人柄のたをやぎたる 帚木13章04
- 1. 原文 読み 意味
- 1.1. 大構造と係り受け
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1.1.1. 人柄のたをやぎたるに 02127
- 1.1.1.2. 強き心 02127
- 1.1.1.3. なよ竹 02127
- 1.1.1.4. 心やましく 02127
- 1.1.1.5. あながちなる御心ばへ 02127
- 1.1.1.6. 言ふ方なし 02127
- 1.1.1.7. いとあはれなり 02127
- 1.1.1.8. 心苦しく 02127
- 1.1.1.9. 見ざらましかば 02127
- 1.1.1.10. 口惜しからまし 02127
- 1.1.1.11. 疎ましきもの 02127
- 1.1.1.12. おぼえなきさま 02127
- 1.1.1.13. 契りある 02127
- 1.1.1.14. 世 02127
- 1.1.1.15. おぼほれたまふ 02127
- 1.1.1.16. 恨み 02127
- 1.1.1.17. 憂き身のほど 02127
- 1.1.1.18. ありしながらの身 02127
- 1.1.1.19. かかる御心ばへ 02127
- 1.1.1.20. 我が頼み 02127
- 1.1.1.21. 見直したまふ 02127
- 1.1.1.22. 後瀬 02127
- 1.1.1.23. 仮なる 02127
- 1.1.1.24. 浮き寝 02127
- 1.1.1.25. 見き 02127
- 1.1.1.26. な……そ 02127
- 1.1.1.27. 多かるべし 02127
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1. 大構造と係り受け
原文 読み 意味
人柄のたをやぎたるに 強き心をしひて加へたれば なよ竹の心地して さすがに折るべくもあらず まことに心やましくて あながちなる御心ばへを 言ふ方なしと思ひて泣くさまなど いとあはれなり 心苦しくはあれど 見ざらましかば口惜しからましと思す 慰めがたく憂しと思へれば などかく疎ましきものにしも思すべき おぼえなきさまなるしもこそ 契りあるとは思ひたまはめ むげに世を思ひ知らぬやうにおぼほれたまふなむ いとつらきと恨みられて いとかく憂き身のほどの定まらぬ ありしながらの身にて かかる御心ばへを見ましかば あるまじき我が頼みにて見直したまふ後瀬をも 思ひたまへ慰めましを いとかう仮なる浮き寝のほどを思ひはべるに たぐひなく思うたまへ惑はるるなり よし 今は見きとなかけそ とて思へるさま げにいとことわりなり おろかならず契り慰めたまふこと多かるべし
02127/難易度:☆☆☆
ひとがら/の/たをやぎ/たる/に つよき/こころ/を/しひて/くはへ/たれ/ば なよたけ/の/ここち/し/て さすが/に/をる/べく/も/あら/ず まこと/に/こころやましく/て あながち/なる/みこころばへ/を いふかたなし/と/おもひ/て/なく/さま/など いと/あはれ/なり こころぐるしく/は/あれ/ど み/ざら/ましか/ば/くちをしから/まし/と/おぼす なぐさめ/がたく うし/と/おもへ/れ/ば など/かく/うとましき/もの/に/しも/おぼす/べき おぼエ/なき/さま/なる/しも/こそ ちぎり/ある/と/は/おもひ/たまは/め むげに/よ/を/おもひ/しら/ぬ/やう/に/おぼほれ/たまふ/なむ いと/つらき/と/うらみ/られ/て いと/かく/うき/み/の/ほど/の/さだまら/ぬ ありしながら/の/み/にて かかる/みこころばへ/を/み/ましか/ば あるまじき/わが/たのみ/にて/みなほし/たまふ/のちせ/を/も おもひ/たまへ/なぐさめ/まし/を いと/かう/かり/なる/うきね/の/ほど/を/おもひ/はべる/に たぐひ/なく/おもう/たまへ/まどは/るる/なり よし いま/は/み/き/と/な/かけ/そ とて/おもへ/る/さま げに/いと/ことわり/なり おろか/なら/ず/ちぎり/なぐさめ/たまふ/こと/おほかる/べし
