02帚木15 小君光のもとへ

2020-10-11

02帚木 原文 15章295/331

このほどは大殿にのみおはします なほいとかき絶えて 思ふらむことのいとほしく御心にかかりて 苦しく思しわびて 紀伊守を召したり かの ありし中納言の子は 得させてむや らうたげに見えしを 身近く使ふ人にせむ 主上にも我奉らむとのたまへば いとかしこき仰せ言にはべるなり 姉なる人にのたまひみむと申すも 胸つぶれて思せど その姉君は 朝臣の弟や持たる さもはべらず この二年ばかりぞ かくてものしはべれど 親のおきてに違へりと思ひ嘆きて 心ゆかぬやうになむ 聞きたまふる あはれのことや よろしく聞こえし人ぞかし まことによしやとのたまへば けしうははべらざるべし もて離れてうとうとしくはべれば 世のたとひにて 睦びはべらずと申す さて 五六日ありて この子率て参れり こまやかにをかしとはなけれど なまめきたるさまして あて人と見えたり 召し入れて いとなつかしく語らひたまふ 童心地に いとめでたくうれしと思ふ いもうとの君のことも詳しく問ひたまふ さるべきことは答へ聞こえなどして 恥づかしげにしづまりたれば うち出でにくし されどいとよく言ひ知らせたまふ かかることこそはと ほの心得るも 思ひの外なれど 幼な心地に深くしもたどらず 御文を持て来たれば 女 あさましきに涙も出で来ぬ この子の思ふらむこともはしたなくて さすがに 御文を面隠しに広げたり いと多くて
  見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに目さへあはでぞころも経にける 寝る夜なければなど 目も及ばぬ御書きざまも 霧り塞がりて 心得ぬ宿世うち添へりける身を思ひ続けて臥したまへり またの日 小君召したれば 参るとて御返り乞ふ かかる御文見るべき人もなし と聞こえよとのたまへば うち笑みて 違ふべくものたまはざりしものを いかがさは申さむと言ふに 心やましく 残りなくのたまはせ 知らせてけると思ふに つらきこと限りなし いで およすけたることは言はぬぞよき さは な参りたまひそとむつかられて 召すには いかでかとて 参りぬ 紀伊守 好き心にこの継母のありさまをあたらしきものに思ひて 追従しありけば この子をもてかしづきて 率てありく 君 召し寄せて 昨日待ち暮らししを なほあひ思ふまじきなめりと怨じたまへば 顔うち赤めてゐたり いづらとのたまふに しかしかと申すに 言ふかひなのことや あさましとて またも賜へり あこは知らじな その伊予の翁よりは 先に見し人ぞ されど 頼もしげなく頚細しとて ふつつかなる後見まうけて かく侮りたまふなめり さりとも あこはわが子にてをあれよ この頼もし人は 行く先短かりなむとのたまへば さもやありけむ いみじかりけることかなと思へる をかしと思す この子をまつはしたまひて 内裏にも率て参りなどしたまふ わが御匣殿にのたまひて 装束などもせさせ まことに親めきてあつかひたまふ 御文は常にあり されど この子もいと幼し 心よりほかに散りもせば 軽々しき名さへとり添へむ 身のおぼえをいとつきなかるべく思へば めでたきこともわが身からこそと思ひて うちとけたる御答へも聞こえず ほのかなりし御けはひありさまは げに なべてにやはと 思ひ出できこえぬにはあらねど をかしきさまを見えたてまつりても 何にかはなるべきなど 思ひ返すなりけり 君は思しおこたる時の間もなく 心苦しくも恋しくも思し出づ 思へりし気色などのいとほしさも 晴るけむ方なく思しわたる 軽々しく這ひ紛れ立ち寄りたまはむも 人目しげからむ所に 便なき振る舞ひやあらはれむと 人のためもいとほしくと思しわづらふ

