さる心して人とく静 帚木16章03

2021-03-31

原文 読み 意味

さる心して 人とく静めて 御消息あれど 小君は尋ねあはず よろづの所求め歩きて 渡殿に分け入りて からうしてたどり来たり いとあさましくつらし と思ひて いかにかひなしと思さむと 泣きぬばかり言へば かく けしからぬ心ばへは つかふものか 幼き人のかかること言ひ伝ふるは いみじく忌むなるものをと言ひおどして 心地悩ましければ 人びと避けずおさへさせてなむと聞こえさせよ あやしと誰も誰も見るらむと言ひ放ちて 心の中には いと かく品定まりぬる身のおぼえならで 過ぎにし親の御けはひとまれるふるさとながら たまさかにも待ちつけたてまつらば をかしうもやあらまし しひて思ひ知らぬ顔に見消つも いかにほど知らぬやうに思すらむと 心ながらも 胸いたく さすがに思ひ乱る とてもかくても 今は言ふかひなき宿世なりければ 無心に心づきなくて止みなむと思ひ果てたり

02136/難易度:☆☆☆

さる/こころ/し/て ひと/とく/しづめ/て おほむ-せうそこ/あれ/ど こぎみ/は/たづね/あは/ず よろづ/の/ところ/もとめ/ありき/て わたどの/に/わけ/いり/て からうして/たどり/き/たり いと/あさましく/つらし/と/おもひ/て いかに/かひなし/と/おぼさ/む/と なき/ぬ/ばかり/いへ/ば かく けしから/ぬ/こころばへ/は つかふ/ものか をさなき/ひと/の/かかる/こと/いひ/つたふる/は いみじく/いむ/なる/ものを/と/いひ/おどし/て ここち/なやましけれ/ば ひとびと/さけ/ず/おさへ/させ/て/なむ/と/きこエさせ/よ あやし/と/たれ/も/たれ/も/みる/らむ/と/いひ-はなち/て こころ/の/うち/に/は いと かく/しな/さだまり/ぬる/み/の/おぼエ/なら/で すぎ/に/し/おや/の/おほむ-けはひ/とまれ/る/ふるさと/ながら たまさか/に/も/まちつけ/たてまつら/ば をかしう/も/や/あら/まし しひて/おもひ/しら/ぬ/かほ/に/みけつ/も いかに/ほど/しら/ぬ/やう/に/おぼす/らむ/と こころながら/も/むね/いたく さすが/に/おもひ/みだる とても/かくても いま/は/いふかひ-なき/しゆくせ/なり/けれ/ば むじん/に/こころづきなく/て/やみ/な/む/と/おもひ/はて/たり

手紙に書いた通りの心づもりで、従者をはやくに寝静まらせて、お手紙を遣わしになるが、小君は姉を尋ねあぐねている。あらゆる場所を捜し歩いたあげく、渡殿に踏み込んでなんとか探し当てた。なんとまああきれたやり方で、薄情にもほどがあると思い、「どんなにか愛情のかけがいがない人だとお思いだろう」と泣き出しそうな様子でせめると、「そんなけしからぬ気遣いをするものですか。年よわの身でこんなことを取り次ぐのは、めっぽう忌まわしいことなのに」と言い脅して、「気分がよくないので、女房たちをそばに置いて体を揉ませておりますから、と申し上げなさい。いつまでもこんなところにいたら変だと誰もがみな思うでしょ」と言って追いやるが、心のうちでは、まったくこんな受領の後妻に決まってしまった身の上ではなく、亡くなった親のご加護が残る実家にいながら、たまさかにでもお待ち申し上げてお逢いできれば、どれほど心もそわにはしゃがれようか、しいて恋心など持ち合わせぬ風にぱたりと顔を合わせぬのも、どんなにか身の程知らずのようにお思いだろうと、自ら決めたことながら胸がつまり、さすがに思いは千々に乱れてしまう。ままよ、何をどう思案しようと、今はどうにもならない宿世なのだから、人の情を欠いた不愉快な女で通そうと結論づけた。

さる心して 人とく静めて 御消息あれど 小君は尋ねあはず よろづの所求め歩きて 渡殿に分け入りて からうしてたどり来たり いとあさましくつらし と思ひて いかにかひなしと思さむと 泣きぬばかり言へば かく けしからぬ心ばへは つかふものか 幼き人のかかること言ひ伝ふるは いみじく忌むなるものをと言ひおどして 心地悩ましければ 人びと避けずおさへさせてなむと聞こえさせよ あやしと誰も誰も見るらむと言ひ放ちて 心の中には いと かく品定まりぬる身のおぼえならで 過ぎにし親の御けはひとまれるふるさとながら たまさかにも待ちつけたてまつらば をかしうもやあらまし しひて思ひ知らぬ顔に見消つも いかにほど知らぬやうに思すらむと 心ながらも 胸いたく さすがに思ひ乱る とてもかくても 今は言ふかひなき宿世なりければ 無心に心づきなくて止みなむと思ひ果てたり

大構造と係り受け

古語探訪

さる心して 02136

さきほどの気持ちのまま、つまり、手紙にしたためたとおりの計画で。

人とく静めて 02136

人は供の者。

あさましく 02136

あきれ果てる。

つらし 02136

冷淡だ。ともに小君に対してではなく、光に対しての心遣い。

いかにかひなし 02136

光から自分がどんなに頼みがいがないと思われようと訳されているが、それでは「けしからぬ心ばへ(よくない気遣い)」にはならない。自分への心配を気遣いとは言わないからだ。これは光の気持ちをおもんぱかって初めて気遣いになるのである。「あさましくつらし」がやはり光の立場に立っていたのと同じである。「かひなし」は直訳すればしがいがない。ここは愛情をいくらかけてもその甲斐がないこと。

いみじく 02136

本来神の怒りに触れるのを恐れること。その連用形「いみじく」は程度の甚だしいさをいう。ただし、ここは本来的な意味が残っている感じがする。

悩ましけれ 02136

体の具合がわるい。

人びと避けず 02136

「人あまたはべるめれば/02138」とある。光源氏の侵入を防ぐために多くの女房たちを集めたのである。多くの人に知られるのは避けたいので、光源氏も無茶はできない。

おさへ 02136

按摩。

かく品定まりぬる身のおぼえ 02136

このように地方官の後妻に納まることで中流階級に決まってしまった世間の評価。

過ぎにし親 02136

亡くなった親。

御けはひ 02136

御威光。

ふるさと 02136

実家。

待ちつけ 02136

待つではなく、待ってその望みがえられること。

をかし 02136

心が浮き立つ。

思ひ知らぬ 02136

「思ひ」は光の愛情ではない。それなら「御思ひ」など敬語がつく。恋のいろはも知らない。

見消つ 02136

それまで会っていながら、ぱたりと会うのをやめること。「動詞プラス消つ」はその動作を途中で中止する意味になる。一般の注釈通り、無視すると考えても、ここではさほど違わない。

無心に 02136

心すなわち人としての情愛がない。木石にかわらない。王朝文学では、これほど熱心に愛情を示されたらほだされるのが人の情と見なされている。

心づきなく 02136

好きになれない、気に入らない。

やみ 02136

そのままの状態で最後まですませる。押しとおす。

思ひ果てたり 02136

思い決めた。

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