障子をひきたてて暁 帚木13章03

2021-03-31

目次

原文 読み 意味

障子をひきたてて 暁に御迎へにものせよとのたまへば 女は この人の思ふらむことさへ死ぬばかりわりなきに 流るるまで汗になりて いと悩ましげなる いとほしけれど 例の いづこより取う出たまふ言の葉にかあらむ あはれ知らるばかり 情け情けしくのたまひ尽くすべかめれど なほいとあさましきに 現ともおぼえずこそ 数ならぬ身ながらも 思しくたしける御心ばへのほども いかが浅くは思うたまへざらむ いとかやうなる際は際とこそはべなれとて かくおし立ちたまへるを 深く情けなく憂しと思ひ入りたるさまも げにいとほしく 心恥づかしきけはひなれば その際々をまだ知らぬ初事ぞや なかなか おしなべたる列に思ひなしたまへるなむうたてありける おのづから聞きたまふやうもあらむ あながちなる好き心はさらにならはぬを さるべきにや げに かくあはめられたてまつるもことわりなる心まどひを みづからもあやしきまでなむ などまめだちてよろづにのたまへど いとたぐひなき御ありさまの いよいようちとけきこえむことわびしければ すくよかに心づきなしとは見えたてまつるとも さる方の言ふかひなきにて過ぐしてむ と思ひてつれなくのみもてなしたり

02126/難易度:★★☆

さうじ/を/ひき/たて/て あかつき/に/おほむ-むかへ/に/ものせ/よ/と/のたまへ/ば をむな/は この/ひと/の/おもふ/らむ/こと/さへ/しぬ/ばかり/わりなき/に ながるる/まで/あせ/に/なり/て いと/なやましげ/なる いとほしけれ/ど れい/の いづこ/より/とうで/たまふ/ことのは/に/か/あら/む あはれ/しら/る/ばかり なさけなさけしく/のたまひ/つくす/べか/めれ/ど なほ/いと/あさましき/に うつつ/と/も/おぼエ/ず/こそ かず/なら/ぬ/み/ながら/も おぼし/くたし/ける/みこころばへ/の/ほど/も いかが/あさく/は/おもう/たまへ/ざら/む いと/かやう/なる/きは/は きは/と/こそ/はべ/なれ/とて かく/おしたち/たまへ/る/を ふかく/なさけなく/うし/と/おもひ/いり/たる/さま/も げに/いとほしく こころはづかしき/けはひ/なれ/ば その/きはぎは/を/まだ/しら/ぬ/うひごと/ぞ/や なかなか おしなべ/たる/つら/に/おもひなし/たまへ/る/なむ/うたて/あり/ける おのづから/きき/たまふ/やう/も/あら/む あながち/なる/すきごころ/は/さらに/ならは/ぬ/を さるべき/に/や げに かく/あはめ/られ/たてまつる/も/ことわり/なる/こころまどひ/を みづから/も/あやしき/まで/なむ/など まめ-だち/て/よろづ/に/のたまへ/ど いと/たぐひ/なき/おほむ-ありさま/の いよいよ/うちとけ/きこエ/む/こと/わびしけれ/ば すくよか/に/こころづきなし/と/は/みエ/たてまつる/とも さる/かた/の/いふかひ-なき/に/て/すぐし/て/む/と おもひ/て つれなく/のみ/もてなし/たり

