これなむえ保つまじ 帚木09章05

2021-03-29

原文 読み 意味

これなむ え保つまじく頼もしげなき方なりける されば かのさがな者も 思ひ出である方に忘れがたけれど さしあたりて見むにはわづらはしく よくせずは 飽きたきこともありなむや 琴の音すすめけむかどかどしさも 好きたる罪重かるべし この心もとなきも 疑ひ添ふべければ いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ 世の中や ただかくこそ とりどりに比べ苦しかるべき このさまざまのよき限りをとり具し 難ずべきくさはひまぜぬ人は いづこにかはあらむ 吉祥天女を思ひかけむとすれば 法気づきくすしからむこそ また わびしかりぬべけれ とて 皆笑ひぬ

02112/難易度:★★★

これ/なむ え/たもつ/まじく/たのもしげ/なき/かた/なり/ける されば かの/さがな/もの/も おもひ/いで/ある/かた/に/わすれ/がたけれ/ど さしあたり/て/み/む/に/は/わづらはしく よく/せ/ず/は あきたき/こと/も/あり/な/む/や こと/の/ね/すすめ/けむ/かどかどしさ/も すき/たる/つみ/おもかる/べし この/こころもとなき/も うたがひ/そふ/べけれ/ば いづれ/と/つひに/おもひ/さだめ/ず/なり/ぬる/こそ よのなか/や ただ/かく/こそ とりどり/に/くらべ/くるしかる/べき この/さまざま/の/よき/かぎり/を/とり/ぐし なんず/べき/くさはひ/まぜ/ぬ/ひと/は いづこ/に/かは/あら/む きちじやうてんによ/を/おもひ/かけ/む/と/すれ/ば ほふけづき くすしから/む/こそ また わびしかり/ぬ/べけれ とて/みな/わらひ/ぬ

(頭中将)「こういう女こそが付き合いを続けづらくてにしにくい部類なのです」
(左馬頭)「そうであれば、あの口やかましい女も心に思いが残っている点で忘れがたいけれども、正妻として顔をつきあわして暮らすとなると気詰まりで、悪くすると嫌気がさすこにもなったでしょう。琴が達者だった女の才気も、男好きの罪は重いと断じねばなるまい」
(頭中将)「このつかみどころのない女にしても男がいる疑いがつきまとうのだから、どんな女が妻によいかはついに決定できず仕舞だな」
(左馬頭)「男女の仲というものは、まさしくそのように決定できないもの。それぞれがまちまちで一概に比較するのは難しいものでしょう」
(頭中将)「このさまざまな良い面だけをとり合わせ、非難すべき点の交じらない人がどこかにいるでしょうか」
(式部丞)「吉祥天女に思いをかけようとしたとしても、抹香臭く人間離れしている点で、やはり気萎えしてしまうことでしょう」と言って、光の君以外はみな笑った。

大構造と係り受け

これなむ え保つまじく頼もしげなき方なりける されば かのさがな者も 思ひ出である方に忘れがたけれど さしあたりて見むにはわづらはしく よくせずは 飽きたきこともありなむや 琴の音すすめけむかどかどしさも 好きたる罪重かるべし この心もとなきも 疑ひ添ふべければ いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ 世の中や ただかくこそ とりどりに比べ苦しかるべき このさまざまのよき限りをとり具し 難ずべきくさはひまぜぬ人は いづこにかはあらむ 吉祥天女を思ひかけむとすれば 法気づきくすしからむこそ また わびしかりぬべけれ とて 皆笑ひぬ

◇ 「されば」→「かのさがな者も…ありなむや」「琴の音…かどかどしさも…重かるべし/並列)(Aも、Bも)

古語探訪

これなむ 02112

このように本心がどこにあるか知れない女は。

え保つまじく 02112

縁を保つことができない。

頼もしげなき 02112

頭中将は「をかしともあはれとも心に入らむ人の頼もしげなき疑ひあらむこそ大事なるべけれ/02080」と言っていた。

さればかのさがな者も 02112

常夏の本心が見えないことが当てにならない理由と考えるならば、思い出の中で理想化してきた例の口うるさい女も。エピソードの最後に左馬頭は指を喰う女を「ひとへにうち頼みたらむ方はさばかりにてありぬべくなむ思ひたまへ出でらるる」と理想化していた。

さしあたりて見む 02112

差し向かいでの意味であり、正妻として結婚する。

よくせずは 02112

うまくいかない場合は。

飽きたき 02112

嫌気が指す。

ありなむや 02112

きっとそうなっただろうよ。「や」は詠嘆。

琴の音すすめけむ 02112

琴を上手に弾いた木枯の女は「をかしきに進める方/02057」の例であった。

かどかどしさ 02112

才気。

この心もとなきも 02112

常夏のこと。

疑ひ添ふ 02112

男がいるのではないかという疑い。

いづれとつひに思ひ定めず 02112

妻としてどういう女を選ぶべきかはついに決まらないの意味。左馬頭が指を喰う女を「ひとへにうち頼みたらむ方はさばかりにてありぬべくなむ思ひたまへ出でらるる/02101」としたのに対する頭中将の意見。「女のこれはしもと難つくまじきは難くもあるかな/02017」が頭中将のそもそもの持論である。

世の中 02112

男女のこと。

ただかくこそ 02112

ただこのように「思ひ定めずなりぬる」。

比べ苦しかるべき 02112

ある観点を取り出し、それを基準に比較するのは難しい。

難ずべきくさはひまぜぬ 02112

非難に当たる材料をまぜないの意味。「くさはひ」の感じ表記は「種」。

いづこにか 02112

どこにいるだろうか。「か」は反語に近い。

吉祥天女 02112

美・幸福・富を表象する女神で、美女の代名詞。宮中に伝わる五節の舞は吉祥天女が天武天皇の前に現れ、五回袖を振った故事からとの説がある。

思ひかけむ 02112

懸想する。

法気づき 02112

抹香臭い。

くすし 02112

人間業でない。吉祥天女云々は、続く藤式部丞の蒜の女のエピソードを呼び起こす。「(言=事)構造」。

皆笑ひぬ 02112

「みな笑ひぬ」には敬語が使われていない。この「みな」は「話に参加しているもの皆」の意味であって、光はその場にいながら笑いの輪には加わっていなかったことがわかる。雨夜の品定めにより中流の女に興味を持つようになり、以後の帖で、実際に中流の女性たちと関係してゆくと一般には理解されているが、繰り返すが、以後の帖で中流の女性たちと関係は結ぶが、それはこの帖で興味をもったからではなくて、興味はなかったが、そういう運命であったから、中流の女性と交わるのである。もっと言えば、ここで言葉として中流女性が話題になったから、関心はなくともそういう方向に物語は展開していくのである。先に「言―事」構造と名づけた、源氏物語に通底する物語構造である。ただし、この構造は一人、紫式部のものではなく、おそらく平安という時代は、言語と事柄との関係が裁断されておらず、いまだ混沌とした関係にあったことが、そうした構造を作り出しているのではないか。

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