ひとへにうち頼みた 帚木07章08
原文 読み 意味
ひとへにうち頼みたらむ方は さばかりにてありぬべくなむ思ひたまへ出でらるる はかなきあだ事をもまことの大事をも 言ひあはせたるにかひなからず 龍田姫と言はむにもつきなからず 織女の手にも劣るまじく その方も具して うるさくなむはべりし とて いとあはれと思ひ出でたり
02101/難易度:★★☆
ひとへに/うち-たのみ/たら/む/かた/は さばかり/にて/あり/ぬ/べく/なむ/おもひ/たまへ/いで/らるる はかなき/あだごと/を/も/まこと/の/だいじ/を/も いひあはせ/たる/に/かひなから/ず たつたひめ/と/いは/む/に/も/つきなから/ず たなばた/の/て/に/も/おとる/まじく その/かた/も/ぐし/て うるさく/なむ/はべり/し とて いと/あはれ/と/おもひ/いで/たり
ひたすら信をおこうと思う伴侶としては、こんな風であってほしいとこの女のことがつい思い出されたのです。ちょっとした私的なことでもまことの大事でも相談すればしがいがあり、着物を染め上げる腕前は竜田姫といってもおかしくないし、仕立ての腕はたなばた姫の手にも劣らないくらいであってほしいけれど、ただ例の性格も備わって全くご立派でした」と言って、左馬頭はひどく愛しそうに思い出すのでした。
大構造と係り受け
ひとへにうち頼みたらむ方は さばかりにてありぬべくなむ思ひたまへ出でらるる はかなきあだ事をもまことの大事をも 言ひあはせたるにかひなからず 龍田姫と言はむにもつきなからず 織女の手にも劣るまじく その方も具して うるさくなむはべりし とて いとあはれと思ひ出でたり
古語探訪
ひとへに 02101
一心に。
うち頼みたらむ 02101
「うち」は、すっかり。「たらむ」は、仮定表現。心からの信をおいて頼り切ろうと思う相手は。
さばかりにてありぬべく 02101
まさにそのようにあるべきだ。「ばかり」は強調でまさにの意味である。あれくらいの意味ではない。「さ」がそれより前の文章、すなわち指を喰う女を受けるとすると、この女は理想的な女性であったことになり、「人の心の時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをばえ頼むまじく思うたまへ得てはべる/02090」の具体例として持ち出したそもそもの意図を失ってしまう。「さばかり」の「さ」は直後の「はかなきあだ事をもまことの大事をも言ひあはせたるにかひなからず龍田姫と言はむにもつきなからず織女の手にも劣るまじく」を受けると考えるほかない。文末に「ありぬべし」を入れるとわかりやすい。そもそも、これを受けるとしないと二つの文章はつながりがなく、分裂してしまう。
言ひあはせたる 02101
相手に相談する。
竜田姫と言はむ 02101
竜田姫は秋に紅葉する竜田川を女神に見たてたもので、染色の神でもある。その神に比せるほど、染色の腕がある女であるということ。「着るべき物常よりも心とどめたる色あひしざまいとあらまほしくて /02099」を受けた表現。
つきなからず 02101
不釣合いでないの意味。
織女の手にも 02101
機織の神である織女の腕前にも。
「竜田姫と言はむにもつきなからず、織女の手にも劣るまじく」は「具して」にかける連用法。中止法考えそこで切ってしまうと、「その方(竜田姫と織女の手)も具して」が意味をなさなくなる。あるいは「その方」は染色や裁縫以外のものを指すと考えるしかなくなる。そうなると、文脈上受けられるものは嫉妬心以外になく、「いとあはれと思ひ出でたり」と矛盾する。しかし、こちらの読みも捨てがたい。その方が、頭中将の発言(「裁ち縫ふ」の意味)に続きやすいが、今は穏当な解釈をしておく。
その方も 02101
もの怨じまでも、即ち、嫉妬心も。嫉妬心はこの女の本性であり、これを抜きにした解釈は成り立たない。
具し 02101
ここは自動詞。十分に備わる。欠けることなく揃う。
うるさし 02101
ダブルミーニング。嫉妬心に対してはうるさい。染色や織りの技に対しては立派な。締めの言葉であり、係結びで「うるさし」が強調されている。通常の解釈のように、立派なだけであったら、左馬頭も別れを盾に一芝居打ったりしない。「あまりいと許しなく疑ひはべりしもうるさくて/02094」
いとあはれと思ひ出でたり 02101
嫉妬心を当時うるさく思ったことと、亡くなった今、女を愛情深く思い返すこととは矛盾しない。