まだ世にあらばはか 帚木09章04

2021-03-29

原文 読み 意味

まだ世にあらば はかなき世にぞさすらふらむ あはれと思ひしほどに わづらはしげに思ひまとはすけしき見えましかば かくもあくがらさざらまし こよなきとだえおかず さるものにしなして長く見るやうもはべりなまし かの撫子のらうたくはべりしかば いかで尋ねむと思ひたまふるを 今もえこそ聞きつけはべらね これこそのたまへるはかなき例なめれ つれなくてつらしと思ひけるも知らで あはれ絶えざりしも 益なき片思ひなりけり 今やうやう忘れゆく際に かれはたえしも思ひ離れず 折々人やりならぬ胸焦がるる夕べもあらむとおぼえはべり

02111/難易度:☆☆☆

まだ/よ/に/あら/ば はかなき/よ/に/ぞ/さすらふ/らむ あはれ/と/おもひ/し/ほど/に わづらはしげ/に/おもひ/まとはす/けしき/みエ/ましか/ば かく/も/あくがらさ/ざら/まし こよなき/とだエ/おか/ず さる/もの/に/し/なし/て/ながく/みる/やう/も/はべり/な/まし かの/なでしこ/の/らうたく/はべり/しか/ば いかで/たづね/む/と/おもひ/たまふる/を いま/も/え/こそ/きき-つけ/はべら/ね これ/こそ/のたまへ/る/はかなき/ためし/な/めれ つれなく/て/つらし/と/おもひ/ける/も/しら/で あはれ/たエ/ざり/し/も やく/なき/かたおもひ/なり/けり いま/やうやう/わすれ/ゆく/きは/に かれ/はた/え/しも/おもひ/はなれ/ず をりをり/ひとやり/なら/ぬ/むね/こがるる/ゆふべ/も/あら/む/と/おぼエ/はべり 

まだこの世にあれば、あてどない身の上でさすらっていることでしょう。いとしさを感じていたあの時分に、うるさいほどすがりつく様子が見て取れていましたら、こんな行方もしれない状態にさせはしなかったでしょうに、ああまでひどい途絶をせずに、妻として立派な待遇を与えて末長く世話をする方途もあったでしょうに。あの撫子が可愛いかったので、どうかして尋ねあてようと思っているのですが、今もっていどころを聞きつけられないのです。これこそあなたのおっしゃった心の底があてにできない女の例でしょう。感情を外に出さない質で内々恨めしいと思っていてもそれさえ気がづかず、愛情が冷めずにいたのも益体もない一方的な思い入れだったのです。今わたくしの方はようやく忘れつつあるというのに、むこうでは今がいまどうにも思い切ることができず、折々誰も責められず胸を焦がす夕べもあろうと思えるのです。

大構造と係り受け

まだ世にあらば はかなき世にぞさすらふらむ あはれと思ひしほどに わづらはしげに思ひまとはすけしき見えましかば かくもあくがらさざらまし こよなきとだえおかず さるものにしなして長く見るやうもはべりなまし かの撫子のらうたくはべりしかば いかで尋ねむと思ひたまふるを 今もえこそ聞きつけはべらね これこそのたまへるはかなき例なめれ つれなくてつらしと思ひけるも知らで あはれ絶えざりしも 益なき片思ひなりけり 今やうやう忘れゆく際に かれはたえしも思ひ離れず 折々人やりならぬ胸焦がるる夕べもあらむとおぼえはべり これなむ え保つまじく頼もしげなき方なりける

◇ 「あはれと思ひしほどに」→「わづらはしげに…けしき見えましかば」 
◇ 「見えましかば」→「かくもあくがらさざらまし」「見るやうもはべりなまし/並列)(Aも、Bも)

古語探訪

世にあらば 02111

生きていれば。

はかなき世 02111

あてどのない身空。

あはれと思ひしほどに 02111

当時、まだ愛情があった頃に。「ほど」は程度でもよい。

思ひまとはす 02111

愛情をからみつける。

わづらはしげに 02111

「(恨めしと思ふことも)見知らぬやうにて/02108」「かうのどけきに/02109」「例のうらもなき/02110」「つらきをも思ひ知りけりと見えむはわりなく苦しきものと思ひたりしかば/02110」などとあり、頭中将を困らせるような様子がなかった。

あくがらさざらまし 02111

途方にくれさすことはしまい、迷わせたりしない。「あくがらす」は本来の場所から遊離した状態にさせる。

さるものにしなして 02111

立派な妻の地位を与えて。

撫子 02111

常夏の娘。後に玉鬘として物語の重要人物となる。頭中将は期せずして光源氏に娘を託すことになり、それと知らず光源氏は玉鬘を探索することとなる。これも「(言=事)構造」。

らうたく 02111

かわいく。

いかで 02111

何とかして。

のたまへるはかなき例 02111

諸注にあるように「艶にもの恥」の例でなく、「はかなきついでの情あり/02057」を受ける。左馬頭はその具体例として指を喰う女を挙げた。それは本心の怒りを表面的にやさしさで覆った女であった。常夏の場合、表面的な表情しか見えず、怒りも何も本心を少しも伺う知ることが出来なかったので、頭中将は頼みにすることができなかったのだ。指を喰う女よりも、こちらが「はかなき」例としては上であるということ。

つれなくて 02111

女が無表情で。

益なき 02111

無益な、無駄な。

かれ 02111

常夏を指す。

はた…しも 02111

女の方こそはまさしく。

え…思ひ離れず 02111

私を思って愛情が離れることができず。

人やりならぬ 02111

自分のせいであって、他人に責任転嫁できない。頭中将に愛情があるうちに、すがりつくなどの行動に出ればよかったのにという、後悔。

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