02帚木16 消ゆる帚木

2020-06-0402 帚木

帚木 原文 かな 対訳 16章332/356

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

《例の 内裏に日数経たまふころ さるべき方の忌み待ち出でたまふ》332
れい/の うち/に/ひかず/へ/たまふ/ころ さるべき/かた/の/いみ/まち/いで/たまふ
例により、内裏で幾日もお過ごしの間、好都合な方角が方塞がりに当たる日を待ち受けになる。


《にはかにまかでたまふまねして 道のほどよりおはしましたり》333
にはか/に/まかで/たまふ/まね/し/て みち/の/ほど/より/おはしまし/たり
当日、にわかに左大臣邸退出なさるふりをして、道の途中から方違えとして紀伊邸へお越しになった。


《紀伊守おどろきて 遣水の面目とかしこまり喜ぶ》334
き-の-かみ/おどろき/て やりみづ/の/めいぼく/と/かしこまり/よろこぶ
紀伊守は驚いて、遣水のおかげだと恐縮して喜ぶ。


《小君には 昼より かくなむ思ひよれるとのたまひ契れり》335
こぎみ/に/は ひる/より かく/なむ/おもひよれ/る/と/のたまひ/ちぎれ/り
小君には昼のうちに、これこれの心積もりでいると固くお約束になっていた。


《明け暮れまつはし馴らしたまひければ 今宵もまづ召し出でたり》336
あけくれ/まつはし/ならし/たまひ/けれ/ば こよひ/も/まづ/めし/いで/たり
明け暮れそばに置き、ご用づとめも慣れさせておかれたので、今宵もまっさきにお呼び出しになった。


《女もさる御消息ありけるに 思したばかりつらむほどは 浅くしも思ひなされねど さりとてうちとけ》337
をむな/も/さる/おほむ-せうそこ/あり/ける/に おぼし/たばかり/つ/らむ/ほど/は あさく/しも/おもひなさ/れ/ね/ど さりとて/うちとけ
女も同じ旨のお手紙が来たことに対し、苦労して逢う手立てを講じようとなさるお気持ちのほどは、けっして浅いとは思われないが、だからといってここで身をゆるし、


《人げなきありさまを見えたてまつりても あぢきなく 夢のやうにて過ぎにし嘆きを またや加へむと思ひ乱れて》337
ひとげなき/ありさま/を/みエ/たてまつり/て/も あぢきなく ゆめ/の/やう/にて/すぎ/に/し/なげき/を また/や/くはへ/む/と/おもひ/みだれ/て
人数にも入らぬみじめな姿をお見せしたところで、夢のようにはかなく過ぎ去った一夜の恋の嘆きを、愚かにも、また繰り返すことになりはしまいかと心は揺れに揺れたその末に、


《なほさて待ちつけきこえさせむことのまばゆければ 小君が出でて往ぬるほどに》337
なほ/さて/まち/つけ/きこエさせ/む/こと/の/まばゆけれ/ば こぎみ/が/いで/て/いぬる/ほど/に
やはり手紙にあるとおりお待ち申し上げることは気が差してならないので、小君が君のもとへ戻っていったすきに、


《いとけ近ければ かたはらいたし なやましければ 忍びてうち叩かせなどせむに ほど離れてをとて》338
いと/け-ぢかけれ/ば かたはらいたし なやましけれ/ば しのび/て/うち-たたか/せ/など/せ/む/に ほど/はなれ/て/を/とて
「なんだかお客さまに近過ぎる気がして気づかいだわ。具合がよくないので、こっそり背中でも叩かせたいから、すこし離れた部屋を」と願い、


《渡殿に 中将といひしが局したる隠れに 移ろひぬ》338
わたどの/に ちゆうじやう/と/いひ/し/が/つぼね/し/たる/かくれ/に うつろひ/ぬ
渡殿にある、あの中将の君と呼んでいた女房が局に使う目に立たない場所へ移って行った。


《さる心して 人とく静めて 御消息あれど 小君は尋ねあはず》339
さる/こころ/し/て ひと/とく/しづめ/て おほむ-せうそこ/あれ/ど こぎみ/は/たづね/あは/ず
手紙に書いた通りの心づもりで、従者をはやくに寝静まらせて、お手紙を遣わしになるが、小君は姉を尋ねあぐねている。


《よろづの所求め歩きて 渡殿に分け入りて からうしてたどり来たり》340
よろづ/の/ところ/もとめ/ありき/て わたどの/に/わけ/いり/て からうして/たどり/き/たり
あらゆる場所を捜し歩いたあげく、渡殿に踏み込んでなんとか探し当てた。


