さりとも絶えて思ひ 帚木07章07
- 1. 原文 読み 意味
- 1.1. 大構造と係り受け
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1.1.1. さりとも 02100
- 1.1.1.2. 絶えて…じ 02100
- 1.1.1.3. 思ひ放つ 02100
- 1.1.1.4. とかく言ひはべりし 02100
- 1.1.1.5. 背きもせず 02100
- 1.1.1.6. 尋ねまどはさむとも隠れ忍びず 02100
- 1.1.1.7. かかやかしからず 02100
- 1.1.1.8. ありしながら 02100
- 1.1.1.9. 見過ぐす 02100
- 1.1.1.10. あらためて 02100
- 1.1.1.11. のどかに 02100
- 1.1.1.12. 思ひならば 02100
- 1.1.1.13. あひ見る 02100
- 1.1.1.14. さりとも 02100
- 1.1.1.15. しかあらためむ 02100
- 1.1.1.16. 綱引きて 02100
- 1.1.1.17. はかなくなりはべり 02100
- 1.1.1.18. 戯れにくくなむおぼえはべりし 02100
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1. 大構造と係り受け
原文 読み 意味
さりとも 絶えて思ひ放つやうはあらじと思うたまへて とかく言ひはべりしを 背きもせずと 尋ねまどはさむとも隠れ忍びず かかやかしからず答へつつ ただ ありしながらは えなむ見過ぐすまじき あらためてのどかに思ひならばなむ あひ見るべきなど言ひしを さりともえ思ひ離れじと思ひたまへしかば しばし懲らさむの心にて しかあらためむとも言はず いたく綱引きて見せしあひだに いといたく思ひ嘆きて はかなくなりはべりにしかば 戯れにくくなむおぼえはべりし
02100/難易度:★☆☆
さりとも たエて/おもひはなつ/やう/は/あら/じ/と/おもう/たまへ/て とかく/いひ/はべり/し/を そむき/も/せ/ず/と たづね/まどはさ/む/とも/かくれ/しのび/ず かかやかしから/ず/いらへ/つつ ただ ありしながら/は え/なむ/みすぐす/まじき あらため/て/のどか/に/おもひ/なら/ば/なむ あひ/みる/べき/など/いひ/し/を さりとも/え/おもひ/はなれ/じ/と/おもひ/たまへ/しか/ば しばし/こらさ/む/の/こころ/にて しか/あらため/む/とも/いは/ず いたく/つなびき/て/みせ/し/あひだ/に いと/いたく/おもひ/なげき/て はかなく/なり/はべり/に/しか/ば たはぶれにくく/なむ/おぼエ/はべり/し
こんな状態にありながらも決して向うから見放すような真似はすまいと思いまして何だかんだと責め立てましたが、きっぱり別れるでもなく尋ねあぐねて困るように姿をくらますでもなく、こちらの面子をつぶさぬ程度に応じながら、ただ「以前のままではとても見過ごすことはできません。浮気な心を改め落ち着いた気持ちにおなりなら一緒になりましょう」などと言いましたのを、それでも私のことを思い捨てまいと思いましたので、しばらく懲らしめておこうとの気持ちから「そなたの言うとおり改めよう」とも言わずかたくなに逆らってみているあいだに、心底ひどく苦しみ嘆いてはかなく亡くなってしまいましたので、うっかり芝居をうったりするものではないと身につまされ心底会いたくなったことです。
大構造と係り受け
さりとも 絶えて思ひ放つやうはあらじと思うたまへて とかく言ひはべりしを 背きもせずと 尋ねまどはさむとも隠れ忍びず かかやかしからず答へつつ ただ ありしながらは えなむ見過ぐすまじき あらためてのどかに思ひならばなむ あひ見るべきなど言ひしを さりともえ思ひ離れじと思ひたまへしかば しばし懲らさむの心にて しかあらためむとも言はず いたく綱引きて見せしあひだに いといたく思ひ嘆きて はかなくなりはべりにしかば 戯れにくくなむおぼえはべりし
古語探訪
◇ 「とかく言ひはべりしを」→「(など)言ひしを」
◇ 「背きもせずと」「尋ねまどはさむと(も)/対の表現)→「(も)隠れ忍びず」
さりとも 02100
「正身はなし/02099」ではあるが、左馬頭が着る用に残していった衣類の染め付け、仕立ての良さに見られる思いやりを思うと。
絶えて…じ 02100
決して…しない。
思ひ放つ 02100
相手への思いを断ち切る。
とかく言ひはべりし 02100
あれやこれやを言う。何を言ったかは明言されていない。しかし、女の返答「あらためてのどかに思ひならば」とあるので、女に対して「のどか」でない状況が続いていたことがわかる。従って、復縁を迫るためにあれこれ言うという解釈は成り立たず、別れをちらつかせながら、依然女の嫉妬心を責め立てていたと思われる。
背きもせず 02100
女の前言「かたみに背きぬべききざみになむある/02096」を受けた表現。きっぱりと別れもせず。
尋ねまどはさむとも隠れ忍びず 02100
「尋ねまどはさむ」は夫である左馬頭が尋ねあてることができずに困るようにさせること。左馬頭の前言「人の心を見知らぬやうに逃げ隠れて人をまどはし心を見むとする/02067」に対応する表現。
かかやかしからず 02100
「かかやかし」は相手が恥ずかしく思うほど立派であるの意味であり、相手に恥じをかかせるの意味をももつ。そこから「かかやかしからず」は恥をかかせない程度にの意味となる。
ありしながら 02100
昔のまま。
見過ぐす 02100
大目にみる。やり過ごす。
あらためて 02100
(改む+て)。心を新たにする。改善する。
のどかに 02100
心おだやかに。女を責めるのをやめる。
思ひならば 02100
(思ひなる+ば)。思うようになるならば。
あひ見る 02100
互いに見る関係になること、すなわち結婚生活を再開する。
さりとも 02100
女の返答「ありしながらはえなむ見過ぐすまじき」を受け、そうは言っても。
しかあらためむ 02100
そのように改めよう。「しか」は述べられていないが、文脈上、浮気心を起こさないように。女の嫉妬心に火をつけないように。
綱引きて 02100
逆らう。相手の望みとは反対のことをあえてする意味。
はかなくなりはべり 02100
亡くなってしまう。
戯れにくくなむおぼえはべりし 02100
冗談を言いにくしとの注釈があるが、冗談を言ったという話はここにない。ここは、本気で別れるつもりは毛頭無いのに、嫉妬心を治してやろう(「懲らさむの心」)とへたに芝居をうったことが「戯れ」であり、それを反省しているのである。なおまた、「ありぬやと心見がてらあひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき(古今集・読み人知らず)/どのくらいがまんしていられるかを見ようと会わずにいると本当に恋しくてならなくなった」の歌を下に敷き、心底会いたくてならなくなったの意味を兼ねる。「二条院に夜離れ重ねたまふを女君は戯れにくくのみ思す(光源氏が二条院での夜の営みを遠ざけておられたので、紫の上は心底さみしく思われるのでした)/朝顔/*)