からうして今日は日 帚木12章01

2021-03-29

原文 読み 意味

からうして今日は日のけしきも直れり かくのみ籠もりさぶらひたまふも 大殿の御心いとほしければ まかでたまへり おほかたの気色 人のけはひも けざやかにけ高く 乱れたるところまじらず なほ これこそは かの 人びとの捨てがたく取り出でしまめ人には頼まれぬべけれ と思すものから あまりうるはしき御ありさまの とけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへるをさうざうしくて 中納言の君 中務などやうの おしなべたらぬ若人どもに 戯れ言などのたまひつつ 暑さに乱れたまへる御ありさまを 見るかひありと思ひきこえたり 大臣も渡りたまひて うちとけたまへれば 御几帳隔てておはしまして 御物語聞こえたまふを 暑きに とにがみたまへば 人びと笑ふ あなかま とて 脇息に寄りおはす いとやすらかなる御振る舞ひなりや

02119/難易度:☆☆☆

からうして/けふ/は/ひ/の/けしき/も/なほれ/り かく/のみ/こもり/さぶらひ/たまふ/も おほいどの/の/みこころ/いとほしけれ/ば まかで/たまへ/り おほかた/の/けしき ひと/の/けはひ/も けざやか/に/けだかく みだれ/たる/ところ/まじら/ず なほ これ/こそ/は かの ひとびと/の/すて/がたく/とり/いで/し/まめびと/に/は/たのま/れ/ぬ/べけれ と/おぼす/ものから あまり/うるはしき/おほむ-ありさま/の とけ/がたく/はづかしげ/に/おもひ/しづまり/たまへ/る/を さうざうしく/て ちうなごん-の-きみ なかつかさ/など/やう/の おしなべ/たら/ぬ/わかうど-ども/に たはぶれごと/など/のたまひ/つつ あつさ/に/みだれ/たまへ/る/おほむ-ありさま/を みる/かひ/あり/と/おもひ/きこエ/たり おとど/も/わたり/たまひ/て うちとけ/たまへ/れ/ば みきちやう/へだて/て/おはしまし/て おほむ-ものがたり/きこエ/たまふ/を あつき/に/と/にがみ/たまへ/ば ひとびと/わらふ あなかま/とて けふそく/に/より/おはす いと/やすらか/なる/おほむ-ふるまひ/なり/や

かろうじて今日は雨もよいも持ちなおした。こうして宮中ばかりに籠ってお仕えなさっているのも、左大臣のご心中が思いやられるので内裏よりお出かけになった。ご邸一帯のたたずまいや葵の君の雰囲気も凛として気高く一点の乱れた様子もなくて、やはりこれこそがあの左馬頭たちが棄てがたく取り上げた生活力のある妻としては信のおけるに違いないとお思いになりながらも、あまりに整った麗しい御有様はうちとけがたく気づまりなほど落ち着きはらっていらっしゃるので、物足りなくて中納言の君や中務などといった人並みすぐれた若女房たちにお戯れごとをおっしゃりながら暑さで着付けを乱していらっしゃる御有様を、女房たちはうっとりする思いで見とれ申し上げている。左大臣もこちらの棟へお越しになり、光の君がすでにくつろいでいらっしゃるので、御几帳を隔ててお坐りになってお話を申し上げになるのを、「暑いのに」と苦い顔をなさると、房たちは笑う。「静かに」と小声で制して脇息に寄りかかりになる。実に鷹揚なおふるまいだこと。

からうして今日は日のけしきも直れり かくのみ籠もりさぶらひたまふも 大殿の御心いとほしければ まかでたまへり おほかたの気色 人のけはひも けざやかにけ高く 乱れたるところまじらず なほ これこそは かの 人びとの捨てがたく取り出でしまめ人には頼まれぬべけれ と思すものから あまりうるはしき御ありさまの とけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへるをさうざうしくて 中納言の君 中務などやうの おしなべたらぬ若人どもに 戯れ言などのたまひつつ 暑さに乱れたまへる御ありさまを 見るかひありと思ひきこえたり 大臣も渡りたまひて うちとけたまへれば 御几帳隔てておはしまして 御物語聞こえたまふを 暑きに とにがみたまへば 人びと笑ふ あなかま とて 脇息に寄りおはす いとやすらかなる御振る舞ひなりや

大構造と係り受け

古語探訪

からうして 02119

「辛くして」の音便形、これまでの「からき状態(我慢してきたこと)が終わりを遂げ(「して」はその上で、)やっと、ようやくのことで。

けしき 02119

見た目の様子。「気色」の呉音読み。視覚で捉えた表面にあらわれた様子。雨夜の品定めは「長雨晴れ間なきころ/02005」に光源氏の曹司である桐壺で行われていた。

直れり 02119

もとの真っ直ぐな状態「なほ」に戻ること。天候・病態・流罪などが旧に復する。「り」は存続。現在そうした状態が続いている。

かくのみ籠もりさぶらひたまふ 02119

宮中にお籠りになる。「さぶらひ」は宮中におられる帝に対する敬意。「かくのみ」とは、雨夜の品定めの冒頭「内裏の御物忌さし続きていとど長居さぶらひたまふを/02005」を受ける。長居は光源氏の御曹司に滞在を続けること。