心根はしなやかなのに、強情さを強いて加えるものだから、なよ竹のような感じがして、さすがに力では折れそうにない。まことにやるかたなくて、身勝手な御心のありようを留まらせる言葉もないと嘆き涙を流すさまなど、とてもいとおしい。心苦しくはあるが、ここで想いを遂げねば、無念が残ろうとお考えになる。女が慰めようもなくつらく思っているので、「どうしてこううとましい奴とばかりお思いなのか。おもいがけないかたちでこうなったことこそ、前世からの因縁であるとお思いください。ただもう恋の何かも知らぬように、ものわかりなくしておいでなのは、とてもつらいことで」と恨み言をおっしゃっると、「まったくこんなみじめな身の上に落ち着く前の、ありしながらの身で、このように激しいお気持ちをお受けするのであれば、許されはしない身勝手な期待ながら、愛情をもって枕をならべられる日もいつか来ようと自分を慰めもしましょうが、まったくこうした現実感覚のない一夜の逢瀬のありようを考えまするに、この上なく心が乱れます。この上は、こうなったことを口になさらないでくださいまし」と、物思いに沈むさまはまったく無理からぬことである。懇ろに先々の約束をし、あれこれ慰めておあげになることが、多くあるに違いない。
人柄のたをやぎたるに 強き心をしひて加へたれば なよ竹の心地して さすがに折るべくもあらず まことに心やましくて あながちなる御心ばへを 言ふ方なしと思ひて泣くさまなど いとあはれなり 心苦しくはあれど 見ざらましかば口惜しからましと思す 慰めがたく憂しと思へれば などかく疎ましきものにしも思すべき おぼえなきさまなるしもこそ 契りあるとは思ひたまはめ むげに世を思ひ知らぬやうにおぼほれたまふなむ いとつらきと恨みられて いとかく憂き身のほどの定まらぬ ありしながらの身にて かかる御心ばへを見ましかば あるまじき我が頼みにて見直したまふ後瀬をも 思ひたまへ慰めましを いとかう仮なる浮き寝のほどを思ひはべるに たぐひなく思うたまへ惑はるるなり よし 今は見きとなかけそ とて思へるさま げにいとことわりなり おろかならず契り慰めたまふこと多かるべし
大構造と係り受け
◇ 「たぐひなく」→「(思うたまへ)まどはるる」
古語探訪
人柄のたをやぎたるに 02127
性格が柔軟でしなやか。その上に。「に」は添加・累加であって、逆接ではない。「人柄のたをやぎたる」を示す描写はなかったように思う。強いて挙げれば「昼ならましかば覗きて見たてまつりてまし とねぶたげに言ひて顔ひき入れつる声す/02124」くらいか。考えられるとすれば、宮中に上がり帝の情愛を射止めるつもりでいたのに、受領の後妻に収まり、生活してゆく柔軟性だろうか。
強き心 02127
意思。具体的には「さる方の言ふかひなきにて過ぐしてむ/02126」の「てむ」に強い意志が表れている。
なよ竹 02127
「なよ」は柔らか。一見ひよわそうなのに「竹」であるから折れにくい性質を持っているのである。「折る」は無理に遂げようとすれば、竹の性質として反発する。それはできそうにない「折るべくもあらず」。しかし、「たをやぎ」「なよ」という本来の性質に訴えれば牙城は崩れる。この二重性がこめられていることを先ず理解したい。「折る」は力で折ること。現時点では、力ずくでやりおおすことにはためらいがある。※ここで注意したいのは、話し手が光源氏の気持ちに入り込むことで、敬語が消えていることである。こうした現象がこの後にも続くのか注視したい。
心やましく 02127
どうにもならない状況に対する不満で、空蝉の心境。
あながちなる御心ばへ 02127
いくら抵抗しても気持ちを変えようとしない光の心のあり方。
言ふ方なし 02127
