女もさる御消息あり 帚木16章02

2021-03-31

原文 読み 意味

女も さる御消息ありけるに 思したばかりつらむほどは 浅くしも思ひなされねど さりとてうちとけ 人げなきありさまを見えたてまつりてもあぢきなく 夢のやうにて過ぎにし嘆きを またや加へむと思ひ乱れて なほさて待ちつけきこえさせむことのまばゆければ 小君が出でて往ぬるほどに いとけ近ければ かたはらいたし なやましければ 忍びてうち叩かせなどせむに ほど離れてをとて 渡殿に 中将といひしが局したる隠れに 移ろひぬ

02135/難易度:☆☆☆

をむな/も/さる/おほむ-せうそこ/あり/ける/に おぼし/たばかり/つ/らむ/ほど/は あさく/しも/おもひなさ/れ/ね/ど さりとて/うちとけ ひとげなき/ありさま/を/みエ/たてまつり/て/も あぢきなく ゆめ/の/やう/にて/すぎ/に/し/なげき/を また/や/くはへ/む/と/おもひ/みだれ/て なほ/さて/まち/つけ/きこエさせ/む/こと/の/まばゆけれ/ば こぎみ/が/いで/て/いぬる/ほど/に いと/け-ぢかけれ/ば かたはらいたし なやましけれ/ば しのび/て/うち-たたか/せ/など/せ/む/に ほど/はなれ/て/を/とて わたどの/に ちゆうじやう/と/いひ/し/が/つぼね/し/たる/かくれ/に うつろひ/ぬ

女も同じ旨のお手紙が来たことに対し、苦労して逢う手立てを講じようとなさるお気持ちのほどは、けっして浅いとは思われないが、だからといってここで身をゆるし、人数にも入らぬみじめな姿をお見せしたところで、夢のようにはかなく過ぎ去った一夜の恋の嘆きを、愚かにも、また繰り返すことになりはしまいかと心は揺れに揺れたその末に、やはり手紙にあるとおりお待ち申し上げることは気が差してならないので、小君が君のもとへ戻っていったすきに、「なんだかお客さまに近過ぎる気がして気づかいだわ。具合がよくないので、こっそり背中でも叩かせたいから、すこし離れた部屋を」と願い、渡殿にある、あの中将の君と呼んでいた女房が局に使う目に立たない場所へ移って行った。

女も さる御消息ありけるに 思したばかりつらむほどは 浅くしも思ひなされねど さりとてうちとけ 人げなきありさまを見えたてまつりてもあぢきなく 夢のやうにて過ぎにし嘆きを またや加へむと思ひ乱れて なほさて待ちつけきこえさせむことのまばゆければ 小君が出でて往ぬるほどに いとけ近ければ かたはらいたし なやましければ 忍びてうち叩かせなどせむに ほど離れてをとて 渡殿に 中将といひしが局したる隠れに 移ろひぬ

大構造と係り受け

古語探訪

思したばかり 02135

逢いたい一心で何とか工夫する。

ほど 02135

気持ちのほど。

うちとけ 02135

再び肉体関係を結ぶ。

人げなきありさま 02135

みじめな今の境遇。かつては帝の正妻にもなろうと思い上がっていた空蝉は今の境遇に対しひどいコンプレックスがある。

あぢけなく 02135

「加へむ」にかける。意味は無意味に。

夢のやうにて過ぎにし嘆き 02135

夢のように過ぎてしまったあの夜の嘆き、ほぼどの注釈書も訳しているが、夢のように過ぎ去ったのは夜なのか嘆きなのかわかりにくいし(まあ、でもそれは考えればすぐに夜の方だとわかるが、)、あの夜と嘆きの関係となると、この訳からは真意はつかめないだろう。ここは非常に重要なポイントで、あの夜を嘆きの夜と読んでは、空蝉の帖全体を根本的に誤らせる。「夢のやうにて」は夢のような状態のまま。現実が空蝉にとってコンプレックスになっていることは繰り返した。光との夢のような逢瀬はその現実を忘れさせてくれるすばらしい時間であったのだ。しかし、夢はあくまで夢で、はかなく消えてなくなる。「過ぎにし嘆き」は過ぎてしまったことに対する嘆きである。空蝉は光を拒んでいるのではなく、光との関係が続かないことを知っているがために、失恋をしてまたみじめな思いをすることを恐れて、前もって近づかぬようにしているのだ。しかし、そうした抵抗をすること自体、すでに空蝉は光に恋しているといってよい。

まばゆけれ 02135

自分がみじめになってしまうのでそばにいることが心苦しいこと。おもはゆいなどという程度のことではない。みじめになるかどうかは、空蝉の存在根拠になっている。

小君が出でて去ぬるほどに 02135

何だか同じ語が繰り返されていて、古文というのはじれったいなと思われがちだが、こういうところは古文の方が分析的で、小君が紀伊邸を出て、光のもとへ戻って行った間に、ということ。

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