守出で来て灯籠掛け 帚木12章04

2021-03-29

原文 読み 意味

守出で来て 灯籠掛け添へ 灯明くかかげなどして 御くだものばかり参れり とばり帳も いかにぞは さる方の心もとなくては めざましき饗応ならむ とのたまへば 何よけむとも えうけたまはらず と かしこまりてさぶらふ 端つ方の御座に 仮なるやうにて大殿籠もれば 人びとも静まりぬ 主人の子ども をかしげにてあり 童なる 殿上のほどに御覧じ馴れたるもあり 伊予介の子もあり あまたある中に いとけはひあてはかにて 十二三ばかりなるもあり いづれかいづれ など問ひたまふに これは 故衛門督の末の子にて いとかなしくしはべりけるを 幼きほどに後れはべりて 姉なる人のよすがに かくてはべるなり 才などもつきはべりぬべく けしうははべらぬを 殿上なども思ひたまへかけながら すがすがしうはえ交じらひはべらざめる と申す

02122/難易度:★☆☆

かみ/いでき/て とうろ/かけ/そへ ひ/あかく/かかげ/など/し/て おほむ-くだもの/ばかり/まゐれ/り とばり/ちやう/も いかにぞ/は さる/かた/の/こころもとなく/て/は めざましき/あるじ/なら/む と/のたまへ/ば なに/よけ/む/と/も え/うけたまはら/ず/と かしこまり/て/さぶらふ はしつかた/の/おまし/に かり/なる/やう/にて おほとのごもれ/ば ひとびと/も/しづまり/ぬ あるじ/の/こども をかしげ/に/て/あり わらは/なる てんじやう/の/ほど/に/ごらんじ/なれ/たる/も/あり いよ-の-すけ/の/こ/も/あり あまた/ある/なか/に いと/けはひ/あてはか/に/て じふに/さむ/ばかり/なる/も/あり いづれ/か/いづれ など/とひ/たまふ/に これ/は こ-えもん-の-かみ/の/すゑ/の/こ/にて いと/かなしく/し/はべり/ける/を をさなき/ほど/に/おくれ/はべり/て あね/なる/ひと/の/よすが/に かくて/はべる/なり ざえ/など/も/つき/はべり/ぬ/べく けしう/は/はべら/ぬ/を てんじやう/など/も/おもひ/たまへ/かけ/ながら すがすがしう/は/え/まじらひ/はべら/ざ/める と/まうす

紀伊守が出てきて、灯籠の数を増やし大殿油の灯をあかるくして、口直し程度の肴ばかりをお出しする。「とばり帳の方もどんなものだえ。そっち方面がこと欠くようでは、礼を逸したたもてなしぞえ」とおっしゃると、「何よけむとお聞きしようにも、ご用意できませんで」と恐縮して控えている。縁側の御座所で、仮寝のようにしてお休みになられると、供の者たちも寝静まった。主人の子供たちはかわいげな様子である。童の身ながら殿上の間あたりでよくお見かけになっているの子供もいる。伊予介の子もいる。子が大勢ある中で、たいそう見た目に品のよい、十二三くらいの子もいる。「どの子が実子で、宮の子はどれ」などとお尋ねになると、「これは今は亡き衛門督の末の子でずいぶんかわいがっておいででしたが、幼いうちに先立たれまして、姉にあたる人の縁でここにこうしている次第です。学問などもものになりそうで、血筋も悪くないので、わたくしとしては殿上に上がることなども期待しておりますが、やすやすとは出仕もならない様子でございます」とお答え申し上げる。

守出で来て 灯籠掛け添へ 灯明くかかげなどして 御くだものばかり参れり とばり帳も いかにぞは さる方の心もとなくては めざましき饗応ならむ とのたまへば 何よけむとも えうけたまはらず と かしこまりてさぶらふ 端つ方の御座に 仮なるやうにて大殿籠もれば 人びとも静まりぬ 主人の子ども をかしげにてあり 童なる 殿上のほどに御覧じ馴れたるもあり 伊予介の子もあり あまたある中に いとけはひあてはかにて 十二三ばかりなるもあり いづれかいづれ など問ひたまふに これは 故衛門督の末の子にて いとかなしくしはべりけるを 幼きほどに後れはべりて 姉なる人のよすがに かくてはべるなり 才などもつきはべりぬべく けしうははべらぬを 殿上なども思ひたまへかけながら すがすがしうはえ交じらひはべらざめる と申す

大構造と係り受け

◇ 「童なる」「殿上のほどに御覧じ馴れたる」:同格

古語探訪

守 02122

紀伊守。

灯籠 02122

室外に据える灯り。

掛け添へ 02122

設置する数を増やす。

かかげ 02122

灰になった燈芯を掻き落し、芯を引き上げて、炎を大きくすること。

御くだもの 02122

お菓子・木の実・果物や軽い副食・酒の肴などを指す。先に「あるじも肴求むとこゆるぎのいそぎ」とあり、直後に「とばり帳」とあるから酒の肴とすべきである。ただし、その後、酒宴が果てることを考えると、締めの肴といったところだろう。酒があまり進むと不慮の事態が出来せぬとも限らないので、そろそろお開きする準備をしているのだ。光源氏はかなり酔った風に見えたのだろう。酔った点を理解しないと、「とばり帳」云々は、自分の高い身分を嵩にきた、ただの女好きになってしまう。

