手を折りてあひ見し 帚木07章04
- 1. 原文 読み 意味
- 1.1. 大構造と係り受け
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1.1.1. あひ見し 02097
- 1.1.1.2. これひとつやは君がうきふし 02097
- 1.1.1.3. えうらみじ 02097
- 1.1.1.4. さすがに 02097
- 1.1.1.5. 憂きふしを心ひとつに数へきて 02097
- 1.1.1.6. こや 02097
- 1.1.1.7. 言ひしろひ 02097
- 1.1.1.8. まことには変るべきこととも思ひたまへず 02097
- 1.1.1.9. あくがれまかり歩く 02097
- 1.1.1.10. 臨時の祭 02097
- 1.1.1.11. 調楽 02097
- 1.1.1.12. これかれまかりあかるる所 02097
- 1.1.1.13. 家路と思はむ方 02097
- 1.1.1.14. またなかりけり 02097
- 1.1.1. 古語探訪
- 1.1. 大構造と係り受け
原文 読み 意味
手を折りてあひ見しことを数ふればこれひとつやは君が憂きふし
えうらみじなど言ひはべれば さすがにうち泣きて
憂きふしを心ひとつに数へきてこや君が手を別るべきをり
など言ひしろひはべりしかど まことには変るべきこととも思ひたまへずながら 日ごろ経るまで消息も遣はさず あくがれまかり歩くに 臨時の祭の調楽に 夜更けていみじう霙降る夜 これかれまかりあかるる所にて 思ひめぐらせば なほ家路と思はむ方はまたなかりけり
02097/難易度:★★☆
て/を/をり/て/あひ/み/し/こと/を/かぞふれ/ばこれ/ひとつ/や/はきみ/が/うき/ふし
え/うらみ/じ/など/いひ/はべれ/ば さすが/に/うち-なき/て
うき/ふし/を/こころ/ひとつ/に/かぞへ/き/て/こ/や/きみ/が/て/を/わかる/べき/をり
など/いひしろひ/はべり/しか/ど まこと/に/は/かはる/べき/こと/と/も/おもひ/たまへ/ず/ながら ひごろ/ふる/まで/せうそこ/も/つかはさ/ず あくがれ/まかり/ありく/に りんじのまつり/の/でうがく/に よ/ふけ/て/いみじう/みぞれ/ふる/よ これかれ/まかり/あかるる/ところ/にて おもひ/めぐらせ/ば なほ/いへぢ/と/おもは/む/かた/は/また/なかり/けり
《指を折り二人で過ごした思い出を数えてみると この一回切りだったろうか あなたのことでつらい目を見たのは》
別れることになってもよもや恨んだりはできまいね」など言ってやりましたところ、女はさすがに泣き出して、
《つらい思いを心ひとつにしまってきました 今度こそ君と手を切りしまいにすべき折りです》
などと歌で応戦し合いましたが、本当のところ二人の関係は以前となに変わることもなかろうと思いながら、日かずが過ぎるまで便りもやらずあちこちの女のもとへ浮かれ歩いている頃のこと、賀茂神社の臨時祭の舞楽稽古日で夜更けてたいそうみぞれが降った夜、仲間があちらこちらと別れ別れになる門口で思いめぐらしてみると、やはり最後に帰り着く家と思う場所はよそにはないのでした。
大構造と係り受け
手を折りてあひ見しことを数ふればこれひとつやは君が憂きふし
えうらみじなど言ひはべれば さすがにうち泣きて
憂きふしを心ひとつに数へきて こや君が手を別るべきをり
など言ひしろひはべりしかど まことには変るべきこととも思ひたまへずながら 日ごろ経るまで消息も遣はさず あくがれまかり歩くに 臨時の祭の調楽に 夜更けていみじう霙降る夜 これかれまかりあかるる所にて 思ひめぐらせば なほ家路と思はむ方はまたなかりけり
