またなのめに移ろふ 帚木05章14

2021-04-18

原文 読み 意味

また なのめに移ろふ方あらむ人を恨みて 気色ばみ背かむ はたをこがましかりなむ 心は移ろふ方ありとも 見そめし心ざしいとほしく思はば さる方のよすがに思ひてもありぬべきに さやうならむたぢろきに 絶えぬべきわざなり

02075/難易度:★★★

また なのめ/に/うつろふ/かた/あら/む/ひと/を/うらみ/て けしきばみ/そむか/む はた/をこがましかり/な/む こころ/は/うつろふ/かた/あり/とも みそめ/し/こころざし/いとほしく/おもは/ば さる/かた/の/よすが/に/おもひ/て/も/あり/ぬ/べき/に さやう/なら/む/たぢろき/に たエ/ぬ/べき/わざ/なり

(左馬頭)それにまた、ちょっと浮気心を持つ人を恨みかっとなって心が離れるのも、これまた愚かしいことで、たとえ今心がふらふらしていても見初めあった当初の愛情から相手にすまぬと思う気持ちが男にあれば、頼りがいのある夫だと女は思ってもよいはずなのに、そんな風に気持ちのたじろぎから縁は絶えてしまうものなのです。

文構造&係り受け

主語述語と大構造

  • をこがましかりなむ 二次元構造|に絶えぬべきわざなり 五次元構造

/また 〈[妻]〉なのめに移ろふ方あらむ人[=夫]を恨みて 気色ばみ背かむ〈[こと]〉 はたをこがましかりなむ/| 〈[妻]〉〈[夫]〉心は移ろふ方ありとも 見そめし心ざしいとほしく思は さる方のよすがに思ひてもありぬべき [妻の]さやうならむたぢろき 〈[夫婦の縁]〉絶えぬべきわざなり

助詞と係り受け

また なのめに移ろふ方あらむ人を恨みて 気色ばみ背かむ はたをこがましかりなむ 心は移ろふ方ありとも 見そめし心ざしいとほしく思はば さる方のよすがに思ひてもありぬべきに さやうならむたぢろきに 絶えぬべきわざなり

「また」→「気色ばみ背かむ」(A「深き山里世離れたる海づらなどにはひ隠れぬるをり/02065」、B「尼にもなさで尋ね取りたらむも/02074」を受ける。Aの場合「尼になってしまい、仏からも見放される」。Bの場合、尼になる前に男に引き取られるが、その後の暮らしの中で心の距離は埋められないままとなる。山里や海づらに隠れるような実行を伴わない場合でも、心が離れしまうだけでも男女の縁は絶えて行くものだということ)


「また…をこがましかりなむ」:挿入(「はたをこがましかりなむ」は発言者の左馬頭のコメント)


「さやうならむ」:「なのめに移ろふ方あらむ人を恨みて気色ばみ背かむ」の言い換え

古語探訪

気色ばみ 02075

本心を外に表すことをいう(02090参照)。この語は文脈上、「怨ず・恨む/02076」と言い換えられている。

背かむ 02075

別れると解釈されているが、直後に「さやうならむたぢろきに絶えぬべきわざなり」とあるので、この時点ではまだ離別はしていない。心的に距離を開けること。「たぢろき」と同意。

見そめし心ざしいとほしく思はば 02075

「見そめし」は関係を結んだ当初。「心ざし」は愛情。「いとほし」は心を痛める感情。自分に対してつらい。相手に対してかわいい、かわいそう。男に浮気性があるからといって、出会った当初の愛情を今でも男がいじましく思うのであればの意味となる。「思はば」の主体は男でなければならない。文章構造としては、主体を女にすることもできるが、それだと、単に昔を思って男の浮気を我慢しろとの意味になってしまう。「思はば……思ひてもありぬべき」は相関関係で、「男がそう思うならば、女はこう思うように努力すべきだ」との意味である。
ここは左馬頭の前言「かならずしもわが思ふにかなはねど見そめつる契りばかりを捨てがたく思ひとまる人はものまめやかなりと見えさて保たるる女のためも心にくく推し量らるるなり(必ずしもこちらの望みに添うのではないが、ひとたび結んだ夫婦の契りを棄てがたく愛情を注ぎつづける男は誠実を地でゆくものと見え、そうなればこそ 縁を保たれる女性も世間から奥ゆかしく人だと思われるのです)/02053」と呼応する。
今よりずっと男女の組み替え自由である社会であり、男は現在この女への熱は冷めている。男の心変わりを女が激しく恨めば男は去って行くだけで、関係は終わってしまう。しかし、男の方でも付き合いだした当初の愛情を大切にする感情が残っている場合、それは男が誠実な証しであるから、女は安心して長く関係をつづけることができる、というのが左馬頭の論。男がよそに女を持つのは当時の風俗として非難すべきものではなく、嫉妬して男を怒らせたりしない女性は奥ゆかしいと世間でも評判になる。全く男の身勝手な論理であるが、女も別の男を通わせることができるのだから、男性側だけを責めても意味がない。

さる方のよすがに思ひてもありぬべきに 02075

「さる方」はその方向、即ち、長く関係をつづける方向としての。「よすが」は頼りとする点、より所。それは男が出会った当初の気持ちを今も大切にしている点をより所にするということ。今は熱が冷めてしまっているのに、出会った当初の気持ちを大切にできるのは誠実な性格であるから、というのが左馬頭に論理展開。「思ひてもありぬ」の「思ふ」主体は女である。「も」があるので、実際には難しかろうがというニュアンスが隠れている。これを無視すると主体を男と読み誤る解釈が生まれる。浮気性があろうと、男が今も出会った当初の愛情を大切に思っているなら、それをより所として生涯の伴侶と考えてもみるべきなのに、となる。

また 02075

「恨み言ふべきことをも見知らぬさまに忍びて上はつれなくみさをづく/02065」は直接行動に出るタイプであったが、ここでは心理的な距離をおくタイプ「恨みて気色ばみ背かむ」女も、やはり「絶えぬべきわざ(縁が切れてしまうのは必定)」であると左馬頭の非難する。指を噛む女を意識しているであろう。

なのめ 02075

ちょっと。

移ろふ方 02075

浮気性。「方」は方向性であって実際に浮気をしたとは言っていない。ここは、指を噛む女に対する左馬頭の言い訳が働いている。

心ざし 02075

愛情。

たぢろき 02075

心的ギャップ。後向きの姿勢。

わざ 02075

そういう傾向が強いこと。運命。

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