皆静まりたるけはひ 帚木13章02

2021-03-31

目次

原文 読み 意味

皆静まりたるけはひなれば 掛金を試みに引きあけたまへれば あなたよりは鎖さざりけり 几帳を障子口には立てて 灯はほの暗きに 見たまへば唐櫃だつ物どもを置きたれば 乱りがはしき中を 分け入りたまへれば ただ一人いとささやかにて臥したり なまわづらはしけれど 上なる衣押しやるまで求めつる人と思へり 中将召しつればなむ 人知れぬ思ひのしるしある心地してとのたまふを ともかくも思ひ分かれず 物に襲はるる心地して やとおびゆれど 顔に衣のさはりて音にも立てず うちつけに 深からぬ心のほどと見たまふらむ ことわりなれど 年ごろ思ひわたる心のうちも 聞こえ知らせむとてなむ かかるをりを待ち出でたるも さらに浅くはあらじと思ひなしたまへと いとやはらかにのたまひて 鬼神も荒だつまじきけはひなれば はしたなく ここに人ともえののしらず 心地はたわびしく あるまじきことと思へば あさましく 人違へにこそはべるめれと言ふも息の下なり 消えまどへる気色 いと心苦しくらうたげなれば をかしと見たまひて 違ふべくもあらぬ心のしるべを 思はずにもおぼめいたまふかな 好きがましきさまには よに見えたてまつらじ 思ふことすこし聞こゆべきぞとて いと小さやかなれば かき抱きて障子のもと出でたまふにぞ 求めつる中将だつ人来あひたる ややとのたまふに あやしくて探り寄りたるにぞ いみじく匂ひみちて 顔にもくゆりかかる心地するに 思ひ寄りぬ あさましう こはいかなることぞと思ひまどはるれど 聞こえむ方なし 並々の人ならばこそ荒らかにも引きかなぐらめ それだに人のあまた知らむはいかがあらむ 心も騷ぎて慕ひ来たれど動もなくて 奥なる御座に入りたまひぬ

02125/難易度:☆☆☆

みな/しづまり/たる/けはひ/なれ/ば かけがね/を/こころみ/に/ひきあけ/たまへ/れ/ば あなた/より/は/ささ/ざり/けり きちやう/を/さうじぐち/に/は/たて/て ひ/は/ほの-くらき/に み/たまへ/ば/からびつ-だつ/ものども/を/おき/たれ/ば みだりがはしき/なか/を わけいり/たまへ/れ/ば ただ/ひとり/いと/ささやか/に/て/ふし/たり なま-わづらはし/けれ/ど うへ/なる/きぬ/おしやる/まで もとめ/つる/ひと/と/おもへ/り ちゆうじやう/めし/つれ/ば/なむ ひと/しれ/ぬ/おもひ/の しるし/ある/ここち/し/て/と/のたまふ/を ともかくも/おもひ/わか/れ/ず もの/に/おそは/るる/ここち/し/て や/と/おびゆれ/ど かほ/に/きぬ/の/さはり/て/おと/に/も/たて/ず うちつけ/に ふかから/ぬ/こころ/の/ほど/と/み/たまふ/らむ ことわり/なれ/ど としごろ/おもひ/わたる/こころ/の/うち/も きこエ/しら/せ/む/とて/なむ かかる/をり/を/まち/いで/たる/も さらに/あさく/は/あら/じ/と/おもひなし/たまへ/と いと/やはらか/に/のたまひ/て おにがみ/も/あらだつ/まじき/けはひ/なれ/ば はしたなく ここ/に/ひと/と/も/え/ののしら/ず ここち/はた/わびしく あるまじき/こと/と/おもへ/ば/あさましく ひとたがへ/に/こそ/はべる/めれ/と/いふ/も/いき/の/した/なり きエ/まどへ/る/けしき いと/こころぐるしく/らうたげ/なれ/ば をかし/と/み/たまひ/て たがふ/べく/も/あら/ぬ/こころ/の/しるべ/を おもは/ず/に/も/おぼめい/たまふ/かな すきがましき/さま/に/は よに/みエ/たてまつら/じ おもふ/こと/すこし/きこゆ/べき/ぞ/とて いと/ちひさやか/なれ/ば かき-いだき/て/さうじ/の/もと/いで/たまふ/に/ぞ もとめ/つる/ちゆうじやう-だつ/ひと/き/あひ/たる や/や/と/のたまふ/に あやしく/て/さぐり/より/たる/に/ぞ いみじく/にほひ/みち/て かほ/に/も/くゆり/かかる/ここち/する/に おもひより/ぬ あさましう こは/いか/なる/こと/ぞ/と/おもひ/まどは/るれ/ど きこエ/む/かた/なし なみなみ/の/ひと/なら/ば/こそ/あららか/に/も/ひき-かなぐら/め それ/だに/ひと/の/あまた/しら/む/は/いかが/あら/む こころ/も/さわぎ/て/したひ/き/たれ/ど/どう/も/なく/て おく/なる/おまし/に/いり/たまひ/ぬ

