02帚木11 雨夜の品定むすび

2020-05-23

帚木 原文 02-177/02-186

177すべて男も女も悪ろ者は わづかに知れる方のことを残りなく見せ尽くさむと思へるこそ いとほしけれ 178三史五経 道々しき方を 明らかに悟り明かさむこそ 愛敬なからめ などかは 女といはむからに 世にあることの公私につけて むげに知らずいたらずしもあらむ わざと習ひまねばねど すこしもかどあらむ人の 耳にも目にもとまること 自然に多かるべし 179さるままには 真名を走り書きて さるまじきどちの女文に なかば過ぎて書きすすめたる あなうたて この人のたをやかならましかばと見えたり 180心地にはさしも思はざらめど おのづからこはごはしき声に読みなされなどしつつ ことさらびたり 上臈の中にも 多かることぞかし 181歌詠むと思へる人の やがて歌にまつはれ をかしき古言をも初めより取り込みつつ すさまじき折々 詠みかけたるこそ ものしきことなれ 返しせねば情けなし えせざらむ人ははしたなからむ 182さるべき節会など 五月の節に急ぎ参る朝 何のあやめも思ひしづめられぬに えならぬ根を引きかけ 九日の宴に まづ難き詩の心を思ひめぐらして暇なき折に 菊の露をかこち寄せなどやうの つきなき営みにあはせ さならでもおのづから げに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることの その折につきなく 目にとまらぬなどを 推し量らず詠み出でたる なかなか心後れて見ゆ 183よろづのことに などかは さても とおぼゆる折から 時々 思ひわかぬばかりの心にては よしばみ情け立たざらむなむ目やすかるべき 184すべて 心に知れらむことをも 知らず顔にもてなし 言はまほしからむことをも 一つ二つのふしは過ぐすべくなむあべかりける と言ふにも 君は 人一人の御ありさまを 心の中に思ひつづけたまふ 185これに足らずまたさし過ぎたることなくものしたまひけるかな と ありがたきにも いとど胸ふたがる 186いづ方により果つともなく 果て果てはあやしきことどもになりて 明かしたまひつ

帚木 原文かな 02-177/02-186

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

すべてをとこもをむなもわろものは わづかにしれるかたのことをのこりなくみせつくさむとおもへるこそ いとほしけれ さむしごきやう みちみちしきかたを あきらかにさとりあかさむこそ あいぎやうなからめ などかは をむなといはむからに よにあることのおほやけわたくしにつけて むげにしらずいたらずしもあらむ わざとならひまねばねど すこしもかどあらむひとの みみにもめにもとまること じねんにおほかるべし さるままには まんなをはしりかきて さるまじき-どちのをむなぶみに なかばすぎてかきすすめたる あなうたて このひとのたをやかならましかばとみエたり ここちにはさしもおもはざらめど おのづからこはごはしきこゑによみなされなどしつつ ことさらびたり じやうらふのなかにも おほかることぞかし うたよむとおもへるひとの やがてうたにまつはれ をかしきふることをもはじめよりとりこみつつ すさまじきをりをり よみかけたるこそ ものものしきことなれ かへしせねばなさけなし えせざらむひとははしたなからむ さるべきせちゑなど さつきのせちにいそぎまゐるあした なにのあやめもおもひしづめられぬに えならぬねをひきかけ ここぬか-の-えんに まづかたきしのこころをおもひめぐらしていとまなきをりに きくのつゆをかこちよせなどやうの つきなきいとなみにあはせ さならでもおのづから げにのちにおもへばをかしくもあはれにもあべかりけることの そのをりにつきなく めにとまらぬなどを おしはからずよみいでたる なかなかこころおくれてみゆ よろづのことに などかは さても とおぼゆるをりから ときどき おもひわかぬばかりのこころにては よしばみなさけだたざらむなむめやすかるべき すべて こころにしれらむことをも しらずがほにもてなし いはまほしからむことをも ひとつふたつのふしはすぐすべくなむあべかりける といふにも きみは ひとひとりのおほむ-ありさまを こころのうちにおもひつづけたまふ これはたらずまたさし-すぎたることなくものしたまひけるかなと ありがたきにも いとどむねふたがる いづかたによりはつともなく はてはてはあやしきこと-どもになりて あかしたまひつ

