歌詠むと思へる人の 帚木11章02

2021-03-29

原文 読み 意味

歌詠むと思へる人の やがて歌にまつはれ をかしき古言をも初めより取り込みつつ すさまじき折々 詠みかけたるこそ ものしきことなれ 返しせねば情けなし えせざらむ人ははしたなからむ さるべき節会など 五月の節に急ぎ参る朝 何のあやめも思ひしづめられぬに えならぬ根を引きかけ 九日の宴に まづ難き詩の心を思ひめぐらして暇なき折に 菊の露をかこち寄せなどやうの つきなき営みにあはせ さならでもおのづから げに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることの その折につきなく 目にとまらぬなどを 推し量らず詠み出でたる なかなか心後れて見ゆ

02117/難易度:★★☆

うた/よむ/と/おもへ/る/ひと/の やがて/うた/に/まつは/れ をかしき/ふること/を/も/はじめ/より/とりこみ/つつ すさまじき/をりをり よみかけ/たる/こそ ものものしき/こと/なれ かへし/せ/ね/ば/なさけなし え/せ/ざら/む/ひと/は/はしたなから/む さるべき/せちゑ/など さつき/の/せち/に/いそぎ/まゐる/あした なに/の/あやめ/も/おもひ/しづめ/られ/ぬ/に え/なら/ぬ/ね/を/ひき/かけ ここぬか-の-えん/に まづ/かたき/し/の/こころ/を/おもひ/めぐらし/て/いとま/なき/をり/に きく/の/つゆ/を/かこち/よせ/など/やう/の つきなき/いとなみ/に/あはせ さ/なら/で/も/おのづから げに/のち/に/おもへ/ば/をかしく/も/あはれ/に/も/あ/べかり/ける/こと/の その/をり/に/つきなく め/に/とまら/ぬ/など/を おしはから/ず よみ/いで/たる なかなか/こころ/おくれ/て/みゆ

歌詠みを任ずる女性が、ついつい歌にとりつかれ、興味を引く古歌を初句から折りこみながら、とんでもない折々に詠みかけてくることこそ疎ましいものだ。返しをせねば気持ちを疑われるし、できない人はみっともなかろう。大事な節会など、端午の節会に急いで参内する朝なんの分別もわからぬほど心しずめられずにいるのに、立派な菖蒲の根を寄越し歌を詠めと言ってきたり、重陽の節会に何はさておき難韻の作詩に思いを巡らせゆとりがない時に、不老長寿を願う菊の露にこと寄せ歌を詠めなどといった手も出せない申し入れに加え、言われなくても後から思えばおのずとたしかに興味もそそり愛情もますような事柄ではあれその時の状況には不似合いでつい見落としてしまったことなどを斟酌せずに、詠みかけてくるのは、気転が利くようでかえって思慮を欠いてみえるものです。

大構造と係り受け

歌詠むと思へる人の やがて歌にまつはれ をかしき古言をも初めより取り込みつつ すさまじき折々 詠みかけたるこそ ものしきことなれ 返しせねば情けなし えせざらむ人ははしたなからむ さるべき節会など 五月の節に急ぎ参る朝 何のあやめも思ひしづめられぬに えならぬ根を引きかけ 九日の宴に まづ難き詩の心を思ひめぐらして暇なき折に 菊の露をかこち寄せなどやうの つきなき営みにあはせ さならでもおのづから げに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることの その折につきなく 目にとまらぬなどを 推し量らず詠み出でたる なかなか心後れて見ゆ

◇ 「人の…詠みかけたる/AのB連体形)→「(こそ)ものしきことなれ」

◇ 「さるべき節会など」→「五月の節…引きかけ」「九日の宴…あはせ/並列)→「詠み出でたる」:大構造 
◇ 「さならでもおのづからげに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることのその折につきなく目にとまらぬなどを推し量らず」:挿入句 
◇ 「あべかりけることの…目にとまらぬ(など)/AのB連体形)→「(推し量らず)詠み出でたる」

古語探訪

歌詠むと思へる人 02117

自ら歌詠みだと任ずる女。

まつはれ 02117

からみつかれ。「れ」は受け身。

古言 02117

古歌の言葉。

初めより 02117

初句と解釈されている。それを否定する理由はないが、その語句を使うことを最初から念頭においてほどの意味であろう。歌の心でなく、語句に重きを置くということ。

すさまじき折々 02117

場違いな時。具体的には次の一節に詳しい。

ものしき 02117

ひどい不快感。

情けなし 02117

風流がないではなく、返歌をしかないと愛情がないと疑われること。

えせざらむ人 02117

返歌をしようにもできない人。次の一節によると、能力がなくてできないのではなく、状況が返歌を考えるゆとりを与えないのである。

さるべき節会 02117

ないがしろにできない大事な節会。

五月の節 02117

端午の節句。菖蒲を髪飾りにしたり、薬玉を贈り合う風習があった。

何のあやめも 02117

まったく何もの意味。あやめは端午の節句に付き物の菖蒲をかける。

思ひしづめられぬ 02117

気を静めることができない。

えならぬ 02117

普通ではない。一般には珍しさを賞賛する言葉だが、ここでは正体の分からない、変わった、何とも評しがたいなどの否定的ニュアンスで使われている。

根を引きかけ 02117

この根(菖蒲)にかけて歌を詠んでみてよとの女からの挑発。

九日の宴 02117

重陽の節句。宮中で漢詩の会が開かれた。

菊の露 02117

九月九日の早朝、菊に宿った朝づゆを集めて飲めば寿命が延びるとされた。

かこち寄せ 02117

この菊の露で一首詠めとの女からの挑発。

あべかりけること 02117

「あるべかりけること」の省略形、必ずそう思われたようなこと。

つきなき 02117

公事多忙の折りであり、その状況に似つかわしくないゆえ、手につかない、手が出せない。着手できない。

営み 02117

などやうの営みとあるので、根や菊の露にかけて歌を詠めとの女の申し入れのこと。「いとなみ」は「暇無み」、時間がなく忙殺されている様。

あはせ 02117

これにかけて歌を詠めという申し入れ「営み」に加え、歌を「詠み出たる」こと。辛い目に合わせるの意味ではない。先ず根や菊の露だけ贈られてくる。歌を詠めという女の意図はわかるが、多忙で歌を考える暇がない。そのうち、わたしはこんな風に思いましたと根や菊の露に題して歌をよみかけてくる。そうなればますます返歌をしないではすまなくなる。この「あはせ」は加えて、その上の意味。

さならでも 02117

女から詠えと催促されなくても。

げに 02117

本当に。女が歌を詠えというのもなるほどと頷ける。

推し量らず 02117

こちらが返歌を考えるゆとりがないのを考慮せずに。

なかなか心後れて 02117

歌を詠みかけるのは気が利いているようで、折柄を考慮にいれないとかえって気が利かないことになる。このあたり、左馬頭の論というより、紫式部の地声の感がする。

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