みな寝静まった様子なので、掛け金をこころみに引きあけてみられたところ、向こう側からはかかっていないのだった。几帳を母屋の障子口に立ててあって、灯がほの暗い中、ごらんになると、唐櫃らしき物などいろいろ置いてあって、ごたごたしている廂の中を踏み分けお入りになってみると、ただ独りとてもこじんまりした様子で休んでいる。様子が変で妙に気遣いされたが、顔の上の夜具を押しのけてみるまでは、さきほど呼んでいた人だと思っていた。「中将をお召しですのでここに。人知れず慕ってきた甲斐があった気持ちがして」とおっしゃるのを、何がどうしたのかわけがわからず、物の怪に襲われた気持ちがして、「あっ」と怯え声を立てるが、夜具にふさがり声にもならない。「とつぜんのことで、深くもない出来心とお思いでしょう、もっともですが、長年思いつづけてきた心のうちも申し上げ知っていただこうと思いまして。このような機会を待ちつづけやっと手にしたのも、決して浅い思いからではない証しだと、思うようにしてください」と、とてもものやわからにおっしゃる、その口調では鬼神でさえ荒ぶる気持ちになれないご様子なので、ばつが悪くて「ここに人が」と、騒ぎ立てることもならない、と同時に気持ちは、こんなことが許されていいものかと思うと、あまりにひどいと感じて、「人違いでございましょう」と言ってはみるものの息が上がって声にならない。今にも消えて亡くなりそうな様子は、とても痛々しくほってはおけないと思うと、かわいそうにお思いになって、「間違うはずがない恋心が導きですのに、思いがけずも、人違いなどとおとぼけになるとは。無理にどうしようなどとは、まったく思ってもみないことですが、心のうちをすこし申し上げてもよいでしょう」と、とても小柄なので抱き取って、もと来た障子のところへお出になったその時に、呼び求めていた中将らしき人が来合わせた。「しまった」とおっしゃるのを、中将の君は不審に思って手探りで歩み寄ったところ、この世のものではない高貴な香りがあたりに満ち、顔にまでくゆりかかる感覚がして、はたと相手が知れた。あまりにひどく、これはどうしたことかと気を揉みながらも、声をかけるすべがない。相手が普通の人なら手荒に引き離すまねもできるようが、それだとて大勢の人に知れてはどうなろう、中将は気が気でなく、心配であとに付き随ったが、光の君は動じることもなく、奥の御座に入ってしまわれた。

皆静まりたるけはひなれば 掛金を試みに引きあけたまへれば あなたよりは鎖さざりけり 几帳を障子口には立てて 灯はほの暗きに 見たまへば唐櫃だつ物どもを置きたれば 乱りがはしき中を 分け入りたまへれば ただ一人いとささやかにて臥したり なまわづらはしけれど 上なる衣押しやるまで求めつる人と思へり 中将召しつればなむ 人知れぬ思ひのしるしある心地してとのたまふを ともかくも思ひ分かれず 物に襲はるる心地して やとおびゆれど 顔に衣のさはりて音にも立てず うちつけに 深からぬ心のほどと見たまふらむ ことわりなれど 年ごろ思ひわたる心のうちも 聞こえ知らせむとてなむ かかるをりを待ち出でたるも さらに浅くはあらじと思ひなしたまへと いとやはらかにのたまひて 鬼神も荒だつまじきけはひなれば はしたなく ここに人ともえののしらず 心地はた わびしくあるまじきことと思へば あさましく 人違へにこそはべるめれと言ふも息の下なり 消えまどへる気色 いと心苦しくらうたげなれば をかしと見たまひて 違ふべくもあらぬ心のしるべを 思はずにもおぼめいたまふかな 好きがましきさまには よに見えたてまつらじ 思ふことすこし聞こゆべきぞとて いと小さやかなれば かき抱きて障子のもと出でたまふにぞ 求めつる中将だつ人来あひたる ややとのたまふに あやしくて探り寄りたるにぞ いみじく匂ひみちて 顔にもくゆりかかる心地するに 思ひ寄りぬ あさましう こはいかなることぞと思ひまどはるれど 聞こえむ方なし 並々の人ならばこそ荒らかにも引きかなぐらめ それだに人のあまた知らむはいかがあらむ 心も騷ぎて慕ひ来たれど動もなくて 奥なる御座に入りたまひぬ

