中将その織女の裁ち 帚木07章09
原文 読み 意味
中将 その織女の裁ち縫ふ方をのどめて 長き契りにぞあえまし げに その龍田姫の錦には またしくものあらじ はかなき花紅葉といふも をりふしの色あひつきなく はかばかしからぬは 露のはえなく消えぬるわざなり さあるにより 難き世とは 定めかねたるぞや と言ひはやしたまふ
02102/難易度:★★★
ちゆうじやう その/たなばた/の/たち/ぬふ/かた/を/のどめ/て ながき/ちぎり/に/ぞ/あエ/まし げに その/たつたひめ/の/にしき/に/は また/しく/もの/あら/じ はかなき/はな/もみぢ/と/いふ/も をりふし/の/いろあひ/つきなく はかばかしから/ぬ/は つゆ/の/はエ/なく/きエ/ぬる/わざ/なり さ/ある/に/より かたき/よ/と/は/さだめ/かね/たる/ぞ/や と/いひ/はやし/たまふ
頭中将は「その七夕姫の裁ったり繕ったりする方面をほどほどにして彦星との長き契りにあやかればよかったね。まったく竜田姫の錦とあっては他に比較できる代物はないだろうが、この世のものである花紅葉にたとえてみても、時節時節の色合いが周りと調和せずそれでいてくっきりと目立つ美質がないようでは、夫の愛情という露を受けて女は魅力の色を増すことなく消えてしまう道理なのだ。そうだからこそ、男女の仲はこうだと決めかねるのだ」と言葉を添えて場を盛り立てる。
大構造と係り受け
中将 その織女の裁ち縫ふ方をのどめて 長き契りにぞあえまし げに その龍田姫の錦には またしくものあらじ はかなき花紅葉といふも をりふしの色あひつきなく はかばかしからぬは 露のはえなく消えぬるわざなり さあるにより 難き世とは 定めかねたるぞや と言ひはやしたまふ
◇ 「さあるにより」→「定めかねたるぞや」
古語探訪
その 02102
指を喰う女を指す。その性分・性質である(裁ち縫ふ方)。
織女の裁ち縫ふ方 02102
「裁ち」は夫の行動を裁断する嫉妬心、「縫ふ」はきっぱりと別れず、離れていても男が泊まる準備をしたりして面倒をみることをかけている。そっちの方はやわらげての意味である。
長き契り 02102
織姫と彦星が永遠に結ばれているように。
あえまし 02102
「肖ゆ」+「まし」。「あゆ」は似る、あやかる。「まし」は反実仮想。ならばよかったのに。
げに 02102
左馬頭が「龍田姫と言はむにもつきなからず/02101」と表現したのを受ける。
またしくものあらじ 02102
「しく」は「敷く」と「如く」をかける。「敷く」は龍田姫の錦の縁語。
はかなき花紅葉といふも 02102
織女や龍田姫が神の話であり、実際の女性論にならない。龍田姫が紅葉の神格化であることから、この世の存在である紅葉に話題を移し、紅葉との関連で、花紅葉とした。以下、織女や龍田姫のような理想ではなく、一般女性を花紅葉に譬えて論じる。「というも」は譬えて言ってもの意味。
をりふしの色あひつきなく 02102
固定した魅力ではなく、その折々にあった、周囲(特に夫)と調和した魅力がないなら。
はかばかしからぬは 02102
他の女性と区別する魅力。それがないと男は浮気に走る。
露のはえなく消えぬるわざなり 02102
露によって花紅葉が色を増すことなく、しおれてしまう運命である。「露のはえなく」は夫の愛情という照り返しが欠けること。夫の愛情があって、妻は長生きできるのだとの意味。左馬頭の愛情という「はえ」を得られなかった指を喰う女は若死にしたことから立論されている。男性貴族の女性観をよく表しているだろう。
さあるにより 02102
そうだから。具体的に受ける表現は見当たらない。考えられるとすれば「(をりふしの色あひつきなくはかばかしからぬは)露のはえなく消えぬるわざなり」であり、夫に愛情がないと、妻の命までもはかなくしてしまうから、それだけに妻選びは真剣で難しいのだというのであろう。
難き世とは 02102
難しい男女の関係であるな。
定めかねたるぞや 02102
これが一番だとは決めかねるなあ。