内裏わたりの旅寝す 帚木07章05
原文 読み 意味
内裏わたりの旅寝すさまじかるべく 気色ばめるあたりはそぞろ寒くや と思ひたまへられしかば いかが思へると 気色も見がてら 雪をうち払ひつつ なま人悪ろく爪喰はるれど さりとも今宵日ごろの恨みは解けなむ と思うたまへしに 火ほのかに壁に背け 萎えたる衣どもの厚肥えたる 大いなる籠にうち掛けて 引き上ぐべきものの帷子などうち上げて 今宵ばかりやと 待ちけるさまなり
02098/難易度:★★☆
うち/わたり/の/たびね/すさまじかる/べく けしきばめ/る/あたり/は/そぞろ/さむく/や と/おもひ/たまへ/られ/しか/ば いかが/おもへ/る/と けしき/も/みがてら ゆき/を/うち-はらひ/つつ なま-ひとわろく/つめ/くは/るれ/ど さりとも/こよひ/ひごろ/の/うらみ/は/とけ/な/む と/おもう/たまへ/し/に ひ/ほのか/に/かべ/に/そむけ なエ/たる/きぬ-ども/の/あつごエ/たる おほい/なる/こ/に/うち-かけ/て ひきあぐ/べき/もの/の/かたびら/など/うち-あげ/て こよひ/ばかり/や/と まち/ける/さま/なり
宮中の仮寝は心も寒々と思われようし、すぐに激情する女のあたりはさぞや見所があろうと思えましたので、今夜の雪をどう思っているだろうかと一面の銀世界を満喫しがてら雪を払いつつ行きますと、なんだかばつが悪く照れくさくはあるものの、それでもこうして雪をおかして訪ねるからには今夜こそは日ごろの恨みも消え失せようと思われて中に入りますと、灯りはほの暗いように壁に向け、着なじんで柔らかな厚手の綿入れを大きな伏籠にうちかけ香りをうつし、上げておくべき帷子などは片付けて、今宵ばかりはきっと訪れがあろうと私を待ち受けている様子なのです。
大構造と係り受け
内裏わたりの旅寝すさまじかるべく 気色ばめるあたりはそぞろ寒くや と思ひたまへられしかば いかが思へると 気色も見がてら 雪をうち払ひつつ なま人悪ろく爪喰はるれど さりとも今宵日ごろの恨みは解けなむ と思うたまへしに 火ほのかに壁に背け 萎えたる衣どもの厚肥えたる 大いなる籠にうち掛けて 引き上ぐべきものの帷子などうち上げて 今宵ばかりやと 待ちけるさまなり
古語探訪
◇ 「すさまじかるべく」「気色ばめるあたりはそぞろ寒く/対の表現)→「やと思ひたまへられしかば」
◇ 「うち払ひつつ」:この語句を受ける表現がないので、ここで文を切るしかない。後に「行きけり」などが省略されていると考える。「なま人悪ろく爪喰はるれど 0207」とのつながりが悪いことはつとに指摘されている。文を切ることで、つながりの悪さは解消する。
◇ 「思うたまへしに」→「待ちけるさまなり」
旅寝 02098
家以外で寝ること。特に旅に出ている必要はない。
すさまじかるべく 02098
そら寒々しい。想像にあまりある寒々さである。連用中止法で下の「や」にかかる。
気色ばめるあたり 02098
指を喰う女の家。ほかの浮気相手や次のエピソードである木枯の女を想定すると解釈されているが、そもそも指を喰う女のエピソードは、「まして人の心の時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをばえ頼むまじく思うたまへ得てはべる/02090」の例として語られたものである。「気色ばめる」については/02089・/02090で詳述した。
そぞろ寒くや 02098
(今夜の雪景色は)ぞっとするほど見事ではないか。同じ意味で「さるいみじき姿に菊の色々移ろひえならぬをかざして今日はまたなき手を尽くしたる入綾(いりあや)のほどそぞろ寒くこの世のことともおぼえず/紅葉賀@」と使われる。もちろん信じられないくらい寒いのではとも解釈できるが、肯定的意味合いでなければ家路と考える必然性がない。
いかが思へる 02098
雪景色についてどう感じているか。もちろんこのひどい寒さを寒がっていないかと案じているとも解釈できるが、以下の文の調子とそぐわない。「艶なる歌も詠まず/@」とあるのがその証拠。
気色も見がてら雪をうち払ひつつ 02098
風流心をここに見なければ、この表現は何を言いたいのか文脈がたどれなくなる。
なま人わろく爪くはるれど 02098
照れている様子。
さりとも 02098
あんなことがあって別れ別れになってはいてもという含み。こんな霙交じりの夜に出向けば、女の気持ちも溶けるであろうとの目測。
籠にうちかけて 02098
衣服に移り香をつけている。
引きあぐべきものの帷子などうちあげて 02098
几帳や帳などを片付け来客を迎えられるように準備してある様子。
今宵ばかりやと 02098
「今宵ばかりは訪ねてむやと」などの省略表現。