大構造と係り受け

◇ 「なまわづらはしけれど」→「思へり」

◇ 「人知れぬ思ひのしるしある」(AのB連体形)→「心地し」

◇ 「うちつけに」「深からぬ心のほどと」(並列)→「見たまふらむ」

◇ 「心地はた」:「はしたなく」「あさましく」をつなぐ 
◇ 「鬼神も荒だつまじきけはひなれば、はしたなく、ここに人ともえののしらず」「心地はた、わびしくあるまじきことと思へば、あさましく、人違へにこそはべるめれと言ふも息の下なり」:対句表現

◇ 「あさましう」→「思ひまどはるれ」

中川の家の構造について

A:北の簀子の西部屋
B:北の簀子の東部屋(光の寝所)
C:北の廂の西部屋(空蝉の女房たちと小君の寝所、)
D:北の廂の東部屋
E:母屋の西部屋
F:奥の御座所(空蝉と契り)
G:南の廂(従来光の寝所とされている場所)
H:光の立ち位置(小君と空蝉の会話を立ち聞き)
U:空蝉の寝所
V:奥の御座所
X:北の障子(中将が湯を使いに出たため鍵が空いている)
Y:几帳
Z:従来几帳の位置とされていたところ

古語探訪

皆静まりたるけはひなれば 02125

空蝉と女房とのやりとりの後、しばらく時間が経過した。

掛金 02125

従来は、母屋の西部屋と東部屋の間を仕切る鍵と考えられていたが、それでは、鍵をかけずに寝た空蝉は、最初から浮気を望んでいたことになる。そういう論文もあるが、それは無理な設定である。この鍵が空いていた理由は簡単で、中将の君が湯を使いに出たから空いていたのである。従って、図のXに当たる北の障子の掛金であり、光源氏はここから侵入したのである。実のところ、私はこの掛金から逆算し、光は南の廂に寝たのではなく、北の簀子にいたはずだと推測し、その論拠として「几帳のうしろに」という言葉を思い起こしたわけである。繰り返すが、光がGにいたのでは、次のような矛盾が生じる。
一、空蝉はけ遠いと感じているのに、光ははっきりと二人の会話を聞き取っている。
二、灯かかげなどすべしと、光が理解した根拠が不明となる。
三、のちにあれほど光を避ける空蝉が、二人の間を仕切る鍵をかけなかった理由がわからない。
この理由は致命的である。他にも、北の障子の位置が決まらないなど。

几帳 02125

カーテン風なもので、可動式であり、簡易に部屋の仕切りとして用いる。

障子口 02125

簀子と廂を隔てる北の障子の廂側の出入り口。北の障子は中将の君がしたように、雑用で出入りする場所だから、人目を避けるために、几帳を立てたのである。

灯はほの暗き 02125

光はまだ廂に入らず、几帳越しに漏れる明かりを見ているのであろう。小君がかかげた明かり。

唐櫃だつ物 02125

「だつ」とあるので、明かりが届かず、はっきりとしない。足のついたつづら風の容れ物。

分け入りたまへれば 02125

中の配置を確認したうえで、おもむろに中に押し入る。

ささやかに 02125

眠る姿がこじんまりとした感じで。体の小ささの表現は、別に「いと小さやかなればかき抱きて」とある。

なまわづらわしけれ 02125

こちらは眠いのに、夜具を剥がして顔をのぞこうとする者がいる。その者に対する空蝉の不快感。光源氏の申し訳なく思う気持ちという説がある。「思へり」に係ることを考えると、光源氏は一考に値しない。