02帚木 原文 読みかな 対訳 295/331

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

《このほどは大殿にのみおはします》295
この/ほど/は おほいどの/に/のみ/おはします
この頃は左大臣邸にばかりいらっしゃる。


《なほいとかき絶えて 思ふらむことのいとほしく御心にかかりて 苦しく思しわびて 紀伊守を召したり》296
なほ/いと/かき-たエ/て おもふ/らむ/こと/の/いとほしく/みこころ/に/かかり/て くるしく/おぼし/わび/て き-の-かみ/を/めし/たり
それでもやはり、あのまま全く消息つかめない状態で、女がどんな思いでいるのかと申し訳なくお気になされ、苦しみ思い悩んだ末に、紀伊守をお召しになった。


《かの ありし中納言の子は 得させてむや らうたげに見えしを 身近く使ふ人にせむ 主上にも我奉らむとのたまへば》297
かの ありし/ちうなごん/の/こ/は え/させ/て/む/や らうたげ/に/みエ/し/を みぢかく/つかふ/ひと/に/せ/む うへ/に/も/われ/たてまつら/む/と/のたまへ/ば
「あの、先だっての中納言の子は、私に預けてもらえまいか。かわいらしく見えたので、身近で使ってみたいのだ。帝へもわたしから殿上童に差し上げよう」とおっしゃるので、


《いとかしこき仰せ言にはべるなり 姉なる人にのたまひみむと申すも 胸つぶれて思せど》298
いと/かしこき/おほせごと/に/はべる/なり あね/なる/ひと/に/のたまひ/み/む/と/まうす/も むね/つぶれ/て/おぼせ/ど
「まことに畏れ多い仰せごとでございます。姉にあたる人に、仰せごと通りに伝えましょう」と紀伊守が申しあげるにも、胸に痛みをお感じになるが、


《その姉君は 朝臣の弟や持たる》299
その/あねぎみ/は あそむ/の/おとうと/や/も/たる
「その姉君には、そなたの弟にあたる子はおありか」


《さもはべらず この二年ばかりぞ かくてものしはべれど 親のおきてに違へりと思ひ嘆きて 心ゆかぬやうになむ 聞きたまふる》300
さ/も/はべら/ず この/ふたとせ/ばかり/ぞ かく/て/ものし/はべれ/ど おや/の/おきて/に/たがへ/り/と/おもひ/なげき/て こころゆか/ぬ/やう/に/なむ きき/たまふる
「それはございません。この二年ばかりここにこうしておりますが、親の定めた遺志にそむいたことを思い嘆いて、ここの暮らしが意に染まぬように聞いております」


《あはれのことや よろしく聞こえし人ぞかし まことによしやとのたまへば》301
あはれ/の/こと/や よろしく/きこエ/し/ひと/ぞ/かし まこと/に/よし/や/と/のたまへ/ば
「いたわしいことだな。器量よしとの評判のあった人であったな。本当にきれいなの」とお尋ねになると、


《けしうははべらざるべし もて離れてうとうとしくはべれば 世のたとひにて 睦びはべらずと申す》302
けしう/は/はべら/ざる/べし もて-はなれ/て/うとうとしく/はべれ/ば よ/の/たとひ/にて むつび/はべら/ず/と/まうす
「悪くはございませんのでしょう。努めて近づかぬようよそよそしくしておりますもので、世に言う生さぬ仲の通り、親しくありませんから、何とも」と申し上げる。


《さて 五六日ありて この子率て参れり》303
さて いつか/むゆか/あり/て この/こ/ゐ/て/まゐれ/り
さて、五六日して、紀伊守がこの子を連れて参上した。


《こまやかにをかしとはなけれど なまめきたるさまして あて人と見えたり》304
こまやか/に/をかし/と/は/なけれ/ど なまめき/たる/さま/し/て あてびと/と/みエ/たり
繊細な美しさこそないが、しっとりしたところのある高貴な育ちが見て取れた。


