はやうまだいと下臈 帚木07章01

2021-03-28

原文 読み 意味

はやう まだいと下臈にはべりし時 あはれと思ふ人はべりき 聞こえさせつるやうに 容貌などいとまほにもはべらざりしかば 若きほどの好き心には この人をとまりにとも思ひとどめはべらず よるべとは思ひながら さうざうしくて とかく紛れはべりしを もの怨じをいたくしはべりしかば 心づきなく いとかからでおいらかならましかばと思ひつつ あまりいと許しなく疑ひはべりしもうるさくて かく数ならぬ身を見も放たで などかくしも思ふらむと 心苦しき折々もはべりて 自然に心をさめらるるやうになむはべりし

02094/難易度:★★☆

はやう まだ/いと/げらふ/に/はべり/し/とき あはれ/と/おもふ/ひと/はべり/き きこエ/させ/つる/やう/に /かたち/など/いと/まほ/に/も/はべら/ざり/しか/ば わかき/ほど/の/すき-ごころ/に/は この/ひと/を/とまり/に/と/も/おもひ/とどめ/はべら/ず よるべ/と/は/おもひ/ながら さうざうしく/て とかく/まぎれ/はべり/し/を ものゑんじ/を/いたく/し/はべり/しか/ば こころづきなく いと/かから/で /おイらか/なら/ましか/ば/と/おもひ/つつ あまり/いと/ゆるし/なく/うたがひ/はべり/し/も/うるさく/て かく/かず/なら/ぬ/み/を/み/も/はなた/で など/かく/しも/おもふ/らむ/と こころぐるしき/をりをり/も/はべり/て じねん/に/こころ/をさめ/らるる/やう/に/なむ/はべり/し

ずいぶん以前、まだほんの下﨟の分際でございました時、いとしいと思う女がございました。最前申しあげましたとおり、容貌など特に優れてもおりませんでしたので、若い時分の好き心にはこの女を生涯の伴侶にとはまだ思い決めておりませんで、頼みの女とは思いながら物足りなくて、とかくほかのおなごで気を紛らせておりましたところ、何かにつけ悋気をひどくいたすものですから、情も移らずまったくそんな風でなくおおらかでいてくれたらと願いつつも、あまりに容赦のない疑りを受けるのも煩わしくて、こんなつまらぬ身に愛想もつかさずこうまで思い入れをするものだと、気の毒になる折々もございまして、自然と浮気心を治められるようになりました。

大構造と係り受け

はやう まだいと下臈にはべりし時 あはれと思ふ人はべりき 聞こえさせつるやうに 容貌などいとまほにもはべらざりしかば 若きほどの好き心には この人をとまりにとも思ひとどめはべらず よるべとは思ひながら さうざうしくて とかく紛れはべりしを もの怨じをいたくしはべりしかば 心づきなく いとかからでおいらかならましかばと思ひつつ あまりいと許しなく疑ひはべりしもうるさくて かく数ならぬ身を見も放たで などかくしも思ふらむと 心苦しき折々もはべりて 自然に心をさめらるるやうになむはべりし

◇ 「とかく紛れはべりしを」→「心をさめらるるやうになむはべりし」:大構造 
◇ 「心づきなく」「いとかからでおいらかならましかば(と)/並列)→「思ひつつ」→「うるさくて」「心苦しき折々もはべりて/並列) 
◇ 「うるさくて」「心苦しき折々もはべりて」:逆接

古語探訪

下臈 02094

官位の低い身分。

あはれ 02094

愛情をもつこと。「あはれと思ふ人はべりき」は、女に対する総括であり、このエピソードの結びである「いとあはれと思ひ出でたり/02014」と対応する。以下に続くその時々の左馬頭の行動から見ると、女が生きている間には愛情はそれほど深くはなかったと思われるので、思い返すと惜しいことをしたというニュアンスを感じざるを得ない。

聞こえさせつる 02094

聞き手の耳にすでにお入れした。謙譲語。最後には妻選びの条件から外す( /02062)ことになるが、頭中将が容貌を始終気にしていたのに対して、左馬頭は最初から容貌を求めていなかった。しかし、すでに耳に入れたという表現と直接関わる言葉は見出せない。

まほ 02094

すぐれている。整っている。

とまり 02094

浮気でなく、最終的に生涯連れ添う相手。本妻。

よるべ 02094

(経済的に)頼みとする相手。貴族の生活は基本的に妻の実家が支えた。

さうざうしく 02094

相手が物足りない。

紛れ 02094

浮気をする。

もの怨じ 02094

はげしい嫉妬。「もの」は左馬頭の理解を超え、意思疎通できない感覚。

心づきなく 02094

愛情がわかない。

かからで 02094

このように嫉妬心が強くなくて。

おいらか 02094

おだやか。

ならましかば 02094

願望。

思ひつつ 02094

気性が和らげばいいのにと思いながら、容赦のない嫉妬を煩わしく思う一方で、身分も低いのにうち捨てずに、そうまで思ってくれながら浮気をつづけていることに対して、申し訳なく思うことも折々にあって。愛情がわかず、嫉妬がやわらげばという希望はそのまま持ち越されていることに注意したい。

許しなく 02094

容赦なく。

うるさく 02094

繰り返されることに対して煩わしい。うるさいけれど、心苦しい折もあったのでと続く。

数ならぬ身 02094

高貴でもない身分。

見も放たで 02094

見放しもせずに。

などかくしも思ふらむと 02094

どうしてこんなふうに愛情を注ぐのだろうかと。「かくしも」は「あまりいと許しなく疑ひはべりし」ほどに。容赦のない責めは煩わしい一方で、その真剣さが愛情の表れと感じられるのである。

心苦しき 02094

相手にすまないことをしたという感情。

心をさめらるる 02094

文章構造として「心をさめらるる」が受けるのは「とかく紛れはべりしを」である。浮気心を抑えるだけの自制心が働くようになった。「おいらかならましかばと思ひつつ」を受けることができそうだが、そう解釈すると「とかく紛れはべりしを」が行き先を失うので、文章構造上この解釈は成り立たない。浮気心は治められたが、嫉妬心がやわらいでほしいという願望は治められたわけではない。

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