〉を逐一確認する必要がある。挿入が終わり、係り受けが完結したところが文の切れ目になる。終止形は文を区切る目安に過ぎない。係り受けを確認する以外に古文を正しく読む方法はないのだ。
それにしても、係り受けとは、またしょぼくれた道具を持ち出して来たものだと、心配な向きもあろう。だが、案ずるなかれ、鍛錬次第では快刀乱麻、古今無双の武器ともなる。まずは桐壺の帖でその使い方をマスターしていただきたい。準備篇とはいえ、随所に千年不落の難読箇所が控えている。試し切りには不足なかろう。
ただし、冒頭で出くわす敵は、いわゆるラスボスで倒しても倒れない。桐壺を、引いては物語全体を通して、この文の意味を考える必要も生じよう。うまく手なずけて先に進むに限る。いざ、出陣!