ばかり 02122

わずかにの意味ではなく、酒をこれ以上出さずに軽食だけを出したということ。

参れり 02122

「与える」の謙譲語。

とばり帳も 02122

「我家(わいへん)は 帷帳(とばりちやう)も垂れたるを 大君来ませ 聟にせむ 御肴(みさかな)に何よけむ 鮑(あはび) 栄螺(さだをか) 石陰子(かせ)よけむ 鮑 栄螺 石陰子よけむ/催馬楽、我家)から。「聟にせむ」を呼び出すため。「聟にせむ」というからやって来たのに、酒の肴ばかり出すのはどうなってるんだ、早く女を出せ、と伝えている。もちろん、冗談口。

いかにぞは 02122

どうなっているのか。催促の言葉。

さる方の 02122

そっちの方面の、女の提供をいう。

心もとなく 02122

物足りない。不足だ。

めざましき 02122

不愉快。扱いが粗野で失礼だ。

何よけむとも 02122

光源氏が「とばり張も」の語で「聟にせむ」を引き出し、女を提供せよとほのめかしたのに対して、紀伊守は「とばり張も」の語から、「御肴に何よけむ」を引き出し、鮑(あはび)や栄螺(さだをか)や石陰子(かせ)のような立派なものはお出しできない。あるのはくだもの程度のものばかりだと、応じた。大事なことは、直接的に女は出せないと答えたのではない点。食べ物のことと受け取ってはぐらかしたところが、乙なわけだ。実際には、光源氏の要望通りに北の廂に御座所を置くのを許すのである。

え…ず 02122

できない。

うけたまはら 02122

お受けする。引き受ける。

さぶらふ 02122

光源氏の用を足すために、しばらくそこで控える。

端つ方の御座 02122

「 廂にぞ大殿籠もりぬる/02124」とあるので、光源氏は母屋ではなく廂で床についた。「端つ方」は母屋ではないことを指す。貴人は普通、南面するので、南の廂で寝ると解釈されているが、空蝉の寝所に侵入した場所は北の障子であり、そのそばの北の廂で眠りについたのだ。「その人近からむなむうれしかるべき 女遠き旅寝は もの恐ろしき心地すべきを ただその几帳のうしろに/02120」の一文の意味がここで出てくる。この場所に紀伊守やその子供達が挨拶にくることを考えると、この御座所の位置は紀伊守の了承を得ていることになる。プライベート空間である北の廂に光源氏の寝所をしつらえることを許した紀伊守の狙いを考えてみるべきであろう。

仮なるやうにて 02122

仮寝のようにして。仮こしらえの寝所にての意味ではない。その意味は「端つ方の御座に」で述べられている。要するに狸寝入りして人々が寝静まるのを待つ。

人びとも静まりぬ 02122

酒宴を終え、寝静まる準備を始める。しかし、紀伊守はまだ側で控えているし、紀伊守の子供たちも、光源氏の目に留まることに期待をかけながら護衛としてであろう、側に控えている。

子ども 02122

複数形。小君ほかそこにいる子供達を指す。

をかしげ 02122

興味をひく対象である。ここは小君への前振り。

童なる 02122

殿上童(童殿上とも)の身分。貴族の子弟で、元服前に作法見習いとして清涼殿の殿上の間に出入りが許された子供。

御覧じ馴れたる 02122

殿上の間で光源氏が見慣れた。

あてはか 02122

高貴な感じがする。桃園式部卿宮の末っ子である小君のこと。空蝉はその姉。

いづれかいづれ 02122

どの子が主人である紀伊守の子供で、どの子が式部卿の宮の子供かとの質問。

故衛門督 02122

衛門府の長官で、名門の貴族の子弟が着任する。従四位下相当。空蝉と小君の父。

かなしくしはべる 02122

亡き衛門督が小君をかわいがる。

後れはべりて 02122

父と死別して取り残された。

姉なる人 02122

空蝉。今はこの家の主人である紀伊守の父、伊予介の後妻となっている。

よすが 02122

えにし、頼る相手。

かくてはべるなり 02122

ここにこうして住むことになっているのです。

才などもつきはべりぬべく 02122

漢学も身につき、ものになりそうで。

けしうははべらぬ 02122

まんざらでもない。主語がないので、「才なども」を当てる説、人柄などを当てる説がある。殿上を考慮するなら、漢学のみでは不足。血筋、家柄であろう。

殿上なども思ひたまへかけながら 02122

話者である紀伊守が小君を殿上童にしようと願いをかけること。「思ひたまへ」は話者である紀伊守自身に対する謙譲語。

すがすがしう 02122

すらすらと事が運ぶさま。

まじらひ 02122

宮仕えすること。

める 02122

紀伊守の目には、はかが進まないように見える。客観的に事態を述べることで、自分としてはどうにもできない非力を訴え、光源氏の同情を引く表現となっている。を言う。

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