求めつる人 02125

先に「いづくにぞ」と空蝉が居場所を尋ねた中将の君。

中将召しつればなむ 02125

後ろに「まゐりたる」などの省略。空蝉の発言「中将の君はいづくにぞ/02124」を受ける。

しるし 02125

ずっと思っていたことが実際にかなったこと。側近く会えることを望んでいたとの弁。一般にはその場のつくろいと解釈されている。しかし、父衛門督が空蝉を宮中に出そうと願っていた事実を、光源氏は帝から聞いていた「主上にも聞こし召しおきて 宮仕へに出だし立てむと漏らし奏せし いかになりにけむと いつぞやのたまはせし/02123」。それ以来、亡き母である桐壺、かなわない恋の対象である藤壺への思いと重ね合わせ、空蝉のことを思っていたとしても不思議ではない。空蝉はいわば藤壺に対する代償行為とみてよい。藤壺との密会ももちろん光源氏による強姦であったろう。それを描くことは帝に対する恐れから(この帝の呪いの力はすさまじく、夢でにらみつけられた朱雀帝は眼病を患い退位してしまう)出来なかった代わりに、空蝉の強姦を克明に描いていのだと思う。

ともかくも 02125

こうともああとも。夜具を押しやり、自分に話しかけてくる相手の正体が誰とも。

物に襲はるる 02125

物に襲はるる

や 02125

おどろいた時に発する言葉。

おびゆれ 02125

「怯ゆ・脅ゆ」ラ行下二段活用の已然形。こわがる、おびえる。

顔に衣のさはりて 02125

すでに衣を押しやったのだから、自然と触ることはない。怖くて顔を背けた先に衣があったか、光源氏が声を立てぬようにやんわりと押し当てたのか、想像に任されている。そのために声がくぐもった。

うちつけに 02125

突然であり、ぶしつけだ。

深からぬ心のほど 02125

「ほど」は程度。浅くて軽い感情。

ことわりなれど 02125

そのように思うのももっともだけど。

年ごろ 02125

長年。

思ひわたる 02125

思い続ける。「わたる」は時間の継続。

とてなむ 02125

後ろに「まゐりぬる」などが省略。

かかるをり 02125

光源氏が宮中の妻の左大臣邸に行ったことが方塞がりとなり、そのため急遽、ここに泊まることになった機会。

待ち出でたる 02125

待った挙句にそれを実現させる。

さらに浅くはあらじ 02125

「さらに…じ」は決して…ではないだろう。ふたつの解釈がありえる。方違えという意図せむ理由によりこうして二人が出逢えたのは二人のえにしは浅くない。長く待ったその挙句にこんな偶然の機会で逢えたのだから自分の気持ちは決して浅いものではない。浅くないは、二人の関係性とも、自分の愛情とも取れる。ただし、「待ち出でたる」と意図的表現を受けるので、後者の意味合いが強いであろう。今この瞬間だけを見ると浅く見えるかもしれないが、ずっと前から思ってきたのだ、決して浅くはないのだということ。この後、「浅く」がキーワードとなる。

思ひなしたまへ 02125

自然とそう思われるのではなく、意図してそう思うようにつとめよ。

鬼神も荒だつまじきけはひ 02125

話し手の説明。鬼神でも気がなだらかになるのだから、まして空蝉はという論法で、現代人にとってはあまり説得力のない論理展開と受け取ってしまいがちだが、論理は逆。光源氏の言葉に空蝉は声も出せなくなってしまった。事実が出発点。それは光源氏の物言いから空蝉が「はしたなく」感じたからで、なぜ「はしたなく」感じたかと言えば、「鬼神も荒だつまじきけはひ」であったからだという結果から出来事を説明しているのだと思う。

はしたなく 02125

中途半端で極まりが悪い。人を呼んだ結果として出来する顛末は決して収まりのよいものにはならないということ。仮に人を呼んだとしよう。強姦未遂事件は、夫である伊予介の知ることになる。光源氏の評判はかなり下がる。未遂でななかったとの評判も広まる。伊予介は同情されるどころか、監督不行き届きで処罰される。紀伊守も同様。空蝉が一瞬にしてどれだけのことを想像したかは定かでない。しかし、王朝人の意識として、こうしたことが明るみに出た結果は決して好ましものにはならないことは既知であったはずである。

ここに人 02125

ここに怪しい人がいるから誰か来てとの意図であろう。

ののしらず 02125

大声を立てて騒ぐような真似はしない。

はた 02125

ちょうどその時、同時に。折しも。時に関して二つ以上重なるのが「はた」、時と限定しないのが「また」。露見しては外聞が悪いと思うと同時、唯々諾々と犯されては、みじめであってはならないことだと思うと、「あさましく」。

わびしくあるまじきこと 02125

「わびしく」+「あるまじき」と解釈するのが一般だろうが、「あり」は補助動詞、わびしい状態でいることはあってはならないと解釈する。「わびし」は自分の力のなさから来る無力感が原義。相手が帝の息子だからといって、無理に強姦される時に無抵抗でいていいはずがないと咄嗟に思ったのだ。そう思うと「あさましく」なってきたとつづく。

