この女のあるやうも 帚木07章02

2021-03-28

原文 読み 意味

この女のあるやう もとより 思ひいたらざりけることにも いかでこの人のためにはと なき手を出だし 後れたる筋の心をも なほ口惜しくは見えじと思ひはげみつつ とにかくにつけて ものまめやかに後見 つゆにても心に違ふことはなくもがなと思へりしほどに 進める方と思ひしかど とかくになびきてなよびゆき 醜き容貌をも この人に見や疎まれむと わりなく思ひつくろひ 疎き人に見えば 面伏せにや思はむと 憚り恥ぢて みさをにもてつけて見馴るるままに 心もけしうはあらずはべりしかど ただこの憎き方一つなむ心をさめずはべりし

02095/難易度:★★☆

この/をむな/の/ある/やう もとより おもひ/いたら/ざり/ける/こと/に/も いかで/この/ひと/の/ため/に/は/と なき/て/を/いだし おくれ/たる/すぢ/の/こころ/を/も なほ/くちをしく/は/みエ/じ/と/おもひ/はげみ/つつ とにかく/に/つけ/て の/まめやか/に/うしろみ つゆ/に/て/も/こころ/に/たがふ/こと/は/なく/もがな/と/おもへ/り/し/ほど/に すすめ/る/かた/と/おもひ/しか/ど とかく/に/なびき/て/なよび/ゆき みにくき/かたち/を/も この/ひと/に/み/や/うとま/れ/む/と わりなく/おもひ/つくろひ うとき/ひと/に/みエ/ば おもてぶせ/に/や/おもは/む/と はばかり/はぢ/て みさを/に/もて-つけ/て/みなるる/まま/に こころ/も/けしう/は/あら/ず/はべり/しか/ど ただ/この/にくき/かた/ひとつ/なむ/こころ/をさめ/ず/はべり/し

この女のやり方は、もともと、考え至らなかったことでも、どうかしてこの人のためにはと手を尽くすし、人に劣ることでも肝心な点だけは何とかがっかりさせぬよう心して励んだりと、なにかにつけ誠実そのものといった世話焼きをし、いささかも夫の心に違うことがないようにと思っている様子からすると勝ち気な女だと思っておりましたが、何かとこちらの意のままになびく様子であったし、醜い容貌にしてもこの人に見られたら疎まれてしまうのではないかとひどく恐れて化粧をし、醜さに鈍感な女だと人に思われては夫の面目をつぶすのではないかと一歩さがって遠慮するなど、妻の分を堅く守り努める様子を慣れ親しんでいくうちに愛情も相応にわいて来もしましたが、ただこのにっくきあの一点だけは我慢がなりませんでした。

大構造と係り受け

この女のあるやう もとより 思ひいたらざりけることにも いかでこの人のためにはと なき手を出だし 後れたる筋の心をも なほ口惜しくは見えじと思ひはげみつつ とにかくにつけて ものまめやかに後見 つゆにても心に違ふことはなくもがなと思へりしほどに 進める方と思ひしかど とかくになびきてなよびゆき 醜き容貌をも この人に見や疎まれむと わりなく思ひつくろひ 疎き人に見えば 面伏せにや思はむと 憚り恥ぢて みさをにもてつけて見馴るるままに 心もけしうはあらずはべりしかど ただこの憎き方一つなむ心をさめずはべりし

◇ 「ただこの憎き方一つなむ心をさめずはべりし」:大構造 
◇ 「この女のあるやう、もとより、…進める方と思ひしかど」:一見するとそのように見える行動原理 
◇ 「もとより」→「進める方と思ひしかど」 
◇ 「醜き容貌をもこの人に見や疎まれむとわりなく思ひつくろひ」「疎き人に見えば面伏せにや思はむと憚り恥ぢて」:対の表現

古語探訪

あるやう 02095

あり方、生き方、振る舞い方、行動原理。性格などより動的。ただし様子だから、外から見た判断。

もとより 02095

もともとから、はじめから、元来が(相手になびく)。

思ひいたらざりけること 02095

配慮が行き届かないこと。

なき手を出だし 02095

手を尽くす。

後れたる筋 02095

不得手な面。

心 02095

本質。気持ちや性格の意味ではない。

口惜しく 02095

期待が外れてがっかりさせる。

もがな 02095

そうでありたいという願望。

思へりしほどに 02095

そのように思えるくらいに。

進める方 02095

意味が特定できないが、「とかくになびきてなよびゆき」に対比されていることから、前に出たがる、積極的な、勝気なといった感じだろう。「もの怨じをいたくしはべりしかば /02094」から、印象としてそう感じていた。しかし、元来は従順であったので、強い態度に出れば、嫉妬心を引っ込めるだろうと、左馬頭は算段したのである。

なびき 02095

夫の意思に添う。

なよび 02095

ものやわらかな、柔和な態度。

見や疎まれむ 02095

「見疎まれむや」の変形。「見」は「見ゆ/「見る」の受け身)の連用形。見られたら疎まれるだろう。「や」は詠嘆の間助詞。

わりなく思ひつくろひ 02095

「わりなくつくろひ」ではない。疎まれたりしたらとてもつらいと思って化粧し。

疎き人に見えば 02095

疎遠な人に顔を見られたらと通例は解釈されているが、行動様式が「もとより思ひいたらざりけること」と「後れたる筋の心」の二段階(気持ちと実際の行動)に分かれていたことと対照をなす表現。ここも気持ち「憚り恥ぢ」と行動「わりなく思ひつくろひ」に分かれると考える。醜さに対して疎い女だと見られては。こうしたことに対する妻としての心得がないと、お付きの女房たちが陰口をたたき、家の統制がとれなくなる。疎遠な(縁故でない)人に顔を見られるというのは、通常の女性の意識であって、ここでわざわざとりあげることではない。

面伏せ 02095

夫である左馬頭の体面に傷をつける。

憚り恥ぢて 02095

「憚る」は「阻む」と同根、障害物があって前に進めない状態。ここでは気持ちの上で一歩引くこと、前に出ないこと。

みさをに 02095

堅く守ること。変えないこと。

もてつけ 02095

努力する。

心もけしうはあらず 02095

女の気立ても悪くないと解釈されているが、これ以上の気立てを探すのは不可能であろう。ここは「もの怨じをいたくしはべりしかば心づきなく/02094」であったのが、女に対する愛情もそこそこ沸いてきたことをいう。

この憎き方 02095

嫉妬心。

心をさめず 02095

がまんならない。「とかく紛れはべりしを…自然に心をさめらるるやうになむはべりし」と対をなす表現。容貌がよくない点で浮気に走ったが、地位の低い自分を見捨てずに愛情をそそいでくれることから、浮気心はおさまったとするのが前文。女の涙ぐましい努力にほだされ、女の心持ちをもまんざらではないと愛情が芽生えてきた。しかし、従順ながらも女の嫉妬心だけはどうにも我慢ができなかった。これを何とかしようというのが、これ以降の話。「心をさめず」の主体は夫である左馬頭。

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