父の年老いものむつ 帚木03章12
原文 読み 意味
父の年老い ものむつかしげに太りすぎ 兄の顔憎げに 思ひやりことなることなき閨の内に いといたく思ひあがり はかなくし出でたることわざも ゆゑなからず見えたらむ 片かどにても いかが思ひの外にをかしからざらむ
02043/難易度:★★☆
ちち/の/とし/おイ もの-むつかしげ/に/ふとりすぎ せうと/の/かほ/にくげ/に おもひやり/こと/なる/こと/なき/ねや/の/うち/に いと/いたく/おもひあがり はかなく/しいで/たる/ことわざ/も ゆゑ/なから/ず/みエ/たら/む かたかど/にて/も いかが/おもひ/の/ほか/に/をかしから/ざら/む
(左馬頭)父は年老い何ともぶざまに太りすぎ、男兄弟の顔は憎々しげで、特別な思いを受けて育ったのでもない閨の中で、何ともえらく気位を高くし、気軽にやってみせた諸芸などでも、格式こそないながら才能の片鱗でもうかがわせるなら、どうして予想外に興味を引かれずにおれましょう。
文構造&係り受け
主語述語と大構造
- ても…いかが…にをかしからざらむ 四次元構造
〈父〉の年老いものむつかしげに太りすぎ 〈兄〉の顔憎げに 〈思ひやり〉ことなることなき閨の内に 〈〈[女]〉いといたく思ひあがり はかなくし出でたる ことわざも ゆゑなからず見えたらむ〉 片かどにても 〈[発言者]〉いかが思ひの外にをかしからざらむ
助詞と係り受け
父の年老い ものむつかしげに太りすぎ 兄の顔憎げに 思ひやりことなることなき閨の内に いといたく思ひあがり はかなくし出でたることわざも ゆゑなからず見えたらむ 片かどにても いかが思ひの外にをかしからざらむ
ここまでの議論では、家族・父・娘を一律に見て来たが、ここでは家族と娘を切り離して考える視点に立っている。これもまた、これまでの発言者を頭中将とし、この発言者を左馬頭とする読みを支持するように思う。
「父の年老いものむつかしげに太りすぎ」「兄の顔憎げに」:並列
「父の年老いものむつかしげに太りすぎ兄の顔憎げに」「思ひやりことなることなき閨の内に」(並列)→「思ひあがり」
「思ひあがり」:中止法(「見えたらむ」にかけるも可)
「[女]…見えたらむ」「をかしからざらむ」:主語述語(前の「む」は仮定、後の「む」は推量)
古語探訪
思ひやり 02043:特別な結婚相手に思いを馳せる
「思ひあがり」と呼応する。特別な相手に娶せようとの意図を持って育てること。親兄弟にはそういう意図がないながら。
思ひあがり 02043:日嗣の御子の母になる
気位の高さを意味するが、狭義では「はじめより我はと思ひあがりたまへる御方々/01002」でみたように、女御くらすでは帝の正妻となって儲けの君を宿す気構えでいることを意味し、ここでも宮仕えをして貴人の世継ぎを身ごもる気持ちでいることを指す。男は出自から出世のできる地位が決まっていたが、女性の場合は婿の地位いかんで出自の壁を破ることができた。出自より高い地位にゆくのだという気の張り方と解釈してもよいだろう。
ものむつかしげ 02043
何とも見た目が悪い様。
顔にくげ 02043
憎憎しい面構え。このあたりも実話というより、昔物語風。
はかなくし出でたる 02043
なにげなくやって見せる。
ゆゑなからず 02043
由緒や格式あるものではないものの。
片かど 02043
才能の片鱗の意味。雨夜の品定めでは、主に手紙の書き方や琴や笛などの芸事に使用される。頭中将は、生涯頼みとする女性を選ぶ基準として「片かど」は不要とするが、左馬頭は遊び相手として「片かど」を捨てがたく肯定的に捉えている。