《召し入れて いとなつかしく語らひたまふ》305
めし/いれ/て いと/なつかしく/かたらひ/たまふ
側近くお召しになって、とても親しみをこめて語りかけになる。


《童心地に いとめでたくうれしと思ふ》306
わらはごこち/に いと/めでたく/うれし/と/おもふ
子供心にもとても立派なお方で光栄だと思う。


《いもうとの君のことも詳しく問ひたまふ》307
いもうと/の/きみ/の/こと/も/くはしく/とひ/たまふ
姉君のこともくわしくお尋ねになる。


《さるべきことは答へ聞こえなどして 恥づかしげにしづまりたれば うち出でにくし されどいとよく言ひ知らせたまふ》308
さるべき/こと/は/いらへ/きこエ/など/し/て はづかしげ/に/しづまり/たれ/ば うち-いで/にくし されど/いと/よく/いひ/しらせ/たまふ
差し障りない範囲はご返答申し上げるなどして、尋ねる側が決まりが悪いほど落ち着き払った態度なので、文の使いを切り出しにくい。それでも、姉への想いを首尾よく言い伝えになる。


《かかることこそはと ほの心得るも 思ひの外なれど 幼な心地に深くしもたどらず》309
かかる/こと/こそ/は/と ほの-こころうる/も おもひ/の/ほか/なれ/ど をさなごこち/に/ふかく/しも/たどら/ず
そのようなことがあったのかと、わずかに理解した部分も意想外のことで興味はありながら、まだ幼心には深くも考えずに、


《御文を持て来たれば 女あさましきに涙も出で来ぬ》310
おほむ-ふみ/を/もて/き/たれ/ば をむな/あさましき/に/なみだ/も/いでき/ぬ
君からのお手紙を持って行ったところ、女はあまりのことに涙まで浮かぶのだった。


《この子の思ふらむこともはしたなくて さすがに 御文を面隠しに広げたり》311
この/こ/の/おもふ/らむ/こと/も/はしたなく/て さすが/に おほむ-ふみ/を/おもがくし/に/ひろげ/たり
この子が二人の関係を想像していると思うと居たたまれなくて、それでもさすがに顔を隠すようにしながらお手紙は広げた。


《いと多くて》312
いと/おほく/て
綿々とつづられた後に、


《見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに目さへあはでぞころも経にける》312
み/し/ゆめ/を/あふ/よ/あり/や/と/なげく/ま/に め/さへ/あは/で/ぞ/ころ/も/へ/に/ける
「あなたと契った夢が 本当になる夜が来ようかとむなしく願いなげく間に 泣き濡れた目は合わず 夢にも会えず 時は過ぎ行く


《寝る夜なければなど 目も及ばぬ御書きざまも 霧り塞がりて》312
ぬる/よ/なけれ/ば/など め/も/およば/ぬ/おほむ-かきざま/も きり/ふたがり/て
眠られる夜がないので」など、まぶしいほどすばらしい手紙の書きぶりに涙で目がかすんでしまい、


《心得ぬ宿世うち添へりける身を思ひ続けて臥したまへり》312
こころえ/ぬ/すくせ/うち-そへ/り/ける/み/を/おもひ/つづけ/て/ふし/たまへ/り
理解にあまる運命が新たに加わった身の上を思いつづけて、臥しておしまいになる。


《またの日 小君召したれば 参るとて御返り乞ふ》313
また/の/ひ こぎみ/めし/たれ/ば まゐる/とて/おほむ-かへり/こふ
翌日、小君はお召しがあったので、君のもとへ参ろうとして姉にご返事を請う。


《かかる御文見るべき人もなし と聞こえよとのたまへば》314
かかる/おほむ-ふみ/みる/べき/ひと/も/なし と/きこエ/よ/と/のたまへ/ば
「このようなお手紙をお受けすべき人はここにいないと申し上げなさい」とおっしゃると、


《うち笑みて 違ふべくものたまはざりしものを いかがさは申さむと言ふに》315
うち-ゑみ/て たがふ/べく/も/のたまは/ざり/し/もの/を いかが/さは/まうさ/む/と/いふ/に
小君は急ににやにやして、「とても人違いなさるようなおっしゃりようではなかったのに、どうしてそんなことを申し上げられましょう」と言うので、