古語探訪
◇ 「ふし」:指の節と、時期の意味の節目をかける掛詞。
◇ 「ふし」「指」:縁語。
◇ 指は雅語ではないので、歌に滑稽味を帯びる。「手を折りてあひ見しことを数ふれば十(とを)といひつつ四(よつ)は経にけり/伊勢物語十六段)の上の句をそのまま取る。
◇ 「うち泣きて」→「など」
◇ 「ふし」「手」:縁語
◇ 「あくがれまかり歩くに」→「思ひめぐらせば」
あひ見し 02097
男女が情を交わし合うことだが、結婚生活と考えてよい。ただし、通い婚だから、一緒に暮らしてはいない。
これひとつやは君がうきふし 02097
諸注は「これひとつ」は「指食い」と同時に嫉妬心を指すと考え、嫉妬心だけでなく女は欠点が一つですまないと考えているが、そうではない。「この女のあるやう/02095」で始まる個所は、嫉妬心以外の欠点はそれなりにうまく繕う女という設定であった。「これひとつ」は指食いのみを受け、「おまえの嫉妬心で悩ませられたのは、指を噛まれた今回だけではないのだ」との意味である。何度も嫉妬心で嫌な思いしたから別れを切り出すのだ。むろん別れはポーズである。嫉妬心を和らげることが目的なのだから、嫉妬心以外を非難する意味はない。嫉妬心だけで十分手を焼いていたのだから、他にも欠点が多いのであれば、とっくに見切りをつけていることだろう。なおまた、手を折って逢瀬を重ねてきた過去を振り返るのであり、そこで問題にしているのは数、すなわち今回一回切りの問題なのかそうでなく何度もなのかが焦点。欠点は嫉妬ひとつだか、これに難度も悩まされてきたことを問題にしているのだ。
えうらみじ 02097
「うらみじ」なら私は恨まないでおこうとも、女は恨まないだろうとも解釈できる。「さすがにうち泣きて」との続きとしては、私は恨まないとした方がよいが、そもそもこのエピソードは女の嫉妬がテーマである。よって主体は女とすべきである。それでこそ「さりとも今宵日ごろの恨みは解けなむ/02098」が生きる。「え…じ」はよもや…できないだろう、完全には仕切れないだろう。「恨む」はマ行上二段活用で他動詞、女は私を恨むことは決してないだろうの意味。
さすがに 02097
女の方から「かたみに背きぬべききざみになむある/02096」と別れを切り出したのだが、いざ男が歌を詠み、それが売り言葉に買い言葉の域を脱して、霊的レベルで約束するとなると、女の方もさすがに感極まって。歌を詠むことは言葉に自らの思いを言霊に乗せて相手に伝えることであり、受け取った側もそれを口に出して読むことで、言霊に乗った思いを受け入れ自らの魂を震わせることになる。歌を詠み合うというのは、精神の交流であり、それによって別れを伝えることは精神的にも別れを意味する。
憂きふしを心ひとつに数へきて 02097
節目節目で辛い時期があったけれど、それを口には出さず、心ひとつに納めてきましたが。
こや 02097
これこそは。
言ひしろひ 02097
言い合う。歌で応戦しあう。
まことには変るべきこととも思ひたまへず 02097
こんなことぐらいでは、二人の関係は変わることも思えなかった。
あくがれまかり歩く 02097
よその女のもとへ転々とする。「まかり歩く」は聞き手に対する敬意と考え、丁寧語とみる。
臨時の祭 02097
賀茂神社の臨時際。
調楽 02097
舞楽の練習。
これかれまかりあかるる所 02097
いっしょにいた者が離れ離れになる場所。「あかる」の漢字表記は「別る・離る・散る」。
家路と思はむ方 02097
家路と思える方向、方角。帰る家と思える場所はの意味。言い方に心理的な抵抗がある。
またなかりけり 02097
ほかにいなかったことに改めて気づく。