障子を締め切って、「暁にお迎えにまいれ」とおっしゃたところ、女は、中将の君が今想像していることまでもが死ぬほどやり切れなくて、流れるくらいの汗になって、たいそうつらそうな様子であり、光の君はかわいそうにと責任をお感じになるが、例によって、一体どこからお取りだしになる言葉だろうか、ついその気にさせられてしまうばかりに、情愛こまやかに意を伝えようとお尽くしになるようだけど、それでもやはりあまりのしうちに、「実感がわきませんので。人数にも入らぬ身ながら、こんな仕打ちばかりかお見下しになるお心持ちまでもが、どうして軽々しく思わないでおられましょう。まったくこんな身の程なのだから分をわきまえよと仰せなのでしょうが」と、このように無理をお通しになるを、女は心底思いやりがなくつらいと思いこんでおり、そうした様子を見ても本当に申し訳なくいたたまれない様子なので、「その際と際の区別もつかぬ初事だからね。そうだとて、なまじそのへんの連中と同列に見なされては心外です。どこぞで耳にされたこともおありでしょう、無体にどうのといった好き心はさらさら習い知らぬことを。それだから、まったく、こんなに風にさげすまれるのも、理の当然なほど心が乱れているのが、自分でも怪してもう」などと、誠意をもっていろいろとおっしゃるけれど、なんとも比類のないお姿ゆえ、なおのことますます身をゆるしお気持ちにこたえることが忍びないので、取りつく島ない不愉な女だとお取りになろうとも、色事の道では言っても甲斐ない女で通そうと、思いきめて、すげない態度をとりつづけた。

障子をひきたてて 暁に御迎へにものせよとのたまへば 女は この人の思ふらむことさへ死ぬばかりわりなきに 流るるまで汗になりて いと悩ましげなる いとほしけれど 例の いづこより取う出たまふ言の葉にかあらむ あはれ知らるばかり 情け情けしくのたまひ尽くすべかめれど なほいとあさましきに 現ともおぼえずこそ 数ならぬ身ながらも 思しくたしける御心ばへのほども いかが浅くは思うたまへざらむ いとかやうなる際は際とこそはべなれとて かくおし立ちたまへるを 深く情けなく憂しと思ひ入りたるさまも げにいとほしく 心恥づかしきけはひなれば その際々をまだ知らぬ初事ぞや なかなか おしなべたる列に思ひなしたまへるなむうたてありける おのづから聞きたまふやうもあらむ あながちなる好き心はさらにならはぬを さるべきにや げに かくあはめられたてまつるもことわりなる心まどひを みづからもあやしきまでなむ などまめだちてよろづにのたまへど いとたぐひなき御ありさまの いよいようちとけきこえむことわびしければ すくよかに心づきなしとは見えたてまつるとも さる方の言ふかひなきにて過ぐしてむ と思ひてつれなくのみもてなしたり

大構造と係り受け

◇ 「女は…いと悩ましげなる」:AはB連体形

◇ 「いとほしけれど」→「のたまひ尽くす」 
◇ 「例の」→「のたまひ尽くす」 
◇ 「いづこより取う出たまふ言の葉にかあらむ」:挿入句

◇ 「いとあさましきに」→「と(て)」 
◇ 「とて」→「思ひ入りたる」

◇ 「深く」→「思ひ入りたる」 
◇ 「情けなく」「憂し」:並列 
◇ 「心恥づかしきけはひなれば」→「よろづにのたまへ」

◇ 「聞きたまふ」:客体は「あながちなる好き心は、さらにならはぬを」 
◇ 「さるべきにや」→「ことわりなる」 
◇ 「げに」:挿入句 
◇ 「かくあはめられたてまつるも、ことわりなる心まどひを」:「心まどひを、かくあはめられたてまつるも、ことわりなる」の倒置表現 
◇ 「のたまへど」→「つれなくのみもてなしたり」

◇ 「すくよかに」「心づきなし」(並列)→「見えたてまつる」

古語探訪

ひきたて 02126

人の口に戸を立てるなど、「たてる」は戸口の出入りをふさぎ止めること。

暁 02126

夜が白み出す頃。男女の別れの時間。

ものせよ 02126

来る・行く・食べるなどの動作を直言するのを避ける代動詞。

女 02126

男女の関係に入ったことを暗示する表現。空蝉。

この人 02126

中将の君。

思ふらむことさへ 02126

「らむ」は現在推量、今思っている内容。「さへ」はまでも。光の行動ばかりか、味方である女房がどう思っているかということまでもが。危急の状態でどこまで頭が働いたかは覚束ないが、男が侵入を成功させるには、女房たちのうちの誰かの手引きが必要であり、それがないとすれば、女主人自らが招き入れたと考えざるをえない。自分に非はないのに、男を入れた責任を着せられてはとやきもきするのだ。