《心やましく 残りなくのたまはせ 知らせてけると思ふに つらきこと限りなし》315
こころやましく のこり/なく/のたまはせ しらせ/て/ける/と/おもふ/に つらき/こと/かぎりなし
言葉に窮し、すっかりおっしゃってしまわれたと思うにつけ、心底ひどいお方だと思う。


《いで およすけたることは言はぬぞよき さは な参りたまひそとむつかられて》316
いで およすけ/たる/こと/は/いは/ぬ/ぞ/よき さは な/まゐり/たまひ/そ/と/むつから/れ/て
「まあ、分かったような口を利くもんじゃないわ。ならば、もう、あちらへ参らないでよろし」と機嫌を損ねてしわまれ、


《召すには いかでかとて 参りぬ》317
めす/に/は いかでか/とて まゐり/ぬ
「お召しなのにどうしてそんな」と、返事のないまま参上した。


《紀伊守 好き心にこの継母のありさまをあたらしきものに思ひて 追従しありけば この子をもてかしづきて 率てありく》318
き-の-かみ すきごころ/に/この/ままはは/の/ありさま/を/あたらしき/もの/に/おもひ/て ついしよう/し/ありけ/ば この/こ/を/もてかしづき/て ゐ/て/ありく
紀伊守は好色心から、この継母の身の上を老父にはもったいないと思って、始終ご機嫌取りにいそしむゆえ、この子を大事にしてどこへやるにも連れて歩く。


《君 召し寄せて 昨日待ち暮らししを なほあひ思ふまじきなめりと怨じたまへば 顔うち赤めてゐたり》319
きみ めしよせ/て きのふ/まち/くらし/し/を なほ/あひ/おもふ/まじき/な/めり/と/ゑんじ/たまへ/ば かほ/うち-あかめ/て/ゐ/たり
君は召し寄せて、「きのうは一日じゅう待ち暮らしたのだぞ。やはり、そちとは相惚れとゆかぬらしいな」と恨み言をおっしゃるので、小君はぱっと顔を赤めて座している。


《いづらとのたまふに しかしかと申すに 言ふかひなのことや あさましとて またも賜へり》320
いづら/と/のたまふ/に しかしか/と/まうす/に いふかひ-な/の/こと/や あさまし/とて また/も/たまへ/り
「どうなのだ」とただされるので、しかじかと申し上げると、「言葉にもならん。なんてことだ」とおっしゃりつつ、またもお手紙をお託しになる。


《あこは知らじな その伊予の翁よりは 先に見し人ぞ》321
あこ/は/しら/じ/な その/いよ/の/おきな/より/は さき/に/み/し/ひと/ぞ
「そちは知るまいな。姉さんは、その伊予の爺さまより、私が先にいい仲になっていた人なんだ。


《されど 頼もしげなく頚細しとて ふつつかなる後見まうけて かく侮りたまふなめり》322
されど たのもしげなく/くび/ほそし/とて ふつつか/なる/うしろみ/まうけ/て かく/あなづり/たまふ/な/めり
なのに、頼りにならない首細の貧弱な男だと見くびり、でっぷり肥え太った後見人をこさえあげて、ああして馬鹿になさるらしい。


《さりとも あこはわが子にてをあれよ この頼もし人は 行く先短かりなむとのたまへば》323
さりとも あこ/は/わが/こ/にて/を/あれ/よ この/たのもしびと/は ゆくさき/みじかかり/な/む/と/のたまへ/ば
それでも、そちはわたしの子でいておくれだね。あの頼もしい人は先が短いにきまってるからな」とおっしゃたところ、


《さもやありけむ いみじかりけることかなと思へる をかしと思す》324
さも/や/あり/けむ いみじかり/ける/こと/かな/と/おもへ/る をかし/と/おぼす
そうしたことがあったのかも知れないと真に受け、ばちあたりなことを姉はしたものだと恐縮しているの小君を、君はかわいらしくお感じになる。


