さればよと心おごり 帚木07章06
- 1. 原文 読み 意味
- 1.1. 大構造と係り受け
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1.1.1. さればよ 02099
- 1.1.1.2. 正身はなし 02099
- 1.1.1.3. さるべき女房 02099
- 1.1.1.4. この夜さり 02099
- 1.1.1.5. 渡り 02099
- 1.1.1.6. 艶なる歌 02099
- 1.1.1.7. 気色ばめる消息 02099
- 1.1.1.8. ひたや籠もり 02099
- 1.1.1.9. 情けなかりしか 02099
- 1.1.1.10. あへなき 02099
- 1.1.1.11. さがなく許しなかりし 02099
- 1.1.1.12. 我を疎みねと思ふ方の心 02099
- 1.1.1.13. さしも見たまへざりしことなれど 02099
- 1.1.1.14. はべりしに 02099
- 1.1.1.15. 色あひ 02099
- 1.1.1.16. しざま 02099
- 1.1.1.17. あらまほしく 02099
- 1.1.1.18. わが見捨ててむ後 02099
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1. 大構造と係り受け
原文 読み 意味
さればよと心おごりするに 正身はなし さるべき女房どもばかりとまりて 親の家に この夜さりなむ渡りぬると答へはべり 艶なる歌も詠まず 気色ばめる消息もせで いとひたや籠もりに情けなかりしかば あへなき心地して さがなく許しなかりしも 我を疎みねと思ふ方の心やありけむと さしも見たまへざりしことなれど 心やましきままに思ひはべりしに 着るべき物 常よりも心とどめたる色あひ しざまいとあらまほしくて さすがにわが見捨ててむ後をさへなむ 思ひやり後見たりし
02099/難易度:☆☆☆
さればよ/と/こころおごり/する/に さうじみ/は/なし さるべき/にようばう-ども/ばかり/とまり/て おや/の/いへ/に この/よさり/なむ/わたり/ぬる/と/こたへ/はべり えん/なる/うた/も/よま/ず けしきばめ/る/せうそこ/も/せ/で いと/ひたやごもり/に/なさけ/なかり/しか/ば あへなき/ここち/し/て さがなく/ゆるし/なかり/し/も われ/を/うとみ/ね/と/おもふ/かた/の/こころ/や/あり/けむ/と さしも/み/たまへ/ざり/し/こと/なれ/ど こころやましき/まま/に/おもひ/はべり/し/に きる/べき/もの つね/より/も/こころ/とどめ/たる/いろあひ しざま/いと/あらまほしく/て さすが/に/わが/みすて/て/む/のち/を/さへ/なむ おもひやり/うしろみ/たり/し
思った通りだと心おごりしたものの、当人はもぬけのから。留守役を任された女房たちだけが居残っていて、「親ごさまのおうちに夜分にわざわざ出て行かれました」との答えです。こちらの気を引く思わせぶりな恋歌も詠まず心のままに恨みを綴った手紙も残さず、まったく取り付く島のない愛情のなさには、やるかたない思いがして、あんなに口やかましく情け容赦がなかったのも自分を捨ててほしいとの本心からだったのかと、そんなふうに考えたことはこれまでなかったことながら、腹立ちまぎれに疑ってかかったものですが、身につける衣服もいつもより心のこもるもので色合いも仕立てもまったく申し分なく、さすがに私がいつ見捨てるかしれぬようになった後でさえこちらのことを思いやり世話をしてくれたのでした。
大構造と係り受け
さればよと心おごりするに 正身はなし さるべき女房どもばかりとまりて 親の家に この夜さりなむ渡りぬると答へはべり 艶なる歌も詠まず 気色ばめる消息もせで いとひたや籠もりに情けなかりしかば あへなき心地して さがなく許しなかりしも 我を疎みねと思ふ方の心やありけむと さしも見たまへざりしことなれど 心やましきままに思ひはべりしに 着るべき物 常よりも心とどめたる色あひ しざまいとあらまほしくて さすがにわが見捨ててむ後をさへなむ 思ひやり後見たりし
◇ ここでまた、女の見る目の情けに矛をおさめることとなる。
古語探訪
さればよ 02099
「さあればこそしか思ひたまへぬるよ」などの省略表現。灯りを落とし、綿入れに匂いを薫き込めるなどして、夫を迎える準備がしてあったことに対して「されば」こそ、「今宵日ごろの恨みは解けなむ」と思ったのだという、うぬぼれ意識。
正身はなし 02099
本人の姿がここにない。
さるべき女房 02099
留守居役としてふさわしい女房。
この夜さり 02099
今夜。
渡り 02099
時間・空間の移動、わざわざ出かけるという心理的距離を暗示させる。
艶なる歌 02099
男を引き止める思わせぶりな歌。
気色ばめる消息 02099
つい内心の嫉妬心がすけて見える手紙。
ひたや籠もり 02099
ひたすら籠ること。うんともすんとも言って来ない。
以上は、左馬頭の前言「心一つに思ひあまる時は、言はむかたなくすごき言の葉、あはれなる歌を詠みおき、しのばるべき形見をとどめて、深き山里、世離れたる海づらなどにはひ隠れぬる/02065」に対応する表現。/02065は昔物語から知識を得ていた左馬頭の予期する範囲であったが、指を喰う女の対応はこれとは真逆の反応であり、左馬頭に以下のような疑念を呼び起こす。
情けなかりしか 02099
愛情がなかった。「あまりいと許しなく疑ひはべりしもうるさくてかく数ならぬ身を見も放たでなどかくしも思ふらむと心苦しき折々もはべりて/02094」とあり、左馬頭は女の厳しさを愛情の裏返しと見てきた。
あへなき 02099
徒労感。
さがなく許しなかりし 02099
女が嫉妬を起こした時の、口うるさく許す素振りを見せなかった様子。
我を疎みねと思ふ方の心 02099
私を捨ててほしいと願う気持ちが女にあったということ。それまでは愛情の裏返しと思ってきたが、本当は最初から別れたかったのかと疑いがわいた。「我」は女の自称。「ね」は完了「ぬ」の命令形。
さしも見たまへざりしことなれど 02099
その時まで、そんな風には思ったことはなかったけれど。
はべりしに 02099
「に」は逆接。この状況でもまだ自分の勝手な解釈を許すところが左馬頭の身勝手さであろう。
色あひ 02099
染色した色合い。龍田姫の錦を呼び出す語。
しざま 02099
服の仕立て。織女の手を呼び起こす語。
あらまほしく 02099
理想的。
わが見捨ててむ後 02099
見捨てた後ではなく、今後いつ途絶えてしまうか知れない状態になった後でもの意味。「てむ」の「て」は強意、「む」は連体形で仮定・婉曲。