わりなき 02126

状況を打開する道がない閉塞状態。

流るるまで汗になり 02126

この表現を入れる必然性はないだけに、この表現は文学的だ。女の汗が性的興奮を高めている。空蝉のどこに惹かれるのか、この時期思いをかけながら思うようにならない藤壺の身代わりという以上の魅力を、正直感じられないが、この箇所だけはリアルだ。他の女が示さなかった汗にまつわる匂いの魅力こそが、光源氏をして忘れられぬ女にしたのだろう。

悩ましげ 02126

悩んでいるように見える様。

いとほしけれ 02126

弱者に対する同情心。

ど 02126

逆接。同情心が沸き起こりながらも、口説かずにはおかない屈折がこの逆接。

例の 02126

光源氏の本性であるところの。

あはれ知らる 02126

「あはれ」は深い感情、この場合愛情、性愛。「知らる」は「知る」+自発の「る」。聞いているだけで、感情が高ぶってくる。言葉で女を興奮させるのだ。すでに体に火がついている。

情け情けしく 02126

情のこまやかな様子。

ここはそれまでのやりとりをまとめている箇所なので、これまでの光源氏の言葉と空蝉の心理を簡単に整理しておく。
・「深からぬ心のほど」と見えるだろうが長く待ってやっと会う機会を得たのだから「さらに浅くはあらじと思ひなしたまへ/02125」
・「あるまじきことと思へばあさましく/02125」
・「あはれ知らるばかり情け情けしくのたまひ尽くすべかめれ」
・「なほいとあさましき」

なほ 02126

上で整理した通り、当初、夫がある身で強姦などあってはならないと「あさましく」感じ、光源氏の言葉に体は反応、すでに体は濡れてきているけれど「あはれ知らるばかり」、それでもやはり。

あさましき 02126

見下げられたことに対する反発。すぐに寝る女ではないというプライド。

現ともおぼえずこそ 02126

「こそ」は前に原因が述べられ、だからこそ…なのだとその帰結が後ろで述べられる。それが省略されている。光源氏の言葉によって受け入れ体制はできているが、身分の差を意識が乗り越えられない。そのため光源氏に言い寄られても愛される理由が実感できず、本心を疑ってしまうのだ。「こそ」の後には身を任せられない等が隠れている。体は光源氏に反応しているが、頭と気持ちはまだ抵抗せずにはいられない。

数ならぬ身ながらも 02126

空蝉自身、今では人数にも入らない低い身分ではあっても。

思しくたしける 02126

見下す。もともと帝の子を孕もうと思っていたほど気位が高いので、社会的ランクが落ちた今、かえって光源氏とのランクさがコンプレックスとして全面に出てしまうのだ。

御心ばへのほども 02126

こうした行動は愚か、あなた様のお気持ちまでもが。

いかが…ざらむ 02126

どうしてしないだろうか。いやする。

浅くは思うたまへ 02126

浅く思えてしまう。深くは感じられない。「さらに浅くはあらじと思ひなしたまへ」に対して、そうは思えないという切り返し。

いとかやうなる際は際とこそはべなれ 02126

どの注釈も手を焼いている箇所。こういう場合、一番いいのは、つじつま合わせはやめて、素直に解釈することである。先ず、「こそ+已然形」は後ろに逆接でつながるという基本を思い出そう。「なれ」は伝聞。光源氏の真意を突こうとしているのであって、どこからか聞いてきた話を今しているわけではない。「際」は筋と筋の境で、それがはっきりしていることが「際立つ」。区別ははっきりしていることが「際」。従ってこの場合は、光源氏との身分の違いをいう。高い身分は高い身分、卑しい身分は卑しい身分、それが「際は際」の意味。もちろん、ここは空蝉の卑下である。卑しい身分はその身分にふさわしく、抵抗するなということでしょうが。そうは参りません。