《この子をまつはしたまひて 内裏にも率て参りなどしたまふ》325
この/こ/を/まつはし/たまひ/て うち/に/も/ゐ/て/まゐり/など/し/たまふ
この子をそばにまつわせになって、内裏にも連れて参内なさる。


《わが御匣殿にのたまひて 装束などもせさせ まことに親めきてあつかひたまふ》326
わが/みくしげどの/に/のたまひ/て さうぞく/など/も/せ/させ まこと/に/おやめき/て/あつかひ/たまふ
ご自身で御匣殿にご命じになり、装束などもあつらえさせるなど、まったく真の親みたいにお接しになる。


《御文は常にあり されど この子もいと幼し 心よりほかに散りもせば 軽々しき名さへとり添へむ》327
おほむ-ふみ/は/つね/に/あり されど この/こ/も/いと/をさなし こころ/より/ほか/に/ちり/も/せ/ば かろがろしき/な/さへ/とり-そへ/む
お手紙は常にお寄せになる。しかし、この子もひどく幼い、うっかりして人目に触れることにでもなれば、ただでもつらいのに、浮名まで流しかねない世評を思うと、


《身のおぼえをいとつきなかるべく思へば めでたきこともわが身からこそと思ひて うちとけたる御答へも聞こえず》327
み/の/おぼエ/を/いと/つきなかる/べく/おもへ/ば めでたき/こと/も/わが/み/から/こそ/と/おもひ/て うちとけ/たる/おほむ-いらへ/も/きこエ/ず
今の身の上にはひどく不似合に思え、ありがたい愛情もこちらの身分いかんによるのだと思って、心を許すようなご返事も差し上げない。


《ほのかなりし御けはひありさまは げに なべてにやはと 思ひ出できこえぬにはあらねど》328
ほのか/なり/し/おほむ-けはひ/ありさま/は げに なべて/に/やは/と おもひいで/きこエ/ぬ/に/は/あら/ね/ど
おぼろげながらも拝しえた光の君の雰囲気やご様子は、噂に違わず、並みの人たりえようかと思い出し申さないでもないが、


《をかしきさまを見えたてまつりても 何にかはなるべきなど思ひ返すなりけり》328
をかしき/さま/を/みエ/たてまつり/て/も なに/に/か/は/なる/べき/など/おもひかへす/なり/けり
色よいふうをお見せしたところで、どうなる身でもないなどと思い直すらしかった。


《君は思しおこたる時の間もなく 心苦しくも恋しくも思し出づ》329
きみ/は/おぼし/おこたる/とき/の/ま/も/なく こころぐるしく/も/こひしく/も/おぼし/いづ
君は片時もお忘れになることがなく、心苦しくもあり恋しくもありながら思い出される。


《思へりし気色などのいとほしさも 晴るけむ方なく思しわたる》330
おもへ/り/し/けしき/など/の/いとほしさ/も はるけ/む/かた/なく/おぼし/わたる
思いに沈んでいた様子など気がとがめられて、心を晴らすよしもないまま思いつづけになる。


《軽々しく這ひ紛れ立ち寄りたまはむも 人目しげからむ所に 便なき振る舞ひやあらはれむと》331
かろがろしく/はひ-まぎれ/たちより/たまは/む/も ひとめ/しげから/む/ところ/に びんなき/ふるまひ/や/あらはれ/む/と
気軽にこっそり人に紛れて立ち寄ろうにも、人目の多いところで、具合のわるい振る舞いが露見しよう、


《人のためもいとほしくと思しわづらふ》331
ひと/の/ため/も/いとほしく と/おぼし/わづらふ
そうなれば女のためにも申し訳が立たぬと思案に暮れていらっしゃる。