言葉で光源氏の行動を阻止することはできないと覚悟した状態。空蝉はすでに「さる方かたの言いふかひなきにて過すぐしてむ/02126」で、逃れられない状況をあきらめ、決して合意の上ではないことを最後の心のより所にすることを決めている。それが行動となって光源氏の眼に映るのが「言ふ方なしと思ひて泣く」である。
いとあはれなり 02127
心が強く動く。同情もあり、愛情が深まり、情欲も高まる。それらが未分離の状態。
心苦しく 02127
相手の様子を見て、気持ちがシンクロし、自分も苦しく胸が詰まる様子。光源氏が空蝉に対して抱く気持ち。
見ざらましかば 02127
ここで思いを遂げなければ。「見る」は女性の顔を見ること。女性の顔を見ることができる状況とは、男女の関係になる時であり、性的関係を結ぶ意味となる。
口惜しからまし 02127
後々悔しいだろうの意味であって、悔しかっただろうという過去の気持ちを言うのではない。女の涙でためらうの気持ちもよぎるが、それをかき消し、まさにこの瞬間に強姦することを決断したのである。直後に実事がなされたであろうが、その描写はない。事が成就し光源氏が慰めの言葉をかけるところから、物語は再開する。
疎ましきもの 02127
ただただうとましいという存在。
おぼえなきさま 02127
想像もしない出会い、要するに強姦なのだが、光はこれを正当化しようとしている。
契りある 02127
縁がある。
世 02127
男女のこと。すなわち、性愛。
おぼほれたまふ 02127
頭が朧ろで呆けた状態。分別のなさ。大人であれば当然わかるはずのことがわからないという意味と、強姦されて呆然自失している状態の両用の意味をもつ。
恨み 02127
男女間での恨み言。
憂き身のほど 02127
地方官の後妻という身分。
ありしながらの身 02127
昔のままの体で。意味から考え過去のことと解釈がなされがちだが、今、十三四の体であればという現在の仮定である。こうした仮定が出るということは、女が今を見つめず、過去の自分を本当の自分であると思い込んでいる証拠になる。
かかる御心ばへ 02127
「かかる」の意味を諸注は逃している。「見直したまふ」が愛情をもってやさしく抱いてもらうことであるのに対し、「かかる御心ばへ」はこのように身勝手な強姦を指す。逃してならないポイントは、女は強姦を否定せず、強姦そのものを見据えていること。強姦により空蝉はすでに光の女となったのである。ただ、かつて帝の正妻になりたいとまで高望みした空蝉は、今の身の上を肯定できないゆえ、光の愛も受け入れられないのである。いわば、空蝉は過去の時間の中に生きているのだ。
我が頼み 02127
自分勝手な期待。
見直したまふ 02127
愛情をもってやさしく抱いてもらうことであるのに対し、「かかる御心ばへ」はこのように身勝手な強姦を指す。逃してならないポイントは、女は強姦否定せず、強姦そのものを見据えていること。強姦により空蝉はすでに光の女となったのである。ただ、かつて帝の正妻になりたいとまで高望みした空蝉は、今の身の上を肯定できないゆえ、光の愛も受け入れられないのである。いわば、空蝉は過去の時間の中に生きているのだ。
後瀬 02127
いまの逢瀬に対して、後にまた逢うこと。さらには、後に夫婦として結ばれること。
仮なる 02127
一時のと訳されているが、後瀬を肯定しているからは、一時的にでも距離がひらくことは想定されているのだから、この仮りは時間的なこととは考えにくい。また、仮りであることを、愛情のない強姦と考える考え方もあるが、これも、ありしながらの身であれば強姦も認めていることを考えれば、強姦は仮りの要素ではない。時間の長短でも、愛情の有無でもなく、この出会いを仮りであるとしている要素は、今の身の上が本当の自分でないという現実感覚の欠乏にあるとしか考えようがない。
浮き寝 02127
水鳥が浮いたまま寝ることに、つらいの憂しをかけた言葉。
見き 02127
女と寝たこと。
な……そ 02127
やわらなか命令、依頼。
多かるべし 02127
話者の推測。いろいろと将来を約束して、女を慰めるになることだろう。