おし立ち 02126

無理強い。空蝉の気持ちを無視して強姦しようとしていること。

げにいとほしく 02126

「げに」は本当に。「いとほしけれど」に対して。「いとほし」は弱者に対する同情心。光源氏は身分違いの空蝉は抵抗し切れないことを知っている。「いとほし」にはそうした心のゆとりがある。

心恥づかしきけはひ 02126

空蝉が光源氏に対して抵抗しながらも、その高貴さと光源氏のもつ美質に惹かれて立派だと賛嘆する感情が内面から外に現れ出ている。「けはひ」は内から外へ出ている様子。

その際々を 02126

空蝉の言葉「いとかやうなる際は際とこそはべなれ」を受けた表現。「際は際」だと言うが、その際々の区別がつかないウブだから。

初事 02126

初体験ではなく、まだうぶい、経験が浅いことを言う。

おしなべたる列 02126

並みの人と同列。

うたて 02126

気に入らぬ。

あながちなるすき心 02126

要するに無理に手籠めにすること。

さるべきにや 02126

平たく訳せば、そうであるのが同然だからなのだろう。何に対して言っているのかというと、経験が浅くて気が動顛していることを、人妻からばかにされるのも当然だ。空蝉は身分差を訴えているのに対して、光源氏は経験豊な人妻と経験の浅い自分という対立にもちこみ、わたしの純情な思いを馬鹿に見えるだろうと自嘲的な態度に出て、相手を丸め込もうとしているのだ。

げに 02126

「さるべきにや」はそうに違いないとの客観的判断、「げに」は確かにそうだとの実感、同じことを客観と主観で繰り返した。

あはめられたてまつる 02126

「動詞の受け身+謙譲の補助動詞」。「あはめ」は、軽んずる。主語は光源氏で、空蝉から軽んじられるの意味。謙譲語の対象は主語には向かわないので、空蝉に対して働く。空蝉が主語、光源氏が目的語であれば、謙譲語は光源氏に対して働く。「たてまつる」は受け身と一緒に用いられることが多いので注意したい。

心まどひ 02126

惑乱。

あやしきまで 02126

「まで」とあるので、心理的にはあやしく思う程度がよほど進んでいるということ。従って、単に不思議だではなく、不思議でならぬというニュアンス。

まめだちて 02126

誠実であろうと努める。(雨夜の品定め冒頭参照)、見せかけるのではない。

いとたぐひなき御ありさま 02126

光源氏の様子。「ありさま」はこの時、五感でとらえ得た光源氏の情報すべて。暗がりなので視覚のみではない。におい、話し方、身のこなし、抱擁テクニックなど。

うちとけきこえむ 02126

気持ちを許し、自らの意思で光源氏を受け入れること。

わびしけれ 02126

荒寥とした気分が深まる。これも本来、帝の子を妊るつもりでいたのに、父を失い、受領の後妻に成り下がったことが後をひいている。すでに状況を打開する力が無い状態をさらにひしと感じるのが「わびし」。

すくよかに 02126

体や心がすくみあがった状態無愛想。

心づきなし 02126

こころがつく、すなわち愛情がわくの意味、それがない状態が「心づきなし」。

見えたてまつるとも 02126

そのように光源氏から思われようとも。受け身につきた「たてまつる」。見られる主体は空蝉、相手は光源氏からで、「たてまつる」は光源氏に対する敬意。

さる方の言ふかひな 02126

そういう方面ではいくらく言っても効果がないものの意味。要するに、いくらくどいても決して落ちることがない。

過ぐしてむ 02126

この場をやり過ごそう。要するに、強姦されるのは避けられないが、気持ちとしてそれを決して許しはしないという意思。

つれなし 02126

気持ちとしては愛情を持ちながら、それを表面に出さず、冷淡にふるまうこと。

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