帚木 注釈 02-295/02-331

大殿 02-295

光の妻の実家である左大臣邸。

なほ 02-296

妻の実家にいてもやはり。「いとほしく御心にかかり」にかかる。

いとかき絶えて 02-296

空蝉との連絡がとれず、消息がつかめない状態。

中納言の子 02-297

前には衛門督とあった人の子で、小君。父は中納言を兼任していたという設定。

ろうたげ 02-297

かわいい。

主上 02-297

帝。殿上童になれるように帝に取り計らうのである。

姉なる人 02-298

空蝉。

胸つぶれて 02-298

空蝉のことが話題にのぼったから。

朝臣の弟 02-299

要するに、空蝉は子供ができるくらい夫である伊予介と仲がいいのか知りたいのである。

かくてものしはべれ 02-300

文脈上限定した訳を与ええないが、具体的には、ここへ嫁いで来た、いっしょに生活するなどの意味となる。

親のおきて 02-300

宮仕えに出すという亡父の遺志。これは本人の希望でもあった。

心ゆかぬ 02-300

心が晴れない。亡父の遺志に背いたことのみならず、地方官の後妻という現在の境遇が不満である。

まことによろしや 02-301

きれいだとの噂だが、本当なのとそのように問い返すことで、それとなく、見ず知らずであり、さほど関心があるわけではないことを伝えている。なかなかの心理劇だ。

けしうははべらず 02-302

悪くない。

もて離れて 02-302

努めて避ける。

うとうとしく 02-302

疎遠。

世のたとひにて睦びはべらず 02-302

「世のたとひ」が何かは不明であるが、継母と継子の関係は仲が悪いとか、男女の関係になる可能性があるから仲良くするなとなどの言い回しが当時あったのであろう。諸注の説明する通り、空蝉への関心の高さを逆にあぶりだしている。

率て参れり 02-303

主体は紀伊守。

こまやかにをかし 02-304

繊細な美しさ。これは上流階級の美。

なまめきたる 02-304

しっとりした感じ。

あて人と見えたり 02-304

本当は貴族ではないが、貴族のような育ちの良さや優雅さが感じられる。

いとめでたくうれし 02-306

めでたくは光に対する賛嘆の気持ち、うれしはその喜び。

いもうとの君 02-307

空蝉。

さるべきこと 02-308

そうしてよいこと。口にしてよいこと(公のこと)と言ってはいけないこと(プライベートなこと)を、子供ながらはっきりと区別する基準をもっているのである。

恥づかしげに 02-308

光には下心があるから、小君があまりに大人びているから、恋文の使いのことが、恥ずかしくて言い出せない。それでも、何とか言葉を選んで、姉への想いを伝えたのが、「いとよく言ひ知らせたまふ」。人妻への横恋慕であり、幼い小君にはわからない部分が多く興味がわくのが、「かかることこそはとほの心得る/02-309」。

ほの 02-309

知られる部分が少ないことに主眼があるのではなく、わからないことの多さに興味が向かっていることを表す。この「心得る」を以前からわずかながら察知していたとするのは誤り。それでは「思ひのほか」にならないし、時制が合わない。今、光から打ち明けられことを「ほの心得る」のである。しかしながら、光のような貴族が中流階級の人妻へ言い寄ることが結果としてどうような事態をもたらすか考え及ばないのが、「深くしもたどらず」。その手紙を見て、女は「あさましき」と驚きあきれるのだ。

面隠し 02-311

自分の表情を読み取られないように、手紙で顔を覆うこと。それにより、手紙の中身も小君に見られないようにしているのである。

あふ 02-312

逢うと夢での逢瀬が正夢となることをかける。夢でも醒めても逢いたいことを願っていることが伝わる。

あはで 02-312

自分の目が涙で閉じられないことと、あなたに逢うことが出来ないことをかける。

寝る夜なければ 02-312

せめて夢で逢いたいのにそれさえ禁じられていて、慰めようがないと訴える。

目も及ばぬ 02-312

立派すぎて目がむけられない。

霧りふたがり 02-312

涙でにじんで読めない。

心得ぬ宿世 02-312

かつては宮仕えにあこがれ、今は地方官の後妻に納まっている身に、超一流の貴族の息子である光から好意を寄せられるという、理解にあまる運命。

臥したまへり 02-312

空蝉は現在の身分では通常敬語の対象ではないが、桐壺が帝の愛情を受けたことでかつては敬意の対象であったように、ここでも光の愛の対象として話者に受けとめられたことで、にわかに敬意の対象となったと考えられる。このように敬語意識は心理的なものでもあり、揺れがあるのだ。

