さて五六日ありてこ 帚木15章02

2021-03-31

原文 読み 意味

さて 五六日ありて この子率て参れり こまやかにをかしとはなけれど なまめきたるさまして あて人と見えたり 召し入れて いとなつかしく語らひたまふ 童心地に いとめでたくうれしと思ふ いもうとの君のことも詳しく問ひたまふ さるべきことは答へ聞こえなどして 恥づかしげにしづまりたれば うち出でにくし されどいとよく言ひ知らせたまふ かかることこそはと ほの心得るも 思ひの外なれど 幼な心地に深くしもたどらず 御文を持て来たれば 女 あさましきに涙も出で来ぬ この子の思ふらむこともはしたなくて さすがに 御文を面隠しに広げたり いと多くて
 見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに目さへあはでぞころも経にける
寝る夜なければなど 目も及ばぬ御書きざまも 霧り塞がりて 心得ぬ宿世うち添へりける身を思ひ続けて臥したまへり

02131/難易度:☆☆☆

さて いつか/むゆか/あり/て この/こ/ゐ/て/まゐれ/り こまやか/に/をかし/と/は/なけれ/ど なまめき/たる/さま/し/て あてびと/と/みエ/たり めし/いれ/て いと/なつかしく/かたらひ/たまふ わらはごこち/に いと/めでたく/うれし/と/おもふ いもうと/の/きみ/の/こと/も/くはしく/とひ/たまふ さるべき/こと/は/いらへ/きこエ/など/し/て はづかしげ/に/しづまり/たれ/ば うち-いで/にくし されど/いと/よく/いひ/しらせ/たまふ かかる/こと/こそ/は/と ほの-こころうる/も おもひ/の/ほか/なれ/ど をさなごこち/に/ふかく/しも/たどら/ず おほむ-ふみ/を/もて/き/たれ/ば をむな/あさましき/に/なみだ/も/いでき/ぬ この/こ/の/おもふ/らむ/こと/も/はしたなく/て さすが/に おほむ-ふみ/を/おもがくし/に/ひろげ/たり いと/おほく/て
 み/し/ゆめ/を/あふ/よ/あり/や/と/なげく/ま/に め/さへ/あは/で/ぞ/ころ/も/へ/に/ける
ぬる/よ/なけれ/ば/など め/も/およば/ぬ/おほむ-かきざま/も きり/ふたがり/て こころえ/ぬ/すくせ/うち-そへ/り/ける/み/を/おもひ/つづけ/て/ふし/たまへ/り

さて、五六日して、紀伊守がこの子を連れて参上した。繊細な美しさこそないが、しっとりしたところのある高貴な育ちが見て取れた。側近くお召しになって、とても親しみをこめて語りかけになる。子供心にもとても立派なお方で光栄だと思う。姉君のこともくわしくお尋ねになる。差し障りない範囲はご返答申し上げるなどして、尋ねる側が決まりが悪いほど落ち着き払った態度なので、文の使いを切り出しにくい。それでも、姉への想いを首尾よく言い伝えになる。そのようなことがあったのかと、わずかに理解した部分も意想外のことで興味はありながら、まだ幼心には深くも考えずに、君からのお手紙を持って行ったところ、女はあまりのことに涙まで浮かぶのだった。この子が二人の関係を想像していると思うと居たたまれなくて、それでもさすがに顔を隠すようにしながらお手紙は広げた。綿々とつづられた後に、
「あなたと契った夢が 本当になる夜が来ようかとむなしく願いなげく間に 泣き濡れた目は合わず 夢にも会えず 時は過ぎ行く。
眠られる夜がないので」など、まぶしいほどすばらしい手紙の書きぶりに涙で目がかすんでしまい、理解にあまる運命が新たに加わった身の上を思いつづけて、臥しておしまいになる。

さて 五六日ありて この子率て参れり こまやかにをかしとはなけれど なまめきたるさまして あて人と見えたり 召し入れて いとなつかしく語らひたまふ 童心地に いとめでたくうれしと思ふ いもうとの君のことも詳しく問ひたまふ さるべきことは答へ聞こえなどして 恥づかしげにしづまりたれば うち出でにくし されどいとよく言ひ知らせたまふ かかることこそはと ほの心得るも 思ひの外なれど 幼な心地に深くしもたどらず 御文を持て来たれば 女 あさましきに涙も出で来ぬ この子の思ふらむこともはしたなくて さすがに 御文を面隠しに広げたり いと多くて
 見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに目さへあはでぞころも経にける
寝る夜なければなど 目も及ばぬ御書きざまも 霧り塞がりて 心得ぬ宿世うち添へりける身を思ひ続けて臥したまへり

大構造と係り受け

古語探訪

率て参れり 02131

主体は紀伊守。

こまやかにをかし 02131

繊細な美しさ。これは上流階級の美。

なまめきたる 02131

しっとりした感じ。

あて人と見えたり 02131

本当は貴族ではないが、貴族のような育ちの良さや優雅さが感じられる。

いとめでたくうれし 02131

めでたくは光に対する賛嘆の気持ち、うれしはその喜び。

いもうとの君 02131

空蝉。

さるべきこと 02131

そうしてよいこと。口にしてよいこと(公のこと)と言ってはいけないこと(プライベートなこと)を、子供ながらはっきりと区別する基準をもっているのである。

恥づかしげに 02131

光には下心があるから、小君があまりに大人びているから、恋文の使いのことが、恥ずかしくて言い出せない。それでも、何とか言葉を選んで、姉への想いを伝えたのが、「いとよく言ひ知らせたまふ」。人妻への横恋慕であり、幼い小君にはわからない部分が多く興味がわくのが、「かかることこそはとほの心得る」。

ほの 02131

知られる部分が少ないことに主眼があるのではなく、わからないことの多さに興味が向かっていることを表す。この「心得る」を以前からわずかながら察知していたとするのは誤り。それでは「思ひのほか」にならないし、時制が合わない。今、光から打ち明けられことを「ほの心得る」のである。しかしながら、光のような貴族が中流階級の人妻へ言い寄ることが結果としてどうような事態をもたらすか考え及ばないのが、「深くしもたどらず」。その手紙を見て、女は「あさましき」と驚きあきれるのだ。

面隠し 02131

自分の表情を読み取られないように、手紙で顔を覆うこと。それにより、手紙の中身も小君に見られないようにしているのである。

あふ 02131

逢うと夢での逢瀬が正夢となることをかける。夢でも醒めても逢いたいことを願っていることが伝わる。

あはで 02131

自分の目が涙で閉じられないことと、あなたに逢うことが出来ないことをかける。

寝る夜なければ 02131

せめて夢で逢いたいのにそれさえ禁じられていて、慰めようがないと訴える。

目も及ばぬ 02131

立派すぎて目がむけられない。

霧りふたがり 02131

涙でにじんで読めない。

心得ぬ宿世 02131

かつては宮仕えにあこがれ、今は地方官の後妻に納まっている身に、超一流の貴族の息子である光から好意を寄せられるという、理解にあまる運命。

臥したまへり 02131

空蝉は現在の身分では通常敬語の対象ではないが、桐壺が帝の愛情を受けたことでかつては敬意の対象であったように、ここでも光の愛の対象として話者に受けとめられたことで、にわかに敬意の対象となったと考えられる。このように敬語意識は心理的なものでもあり、揺れがあるのだ。

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