あさましく 02125

事のよしあしとは別にして(露見して外聞が悪くなろうがそんなことより)、驚きあきれるばかりだ、無体だ。話にならぬ。こんなことが許されていいはずがないと感情が動き出した。空蝉の心情をもっとも捉えた重要語である。

息の下 02125

息が荒く出るばかりで声にならない状態。一般には息も絶え絶えとされているが、ここは興奮のあまり息が上がって声にならない状態であろう。「わづかなる声聞くばかり言ひ寄れど 息の下にひき入れ言少ななるが いとよくもて隠すなりけり/02-055」別に危篤に陥っているわけではない。

消えまどへる 02125

「消え」は消える、死ぬ。「まどふ」は補助動詞で前の動詞が著しい状態にある。「る」は存続の「り」。

心苦しく 02125

光源氏の心境。相手の身の上を思って心が痛む状態。

らうたげ 02125

相手の労をいたわってやりたい、慰めてやりたいという気持ち。可憐の意味もあるが、ここでは放っておけない気持ち。

をかし 02125

いろいろな状況で強く心が揺さぶられている。深い愛情とかわいそうだとの同情。

しるべ 02125

導き。偶然の機会ではあるが、以前から持ち続けてきた空蝉への深い愛情に導かれてここにやって来たのに。

思はずにも 02125

光源氏にとっては思いも掛けず。

おぼめいたまふ 02125

「い」は「き」の音便変化。「おぼめく」はわからない振りをしてはぐらかす。「人違へにこそはべるめれ」と言った空蝉の言葉を受けた表現。

好きがましきさま 02125

無体な真似、要するに相手の気持ちを無視して強姦すること。実際には強姦にちかい。

よに…じ 02125

よもや…することはない。

見えたてまつら 02125

光源氏が空蝉にそういう様子を見せる。「見え」は「たてまつる」に続くので、受け身ではなく使役。

小さやか 02125

「さやか」は見た目にはっきり表れている。いかにも小さい。

障子のもと 02125

中将が湯をつかいに出た場所であり、光源氏が侵入した場所である、北の障子。

出でたまふにぞ 02125

ちょうど障子を出かかったところに。「ぞ」はまさしくその時にという強調。

求めつる 02125

空蝉が寝苦しく「中将の君はいづくにぞ/02124」と呼んだことを受ける。

いみじく 02125

神聖なもの・不浄なものなど、日常感覚から離れた、触れてはならないものに接したときの感覚。

匂ひみち 02125

光源氏の美質として特殊な匂いを発する点があげられる。「名高うおはする宮の御容貌にもなほ匂はしさはたとへむ方なく/01-140」(名高くいらっしゃっる東宮の御容貌であっても、匂い立つ美質は比べようがなく)。

くゆりかかる 02125

匂いがまとわりつく。臭覚としてだけではなく、触覚として神々しい匂いに触れた。

思ひ寄りぬ 02125

その特殊な匂いから相手が誰とわかった。もちろん、中将がそれまでに光源氏の匂いを知っていたわけではない。神々しい感覚に捕らわれたため、それは誰かと思えば、もはや光源氏以外にないと判断したのである。

あさましう 02125

とんでもないことに驚きあきれる。

いかなることぞ 02125

なぜこういう事態になっているのか。光源氏が侵入できるはずないのに、どうして主人がさらわれているのか。

まどはるれ 02125

「まどふ」は補助動詞で前の動詞が著しい状態にある。「るれ」は自発「る」の已然形。

聞こえむ方なし 02125

相手が高貴すぎて、どう言葉をかけてよいのか、その仕方がない。

荒らかにも 02125

荒々しい手段をつかってでも。

かなぐらめ 02125

ひきむしる、無理に奪いとる。

それだに 02125

無理矢理に奪い返すことができたとしても。

人のあまた知らむ 02125

騒ぎを聞きつけ、多くの人に知られることとなり、留守である空蝉の主人、伊予介の耳に入ることになる。それを恐れた。

慕ひ来たれ 02125

寝殿の西側にある北の障子から、東側の母屋の前まで、主人を心配して着いてきたが。

動もなくて 02125

後に女房が着いてきても、光源氏は一向に動じることなく。

奥なる御座所 02125

本来光源氏の寝所として与えられていた、寝殿東側の母屋内の寝所。図のV。

奥なる 02125

ここから先は貴人のプライベート空間なので、立ち入ることができないという空間感覚をいうのであろう。

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