またの日 02-313

翌日。

参るとて 02-313

これから光のもとへ参るので。

心やましく 02-315

知らないふりをして、返事を書かなずにおこうとしたもくろみが失敗し、窮した状態。

およすけたる 02-316

年齢不相応な分かったような態度。

な…そ 02-316

禁止する場合の物柔らかな言い方。

れ 02-316

「むつかられて」の「れ」は受身。姉が不機嫌になったことを、小君の立場から受身として表現されている。姉に不機嫌になられ、せれでも参らないわけにはいかないので、返事もないまま、出仕するのである。

継母 02-318

空蝉。

あたらしき 02-318

年老いた父の後妻としてもったいなく、自分のものにしたいという気持ち。

率てありく 02-318

単に歩き回ると考えると前後の文章とつながりがなくなる。どこへやるにも一人では出さず、このたびもいっしょに連れて行ったことをいうのだろう。

あひ思ふ 02-319

相思相愛。ホモセクシャルな感じがする。

いづら 02-320

どこの意味から転じて、どうなのかと相手を促す意味。

しかじか 02-320

そんな手紙を受け取る相手はここにいないととぼけたことなど。

言ふかひなのことや 02-320

どうしようもない等、絶望状態した際に発する独り言で、小君に対して相談甲斐がないとか、そなたに言ってもはじまらないということではない。

見し 02-321

肉体関係を結んだ。

頚細 02-322

肉体的に頼り甲斐がないことを表す比ゆとして用いられている。語源は不明。

ふつつかなる 02-322

肥え太った感じ。卑下しながらも、金の力以外は自分の方が上であることがほのめかされている。

いみじかりける 02-324

そら恐ろしいこと。この場合、金銭的な理由で、帝の子息でもある光の愛情を無下にしたこと。

をかし 02-324

偽り語とを本気にしたらしい小君を愉快がる。

わが御匣殿 02-326

光専属のそうした場所があったとされている。しかし、光の衣服のことなどは左大臣方が用意するのだから、この「わが」は連体格でなく「のたまひて」にかかる主格と解しておく。「御匣殿」は、宮中にある衣服を作る公の機関。

心よりほかに 02-327

意図せず。

散りもせば 02-327

散逸すると。

さへ 02-327

Aに加えてBまで。

おぼえ 02-327

評判。

つきなかる 02-327

今の身分に不相応である。

めでたきこと 02-327

光のような高貴な人から愛を受けること。

わが身からこそ 02-327

こちらの身分次第で、すばらしくもつらくもなる。

うちとけたる 02-327

親密なのほかに、光の愛の申し出によい返事をすること。そのような手紙を紛失しては困るということで、形式的な返事しかしないのである。

ほのかなりし御けはひありさま 02-328

暗がりの中、恐怖でよくわからなかった光の様子。

なべてにやは 02-328

平凡ではないという反語。

をかしきさまを見えたてまつり 02-328

光の求婚に興味を示すこと。

何にかはなるべき 02-328

どうなることでもない。

思しおこたる 02-329

考えるのを休む。

思へりし気色 02-330

空蝉が考え悩んでいる様子。

いとほしさ 02-330

申し訳ない気持ち。

這ひ紛れ 02-331

こっそり目立たぬよう。

便なきふるまひ 02-331

葵という立派な正妻がありながら、中流階級の人妻に想いをかけていること。

あらはれむ 02-331

公にひろまる。

人のため 02-331

空蝉のため。

2020-10-11

Posted by 管理者