《いとあさましくつらしと思ひて いかにかひなしと思さむと 泣きぬばかり言へば》341
いと/あさましく/つらし/と/おもひ/て いかに/かひなし/と/おぼさ/む/と なき/ぬ/ばかり/いへ/ば
なんとまああきれたやり方で、薄情にもほどがあると思い、「どんなにか愛情のかけがいがない人だとお思いだろう」と泣き出しそうな様子でせめると、


《かく けしからぬ心ばへは つかふものか 幼き人のかかること言ひ伝ふるは いみじく忌むなるものをと言ひおどして》342
かく けしから/ぬ/こころばへ/は つかふ/ものか をさなき/ひと/の/かかる/こと/いひ/つたふる/は いみじく/いむ/なる/ものを/と/いひ/おどし/て
「そんなけしからぬ気遣いをするものですか。年よわの身でこんなことを取り次ぐのは、めっぽう忌まわしいことなのに」と言い脅して、


《心地悩ましければ 人びと避けずおさへさせてなむと聞こえさせよ あやしと誰も誰も見るらむと言ひ放ちて》343
ここち/なやましけれ/ば ひとびと/さけ/ず/おさへ/させ/て/なむ/と/きこエさせ/よ あやし/と/たれ/も/たれ/も/みる/らむ/と/いひ-はなち/て
「気分がよくないので、女房たちをそばに置いて体を揉ませておりますから、と申し上げなさい。いつまでもこんなところにいたら変だと誰もがみな思うでしょ」と言って追いやるが、


《心の中には いと かく品定まりぬる身のおぼえならで 過ぎにし親の御けはひとまれるふるさとながら たまさかにも待ちつけたてまつらば》344
こころ/の/うち/に/は いと かく/しな/さだまり/ぬる/み/の/おぼエ/なら/で すぎ/に/し/おや/の/おほむ-けはひ/とまれ/る/ふるさと/ながら たまさか/に/も/まちつけ/たてまつら/ば
心のうちでは、まったくこんな受領の後妻に決まってしまった身の上ではなく、亡くなった親のご加護が残る実家にいながら、たまさかにでもお待ち申し上げてお逢いできれば、


《をかしうもやあらまし》344
をかしう/も/や/あら/まし
どれほど心もそわにはしゃがれようか、


《しひて思ひ知らぬ顔に見消つも いかにほど知らぬやうに思すらむと 心ながらも胸いたく さすがに思ひ乱る》345
しひて/おもひ/しら/ぬ/かほ/に/みけつ/も いかに/ほど/しら/ぬ/やう/に/おぼす/らむ/と こころながら/も/むね/いたく さすが/に/おもひ/みだる
しいて恋心など持ち合わせぬ風にぱたりと顔を合わせぬのも、どんなにか身の程知らずのようにお思いだろうと、自ら決めたことながら胸がつまり、さすがに思いは千々に乱れてしまう。


《とてもかくても 今は言ふかひなき宿世なりければ 無心に心づきなくて止みなむと思ひ果てたり》346
とても/かくても いま/は/いふかひ-なき/しゆくせ/なり/けれ/ば むじん/に/こころづきなく/て/やみ/な/む/と/おもひ/はて/たり
ままよ、何をどう思案しようと、今はどうにもならない宿世なのだから、人の情を欠いた不愉快な女で通そうと結論づけた。


《君は いかにたばかりなさむと まだ幼きをうしろめたく待ち臥したまへるに》347
きみ/は いかに/たばかり/なさ/む/と まだ/をさなき/を/うしろめたく/まち/ふし/たまへ/る/に
君は、小君がどんなふうに渡りをつけるのか、まだ幼いのを案じながら横になって待っておられたが、


《不用なるよしを聞こゆれば あさましくめづらかなりける心のほどを》347
ふよう/なる/よし/を/きこゆれ/ば あさましく/めづらか/なり/ける/こころ/の/ほど/を
不首尾に終った由を申し上げたところ、あまりのことでありこれまでまったく経験のない女の心の持ちように、


《身もいと恥づかしくこそなりぬれと いといとほしき御気色なり》347
み/も/いと/はづかしく/こそ/なり/ぬれ/と いと/いとほしき/みけしき/なり
「この身もまったく恥じ入ってしまうばかりだよ」と、愛情をかけたことをなんとも申し訳ないとお思いのご様子である。


《とばかりものものたまはず いたくうめきて 憂しと思したり》348
とばかり/もの/も/のたまは/ず いたく/うめき/て うし/と/おぼし/たり
しばらくはものもおっしゃられず、ひどく嘆息してつらいとお思いになっていた。