帚木 現代語訳 02-177/02-186

(左馬頭)総じて男でも女でも、半端者は、わずかに知っている分野の事柄を知れる限りみな、さらけ出そうと意図しているのがなんともざまの悪いことだ。三史五経や専門的な教学をつぶさに体得しようなどとすればかわいげがないが、どうして女だからといって世の中の出来事を公私にわたり、むげにしらをきめたり半端な理解ですまされたりしましょう。強いて習い覚えようとしないでも、すこしく才覚のある人なら耳目にとまる事柄が自然と多いはずですよ。しかしそうなると生覚えのまま漢字をさらさらと書きつづり、そうすべきでない女同士の手紙に、半ば以上も漢字を使ったりするのは、なんとも見苦しくて、この人に優美さが備わっていればと思われます。当人はさほど気にかけていないでしょうが、受け取る側は自然とごつごつ強張った声で読まされるはめになるなど不自然さが先立ちます。身分の高いご夫人方の中にもよくあることですが。歌詠みを任ずる女性が、ついつい歌にとりつかれ、興味を引く古歌を初句から折りこみながら、とんでもない折々に詠みかけてくることこそ疎ましいものだ。返しをせねば気持ちを疑われるし、できない人はみっともなかろう。大事な節会など、端午の節会に急いで参内する朝なんの分別もわからぬほど心しずめられずにいるのに、立派な菖蒲の根を寄越し歌を詠めと言ってきたり、重陽の節会に何はさておき難韻の作詩に思いを巡らせゆとりがない時に、不老長寿を願う菊の露にこと寄せ歌を詠めなどといった、手も出せない申し入れに加え、言われなくても、後から思えば、おのずとたしかに興味もそそり愛情もますような事柄ではあれ、その時の状況には不似合いでつい見落としてしまったことなどを、斟酌せずに詠みかけてくるのは、気転が利くようでかえって思慮を欠いてみえるものです。何事でもどうしてそんなことをそのままでよいのにとつい思えることが多い今日この頃ですから、時々の状況を見分けられぬ程度の頭では、気取ったり思わせぶったりはしない方が見よいでしょう。総じて、心に知りつくしていることでも知らぬ顔でふるまい、言いたいことがあっても一つ二つくらいは黙って見過ごすくらいでいるのがよろしいでしょうよと言うにも、若君はただ一人の御有様を心の中で思いつづけておられる。左馬頭の論に不足もせず、また行過ぎることもなくいらっしゃることだなと、たぐいない人だと思うにつけ、ますます胸がふさがる。どちらの方向に議論が行き着くというでもなく、とうとうしまいは猥談などになって夜を明かしてしまわれた。

帚木 注釈 02-177/02-186

悪ろ者 02-177

教養のない者。

いとほし 02-177

見ていてつらいということで、心情語としては申し訳ない。心情語でない場合は見苦しい。

02-178
◇ 「などかは」→「あらむ」 
◇ 「習ひ」「まねば/並列)→「ねど」

三史五経 02-178

『史記』『漢書』『後漢書』と『詩経』『礼記』『春秋』『易経』『尚書』。

道々しき 02-178

貴族社会の中で男子が出世するため必須の教学。

悟り明かさむ 02-178

女が。主語は後続する主節で明らかにされる。

愛敬 02-178

かわいげ。

などかは…あらむ 02-178

反語で、どうして…でよいものか、よくはない。

世にあることの公私につけて 02-178

左馬頭の発言「公私の人のたたずまひ善き悪しきことの目にも耳にもとまるありさまを…近くて見む人の聞きわき思ひ知るべからむに語りも合はせばや/02-058」とあった。「近くて見む人」は本妻のこと。男社会で求められる教養、妻とも共有したい願望がうかがえる。

