またの日小君召した 帚木15章03

2021-03-31

原文 読み 意味

またの日 小君召したれば 参るとて御返り乞ふ かかる御文見るべき人もなし と聞こえよとのたまへば うち笑みて 違ふべくものたまはざりしものを いかがさは申さむと言ふに 心やましく 残りなくのたまはせ 知らせてけると思ふに つらきこと限りなし いで およすけたることは言はぬぞよき さは な参りたまひそとむつかられて 召すには いかでかとて 参りぬ 紀伊守 好き心にこの継母のありさまをあたらしきものに思ひて 追従しありけば この子をもてかしづきて 率てありく
君 召し寄せて 昨日待ち暮らししを なほあひ思ふまじきなめりと怨じたまへば 顔うち赤めてゐたり いづらとのたまふに しかしかと申すに 言ふかひなのことや あさましとて またも賜へり あこは知らじな その伊予の翁よりは 先に見し人ぞ されど 頼もしげなく頚細しとて ふつつかなる後見まうけて かく侮りたまふなめり さりとも あこはわが子にてをあれよ この頼もし人は 行く先短かりなむとのたまへば さもやありけむ いみじかりけることかなと思へる をかしと思す この子をまつはしたまひて 内裏にも率て参りなどしたまふ わが御匣殿にのたまひて 装束などもせさせ まことに親めきてあつかひたまふ

02132/難易度:☆☆☆

また/の/ひ こぎみ/めし/たれ/ば まゐる/とて/おほむ-かへり/こふ かかる/おほむ-ふみ/みる/べき/ひと/も/なし と/きこエ/よ/と/のたまへ/ば うち-ゑみ/て たがふ/べく/も/のたまは/ざり/し/もの/を いかが/さは/まうさ/む/と/いふ/に こころやましく のこり/なく/のたまはせ しらせ/て/ける/と/おもふ/に つらき/こと/かぎりなし いで およすけ/たる/こと/は/いは/ぬ/ぞ/よき さは な/まゐり/たまひ/そ/と/むつから/れ/て めす/に/は いかでか/とて まゐり/ぬ き-の-かみ すきごころ/に/この/ままはは/の/ありさま/を/あたらしき/もの/に/おもひ/て ついしよう/し/ありけ/ば この/こ/を/もてかしづき/て ゐ/て/ありく きみ めしよせ/て きのふ/まち/くらし/し/を なほ/あひ/おもふ/まじき/な/めり/と/ゑんじ/たまへ/ば かほ/うち-あかめ/て/ゐ/たり いづら/と/のたまふ/に しかしか/と/まうす/に いふかひ-な/の/こと/や あさまし/とて また/も/たまへ/り あこ/は/しら/じ/な その/いよ/の/おきな/より/は さき/に/み/し/ひと/ぞ されど たのもしげなく/くび/ほそし/とて ふつつか/なる/うしろみ/まうけ/て かく/あなづり/たまふ/な/めり さりとも あこ/は/わが/こ/にて/を/あれ/よ この/たのもしびと/は ゆくさき/みじかかり/な/む/と/のたまへ/ば さも/や/あり/けむ いみじかり/ける/こと/かな/と/おもへ/る をかし/と/おぼす この/こ/を/まつはし/たまひ/て うち/に/も/ゐ/て/まゐり/など/し/たまふ わが/みくしげどの/に/のたまひ/て さうぞく/など/も/せ/させ まこと/に/おやめき/て/あつかひ/たまふ