《帚木の心を知らで園原の 道にあやなく惑ひぬるかな》349
ははきぎ/の/こころ/を/しら/で/そのはら/の みち/に/あやなく/まどひ/ぬる/かな
「近づけば消えてしまう帚木のような あなたのお気持ちも知らないで あなたの心に通う園原の 道の途中でわけがわからないまま 途方に暮れてしまったことだ 


《聞こえむ方こそなけれとのたまへり》349
きこエ/む/かた/こそ/なけれ/と/のたまへ/り
申し上げるすべがありません」とおっしゃる。


《女もさすがにまどろまざりければ》350
をむな/も/さすが/に/まどろま/ざり/けれ/ば
女もさすがにまんじりともせず、


《数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さにあるにもあらず消ゆる帚木 と聞こえたり》350
かず/なら/ぬ/ふせや/に/おふる/な/の/うさ/に ある/に/も/あら/ず/きゆる/ははきぎ と/きこエ/たり
「数ならず卑しい 受領の家に生えているとの 噂がつらいので この世にあるともなくて 消えてしまう帚木なのです」と申し上げた。


《小君 いといとほしさに眠たくもあらでまどひ歩くを 人あやしと見るらむとわびたまふ》351
こぎみ いと/いとほしさ/に/ねぶたく/も/あら/で/まどひ/ありく/を ひと/あやし/と/みる/らむ/と/わび/たまふ
小君は、申し訳なく思う気持ちに責めたてられて、眠くもないのにふらふらしながら返歌を持って歩きまわるのを、人が変に思うのではないかと、空蝉は気が揉んでおられる。


《例の 人びとはいぎたなきに 一所すずろにすさまじく思し続けらるれど》352
れい/の ひとびと/は/いぎたなき/に ひとところ/すずろ/に/すさまじく/おぼし/つづけ/らるれ/ど
例によって、従者たちは寝ほうけているのに、光の君おひとりは女の返歌にただただ寒々とした情愛のなさをお感じつづけになるが、


《人に似ぬ心ざまの なほ消えず立ち上れりけるとねたく かかるにつけてこそ心もとまれと かつは思しながら》352
ひと/に/に/ぬ/こころざま/の なほ/きエ/ず/たち/のぼれ/り/ける/と/ねたく かかる/に/つけ/て/こそ/こころ/も/とまれ/と かつ/は/おぼし/ながら
人とはまるで異なった心のありようが、「消ゆる」と言いながらなお消えずに立ちのぼってくるのが、なんともねたましくて、だからこそ魅せられてしまうのだと、一方ではお考えになりながらも、


《めざましくつらければ さばれと思せども さも思し果つまじく》352
めざましく/つらけれ/ば さばれ/と/おぼせ/ども さも/おぼし/はつ/まじく
あまりに癪で薄情だと思われるので、もうどうとでもなれと投げやりになられながら、そうも思い切ることはおできでなく、


《隠れたらむ所に なほ率て行けとのたまへど》353
かくれ/たら/む/ところ/に なほ/ゐ/て/いけ/と/のたまへ/ど
「隠れているところへ、無理にも連れて行け」とおっしゃるけれど、


《いとむつかしげにさし籠められて 人あまたはべるめれば かしこげにと聞こゆ いとほしと思へり》354
いと/むつかしげ/に/さし-こめ/られ/て ひと/あまた/はべる/めれ/ば かしこげ/に/と/きこゆ いとほし/と/おもへ/り
「ひどく見苦しいところに閉じこもっていて、人がたくさん侍っているようですから、畏れ多く思われますから」と申し上げる。小君は何とも申し訳ない様子で控えている。


《よし あこだにな捨てそとのたまひて 御かたはらに臥せたまへり》355
よし あこ/だに/な/すて/そ/と/のたまひ/て おほむ-かたはら/に/ふせ/たまへ/り
「わかった。そちだけはせめて見捨てないどくれ」とおっしゃって、小君をおそばに寝かせになった。


《若くなつかしき御ありさまを うれしくめでたしと思ひたれば つれなき人よりは なかなかあはれに思さるとぞ》356
わかく/なつかしき/おほむ-ありさま/を うれしく/めでたし/と/おもひ/たれ/ば つれなき/ひと/より/は なかなか/あはれ/に/おぼさ/る/と/ぞ
お若くて惹きつけられてしまうお姿を、うれしくすばらしいと小君が賛嘆していると、つれない人よりはかえっていとしくお思いになったとやら。

2020-06-0402 帚木

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