むげに…否定語 02-178

まったく…ない。否定を強める働き。

いたらず 02-178

必要な基準に達していない状態。

わざと 02-178

意図して、取り立てて。

習ひまねばねど 02-178

「習ふ」は師について教えを受ける。「まねぶ」はそれを復習してひとりで真似してみる。

かど 02-178

才能、能力。

耳にも目にもとまる 02-178

聴覚や視覚に残る。記憶にとどまる。男兄弟が漢学を習っている横で自然と身についた自分の過去を意識していよう。

さるままに 02-179

そうなるままに、多少才能のあるままに。

真名 02-179

漢字。

さるまじき 02-179

そうあるべきでない、即ち、漢字を使うべきでない。

どち 02-179

(女)同士。

なかば過ぎて 02-179

半部以上を漢字が占める。

あなうたて 02-179

何と鬱陶しいことか。「あな」+「形容詞の語幹」で強調表現。

この人 02-179

清少納言を意識して言うのだろう。

たをやか 02-179

優美。

心地には 02-180

手紙を出した方の気持ちを推し量る。

さしも 02-180

それほどとは。自分の書いた手紙に漢字が多いことが、読み手にいやな思いをさせるとは。

02-180
「おのづから」以降は、読み手の心理を推測する。

こはごはしき 02-180

ごわごわしている。無骨だ。

なされ 02-180

動詞の連用形につく「なす」は無理に…させる。

ことさらび 02-180

わざとらしい。不自然さが目立つ。

上臈 02-180

後宮内の高貴な(女性)。

02-181
◇ 「人の…詠みかけたる/AのB連体形)→「(こそ)ものしきことなれ」

歌詠むと思へる人 02-181

自ら歌詠みだと任ずる女。

まつはれ 02-181

からみつかれ。「れ」は受け身。

古言 02-181

古歌の言葉。

初めより 02-181

初句と解釈されている。それを否定する理由はないが、その語句を使うことを最初から念頭においてほどの意味であろう。歌の心でなく、語句に重きを置くということ。

すさまじき折々 02-181

場違いな時。具体的には次の一節に詳しい。

ものしき 02-181

ひどい不快感。

情けなし 02-181

風流がないではなく、返歌をしかないと愛情がないと疑われること。

えせざらむ人 02-181

返歌をしようにもできない人。次の一節によると、能力がなくてできないのではなく、状況が返歌を考えるゆとりを与えないのである。

02-182
◇ 「さるべき節会など」→「五月の節…引きかけ」「九日の宴…あはせ/並列)→「詠み出でたる」:大構造 
◇ 「さならでもおのづからげに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることのその折につきなく目にとまらぬなどを推し量らず」:挿入句 
◇ 「あべかりけることの…目にとまらぬ(など)/AのB連体形)→「(推し量らず)詠み出でたる」

さるべき節会 02-182

ないがしろにできない大事な節会。

五月の節 02-182

端午の節句。菖蒲を髪飾りにしたり、薬玉を贈り合う風習があった。

何のあやめも 02-182

まったく何もの意味。あやめは端午の節句に付き物の菖蒲をかける。

思ひしづめられぬ 02-182

気を静めることができない。

えならぬ 02-182

普通ではない。一般には珍しさを賞賛する言葉だが、ここでは正体の分からない、変わった、何とも評しがたいなどの否定的ニュアンスで使われている。

根を引きかけ 02-182

この根(菖蒲)にかけて歌を詠んでみてよとの女からの挑発。

九日の宴 02-182

重陽の節句。宮中で漢詩の会が開かれた。

菊の露 02-182

九月九日の早朝、菊に宿った朝づゆを集めて飲めば寿命が延びるとされた。

かこち寄せ 02-182

この菊の露で一首詠めとの女からの挑発。

あべかりけること 02-182

「あるべかりけること」の省略形、必ずそう思われたようなこと。

つきなき 02-182

公事多忙の折りであり、その状況に似つかわしくないゆえ、手につかない、手が出せない。着手できない。

営み 02-182

などやうの営みとあるので、根や菊の露にかけて歌を詠めとの女の申し入れのこと。「いとなみ」は「暇無み」、時間がなく忙殺されている様。

あはせ 02-182

これにかけて歌を詠めという申し入れ「営み」に加え、歌を「詠み出たる」こと。辛い目に合わせるの意味ではない。先ず根や菊の露だけ贈られてくる。歌を詠めという女の意図はわかるが、多忙で歌を考える暇がない。そのうち、わたしはこんな風に思いましたと根や菊の露に題して歌をよみかけてくる。そうなればますます返歌をしないではすまなくなる。この「あはせ」は加えて、その上の意味。

さならでも 02-182

女から詠えと催促されなくても。

げに 02-182

本当に。女が歌を詠えというのもなるほどと頷ける。

推し量らず 02-182

こちらが返歌を考えるゆとりがないのを考慮せずに。

なかなか心後れて 02-182

歌を詠みかけるのは気が利いているようで、折柄を考慮にいれないとかえって気が利かないことになる。このあたり、左馬頭の論というより、紫式部の地声の感がする。

02-183
◇ 「時々」→「思ひわかぬ」(前節の流れから状況判断と考える)

などかは 02-183

「ありなむ」などの省略、そんな風にしなくともよいものを。

さても 02-183

「ありなむ」などの省略、そのままでよい。

とおぼゆる折から 02-183

ついついそんな風に思われる時があるので。「おぼゆる」は自発。「から」は原因。

よしばみ 02-183

よくみせる。

情け立たざらむ 02-183

愛情をみせようとしない。

目やすかるべき 02-183

見よい。

02-184
◇ 「すべて」→「心に知れらむことをも知らず顔にもてなし」「言はまほしからむことをも一つ二つのふしは過ぐす/並列)→「べくなむあべかりける」

知れらむこと 02-184

知っていそうなこと。ラ行四段動詞「知る」の已然形「知れ」+完了「り」の未然形「ら」+推量「む」の連体形「む」+「こと」。

もてなし 02-184

ふるまう。取り計らう。

言はまほしからむこと 02-184

言いたいこと。

ふし 02-184

機会。

過ぐす 02-184

見逃す。

あべかりけること 02-184

「あるべかりけること」の省略形、必ずそうあるのがよいと思われた。

人一人の御ありさま 02-184

藤壺のこと。

これ 02-185

左馬頭の考え。特に/02-184。

ものしたまひ 02-185

いらっしゃる。

いづ方により果つともなく 02-186

理想の女性の結論がどこにも、誰の議論にも落ち着くことなく。

あやしきこと 02-186

おそらく猥談であろう。

明かし 02-186

夜を明かす。

2020-05-23

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