翌日、小君はお召しがあったので、君のもとへ参ろうとして姉にご返事を請う。「このようなお手紙をお受けすべき人はここにいないと申し上げなさい」とおっしゃると、小君は急ににやにやして、「とても人違いなさるようなおっしゃりようではなかったのに、どうしてそんなことを申し上げられましょう」と言うので、言葉に窮し、すっかりおっしゃってしまわれたと思うにつけ、心底ひどいお方だと思う。「まあ、分かったような口を利くもんじゃないわ。ならば、もう、あちらへ参らないでよろし」と機嫌を損ねてしわまれ、「お召しなのにどうしてそんな」と、返事のないまま参上した。紀伊守は好色心から、この継母の身の上を老父にはもったいないと思って、始終ご機嫌取りにいそしむゆえ、この子を大事にしてどこへやるにも連れて歩く。君は召し寄せて、「きのうは一日じゅう待ち暮らしたのだぞ。やはり、そちとは相惚れとゆかぬらしいな」と恨み言をおっしゃるので、小君はぱっと顔を赤めて座している。「どうなのだ」とただされるので、しかじかと申し上げると、「言葉にもならん。なんてことだ」とおっしゃりつつ、またもお手紙をお託しになる。「そちは知るまいな。姉さんは、その伊予の爺さまより、私が先にいい仲になっていた人なんだ。なのに、頼りにならない首細の貧弱な男だと見くびり、でっぷり肥え太った後見人をこさえあげて、ああして馬鹿になさるらしい。それでも、そちはわたしの子でいておくれだね。あの頼もしい人は先が短いにきまってるからな」とおっしゃたところ、そうしたことがあったのかも知れないと真に受け、ばちあたりなことを姉はしたものだと恐縮しているの小君を、君はかわいらしくお感じになる。この子をそばにまつわせになって、内裏にも連れて参内なさる。ご自身で御匣殿にご命じになり、装束などもあつらえさせるなど、まったく真の親みたいにお接しになる。

またの日 小君召したれば 参るとて御返り乞ふ かかる御文見るべき人もなし と聞こえよとのたまへば うち笑みて 違ふべくものたまはざりしものを いかがさは申さむと言ふに 心やましく 残りなくのたまはせ 知らせてけると思ふに つらきこと限りなし いで およすけたることは言はぬぞよき さは な参りたまひそとむつかられて 召すには いかでかとて 参りぬ 紀伊守 好き心にこの継母のありさまをあたらしきものに思ひて 追従しありけば この子をもてかしづきて 率てありく
君 召し寄せて 昨日待ち暮らししを なほあひ思ふまじきなめりと怨じたまへば 顔うち赤めてゐたり いづらとのたまふに しかしかと申すに 言ふかひなのことや あさましとて またも賜へり あこは知らじな その伊予の翁よりは 先に見し人ぞ されど 頼もしげなく頚細しとて ふつつかなる後見まうけて かく侮りたまふなめり さりとも あこはわが子にてをあれよ この頼もし人は 行く先短かりなむとのたまへば さもやありけむ いみじかりけることかなと思へる をかしと思す この子をまつはしたまひて 内裏にも率て参りなどしたまふ わが御匣殿にのたまひて 装束などもせさせ まことに親めきてあつかひたまふ

大構造と係り受け

古語探訪

またの日 02132

翌日。

参るとて 02132

これから光のもとへ参るので。

心やましく 02132

知らないふりをして、返事を書かなずにおこうとしたもくろみが失敗し、窮した状態。

およすけたる 02132

年齢不相応な分かったような態度。

な…そ 02132

禁止する場合の物柔らかな言い方。

れ 02132

「むつかられて」の「れ」は受身。姉が不機嫌になったことを、小君の立場から受身として表現されている。姉に不機嫌になられ、せれでも参らないわけにはいかないので、返事もないまま、出仕するのである。

継母 02132

空蝉。

あたらしき 02132

年老いた父の後妻としてもったいなく、自分のものにしたいという気持ち。

率てありく 02132

単に歩き回ると考えると前後の文章とつながりがなくなる。どこへやるにも一人では出さず、このたびもいっしょに連れて行ったことをいうのだろう。

あひ思ふ 02132

相思相愛。ホモセクシャルな感じがする。

いづら 02132

どこの意味から転じて、どうなのかと相手を促す意味。

しかじか 02132

そんな手紙を受け取る相手はここにいないととぼけたことなど。

言ふかひなのことや 02132

どうしようもない等、絶望状態した際に発する独り言で、小君に対して相談甲斐がないとか、そなたに言ってもはじまらないということではない。

見し 02132

肉体関係を結んだ。

頚細 02132

肉体的に頼り甲斐がないことを表す比ゆとして用いられている。語源は不明。

ふつつかなる 02132

肥え太った感じ。卑下しながらも、金の力以外は自分の方が上であることがほのめかされている。

いみじかりける 02132

そら恐ろしいこと。この場合、金銭的な理由で、帝の子息でもある光の愛情を無下にしたこと。

をかし 02132

偽り語とを本気にしたらしい小君を愉快がる。

わが御匣殿 02132

光専属のそうした場所があったとされている。しかし、光の衣服のことなどは左大臣方が用意するのだから、この「わが」は連体格でなく「のたまひて」にかかる主格と解しておく。「御匣殿」は、宮中にある衣服を作る公の機関。

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