かうのどけきにおだ 帚木09章02
原文 読み 意味
かうのどけきにおだしくて 久しくまからざりしころ この見たまふるわたりより 情けなくうたてあることをなむ さるたよりありてかすめ言はせたりける 後にこそ聞きはべりしか さる憂きことやあらむとも知らず 心には忘れずながら 消息などもせで久しくはべりしに むげに思ひしをれて心細かりければ 幼き者などもありしに思ひわづらひて 撫子の花を折りておこせたりし とて涙ぐみたり
02109/難易度:☆☆☆
かう/のどけき/に/おだしく/て ひさしく/まから/ざり/し/ころ この/み/たまふる/わたり/より なさけ/なく/うたて/ある/こと/を/なむ さる/たより/あり/て/かすめ/いは/せ/たり/ける のち/に/こそ/きき/はべり/しか さる/うき/こと/や/あら/む/と/も/しら/ず こころ/に/は/わすれ/ず/ながら せうそこ/など/も/せ/で/ひさしく/はべり/し/に むげ/に/おもひ/しをれ/て/こころぼそかり/けれ/ば をさなき/もの/など/も/あり/し/に/おもひ/わづらひ/て なでしこ/の/はな/を/をり/て/おこせ/たり/し とて/なみだぐみ/たり
こんなふうにおっとりしているのをいいことにして久しく訪れもせずにいたところ、私の妻あたりから、情を欠いた手ひどいことを適当な仲立ちを通してほのめかせたとの由、あとではじめて聞き知った次第です。そんなつらいことがあろうとも知らず、心では忘れずながら便りなんかもせず久しく沙汰なしにしておりましたところ、すっかり悩みしおれ心細い境遇であったので、幼い娘がいることなどもわずらいの種であり、そこで撫子の花を折って結び文を寄越してまいりました」と言いいながら頭中将は涙ぐんでいる。
大構造と係り受け
かうのどけきにおだしくて 久しくまからざりしころ この見たまふるわたりより 情けなくうたてあることをなむ さるたよりありてかすめ言はせたりける 後にこそ聞きはべりしか さる憂きことやあらむとも知らず 心には忘れずながら 消息などもせで久しくはべりしに むげに思ひしをれて心細かりければ 幼き者などもありしに思ひわづらひて 撫子の花を折りておこせたりし とて涙ぐみたり
古語探訪
かうのどけき 02109
「かう」は、「久しきとだえをもかうたまさかなる人とも思ひたらず/02108」とあった。
おだしく 02109
安心。
この見たまふるあたり 02109
妻である右大臣の四の君。
うたて 02109
ひどい。
さるたより 02109
無視しえない立派な仲立ちを通して。
かすめ 02109
はっきりとは言わないで、ほのめかす。
憂きこと 02109
つらいこと。
むげに 02109
ひどく。むやみに。
心細かり 02109
身近に相談できる人がいない状況。
撫子の花 02109
「撫でし子」、すなわち、頭中将が撫でてかわいがった子供のことを暗示する。
涙ぐみたり 02109
「たり」は、先ほど来、涙ぐんだ状態が続いていることを表す。