あぢきなうもあるか 若紫13章10
原文 読み 意味
あぢきなうもあるかな 戯れにても もののはじめにこの御ことよ 宮聞こし召しつけば さぶらふ人びとのおろかなるにぞさいなまむ あなかしこ もののついでに いはけなくうち出できこえさせたまふな など 言ふも それをば何とも思したらぬぞ あさましきや
05217/難易度:☆☆☆
あぢきなう/も/ある/かな たはぶれ/に/て/も もの/の/はじめ/に/この/おほむ-こと/よ みや/きこしめし/つけ/ば さぶらふ/ひとびと/の/おろか/なる/に/ぞ/さいなま/む あな/かしこ もの/の/ついで/に いはけなく/うち-いで/きこエさせ/たまふ/な など/いふ/も それ/を/ば/なに/と/も/おぼし/たら/ぬ/ぞ あさまし/き/や
「あんまりな話ですこと。お遊びにしても、ことの出だしからしてこんななさり方とは」「父宮がお聞きつけになったら、仕える者たちの不思慮ゆえと責め立てになるわ」「ああいやだ、何かのついでに、わきまえなく口をすべらしお耳に入れたり、決してなさいませぬように」などと言うけれども、この状況を何ともお感じにならない様子は、あきれるばかりだ。
あぢきなうもあるかな 戯れにても もののはじめにこの御ことよ 宮聞こし召しつけば さぶらふ人びとのおろかなるにぞさいなまむ あなかしこ もののついでに いはけなくうち出できこえさせたまふな など 言ふも それをば何とも思したらぬぞ あさましきや
大構造と係り受け
古語探訪
あぢきなうもあるかな 05217
情けないという心情語ではなく、相手への非難。そんな道理はありませんよということ。男女が関係を結んだあとは、男が三日間つづけて会いに来るのが決まり。それをしないということは、よほど嫌で捨てられたということになる。本気で結婚する(一生でなくとも当面面倒をみること)意思がなくとも、そうするのが当然であるのに、それをしないのはひどすぎるという意味。
戯れ 05217
紫と性交渉が済んでいないことをいうのではなく、単なる浮気であってもの意味。
さいなまむ 05217
とがめ立てるだろう。
あなかしこ 05217
おそろしいという感嘆。下の禁止表現と共鳴し、決しての意味も持つ。
いはけなく 05217
幼さからくる無分別で。これは紫に向かって言った言葉とする説があるがおかしい。だいたいこの会話全体はひとりの女房の発言とされているが、内容からして複数の女房の発言であり、そうであれば、最後の発言はその前の「宮聞こしめしつけば……さいなまむ」を受けた表現であって、これを言った女房に対して制した言葉であるはずだ。「宮……さいなまむ」が紫の発言と取ることはできない。
それをば何とも思したらぬぞ 05217
「それを」について注釈がないのは不満だ。話の流れから、父宮に言ってはいけないと言われてもぽかんとして何とも感じていない紫の様子を浮かべそうになるが、それは間違いである。ここの文脈の焦点は、兵部卿宮に聞かれてはいけないということではなく、三日間は続けてくるべき光が、二日目にして来ないことである。こんなばかなされ方はないのだ。あまりにその仕打ちがひどいから、父宮に言えないという結果が起こるのである。夫が二日目で来なくなったことの意味は、光に世話してもらえるかも知れないという将来の展望が瓦解したことを意味する。そうした今ある状況が「それ」である。そんな重大なことなのに、なんの反応もないので、「あさましきや」という話者の評が入っているのだ。父に言ってはいけないと言われたのにちゃんと聞いていない、ただそれだけでは「あさましきや」という強い評は決して出て来るものではない。