大殿 02119

妻の父である左大臣。左大臣に対しては、「おほいどの」の読みを立てる説もある。

いとほしけれ 02119

申し訳ないと思う気持ち。「大殿にはおぼつかなく恨めしく思したれど/02005」とあった。

まかでたまへり 02119

宮中から左大臣邸に向かわれる。

◇ 「見るかひありと思ひきこえたり」:大構造 
◇ 「け高く」「まじらず/並列)→「思ひしづまりたまへる」 
◇ 「御ありさまのとけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへる/AのB連体形): 
◇ 「なほこれこそ…頼まれぬべけれと思すものから」:挿入句 
◇ 「さうざうしくて」→「のたまひつつ」→「乱れたまへる」 
◇ 「乱れたるところまじらず」「乱れたまへる御ありさま」:対比

おほかた 02119

あたりの様子。左大臣邸全体というより葵の上の居場所。左大臣はそうした雰囲気を醸さない。

気色 02119

外に表れる見た目の様子。

人の 02119

一般に貴人を指す。ここでは妻の葵の上。

けはひ 02119

醸し出す雰囲気。「気色」は視覚的、「けはひ」は体感。

けざやか 02119

界冴(けさやか)で、境界線がくっきりしている形容。室内に入ると様子ががらりと変わるし、妻はいつも凜と張り詰めた空気に包まれていることを言う。

け高く 02119

気高い。気位が高い。

かの 02119

「まめ人」に懸ける解釈があるが、「人々の」では唐突過ぎる。「かの人々」でよいだろう。雨夜の品定めに集った人々、なかんずく左馬頭と頭中将を指す。

まめ人 02119

雨夜の品定めで「まめ」と形容された表現は五例で、左馬頭の発言「いと口惜しくねぢけがましきおぼえだになくはただひとへにものまめやかに静かなる心のおもむきならむよるべをぞつひの頼み所には思ひおくべかりける/02063」を指す。

には頼まれぬべけれ 02119

まめ人としては信頼勝ち得ようが、自分は(光源氏)それでは窮屈だ。

ものから 02119

思うものの。

うるはしき 02119

端正で乱れた様子がない。

とけがたく 02119

安心した状態になりにくい。心を許しにくい。

恥づかしげ 02119

こちがら引け目を感じるくらいに立派な様子。元来が(相手になびく)。

しづまり 02119

心の動揺を沈静化した状態。

さうざうしくて 02119

とりつくしまがなく、満たされなく思う気持ち。「て」は、満たされない思い原因で、「戯れ言などのたま」うのである。

中納言の君中務 02119

葵の上付きの女房。「の君」は上臈の女房。父親が中納言であり中務とされる。ともに後に光源氏の召人(めしうど)となる。

おしなべたらぬ 02119

並ではない。上玉の。身分というより女として魅力のある意味であろう。

思ひきこえたり 02119

主体は明示されていないが、敬語がないことから光源氏付きの女房と思われる。「あまりうるはしき御ありさまのとけがたく恥かしげに思ひしづまりたまへるをさうざうしくて」は葵の上を見る光源氏、「暑さに乱れたまへる御ありさまを見るかひありと思ひきこえたり」は葵の上を見る光源氏を見る女房という入れ子構造になっている。

大臣 02119

葵の上の父である左大臣。

かく 02119

明融本にはないが、この語があると文意がはっきりするので補った。

渡りたまひ 02119

葵の上と光源氏の住む建物(対の屋か)にお越しになる。

れ 02119

存続「り」の已然形。すでにそういう状態になっている。

御几帳隔てて 02119

葵の上と光源氏がうちとけた状態でいるようなので、遠慮して。婿である光源氏がいなければ、几帳は使わないであろう。

聞こえたまふ 02119

「聞こえ」は「言ふ」の謙譲語で光源氏に対する敬意、「たまふ」は補助動詞で左大臣に対する敬意。

人びと 02119

特に光源氏から戯れ言を言いかけられた中納言の君と中務であろう。この家の一番の主人である左大臣の動作を笑うことで、光源氏の戯れ言を受け入れ、左大臣や葵の上よりも光源氏に仕える意思表示をしたことになる。以後、葵の上や左大臣の動向をこれらの女房を通して知り得る立場となる。

あなかま 02119

話を制止するときのかけ声。「人びと笑ふ」を受け、左大臣に気づかれては大変だと、女房たちの笑い声を制した。

脇息 02119

座った状態で楽な姿勢になるためのひじかけ。口では制止ながら、自らはさらにリラックスする。

やすらかなる 02119

堅苦しさや窮屈さがなく、心身ともにしなやかでのびやかな様子。

や 02119

詠嘆をあらわす間助詞。

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