からうして問はぬは 若紫07章08

2021-05-05

原文 読み 意味

からうして 問はぬは つらきものにやあらむ と 後目に見おこせたまへるまみ いと恥づかしげに 気高ううつくしげなる御容貌なり

05116/難易度:☆☆☆

からうして とは/ぬ/は つらき/もの/に/や/あら/む と しりめ/に/み/おこせ/たまへ/る/まみ いと/はづかしげ/に けだかう/うつくしげ/なる/おほむ-かたち/なり

かろうじて、「問わないのはつらいものなのでしょうね、訪れのないのは堪えがたいものと言いますから」と、横目で君を見遣りになる目つきは、相手をひどく威圧する風で、気高く美しい感じのお顔立ちである。

からうして 問はぬは つらきものにやあらむ と 後目に見おこせたまへるまみ いと恥づかしげに 気高ううつくしげなる御容貌なり

大構造と係り受け

古語探訪

かろうして 05116

しばらく沈黙が続いた模様。

問はぬはつらきもの 05116

古歌の言い回し。「君をいかで思はむ人に忘らせて問はぬはつらきものと知らせむ(あなたにどうにかして、思いの人を忘れさせて、訪れがないのは堪えがたいことだと知らせたいものだ)」など。

にやあらむ 05116

「にや」は断定を弱めた言い回し。疑問ではない。「あらむ」も推量で断定を避けている。「にやあらむ」で遠まわしにそうだろうと言っているのである。
ここの解釈で重要なのは、光が「いかがとだに問ひたまはぬこそ……恨めしう」と見舞いの手紙を遣さないことをなじったのを受けて、わたしが手紙を出さなかったのはつらいしうちだったようですね(「問はぬ」は尊敬語がないから、話者である葵が主語)と、表面では光に申し訳なかったと伝えながら、その裏で、「問はぬ」の古歌の意味である、男がながらく女のもとへ通って来ないことの意味で使っている点である。表で受けながら、裏で皮肉を言うのが面白い。そのうえ、「にやあらん」と、さも我がことではないような言い方である点に注意したい。自分は別に孤閨を恨むつもりはないが、一般に訪れがないのはつらいもののようです、というもってまわった言い方である。こうした言葉の端々に、葵が育った環境・教養のほどが出てくるところが、実に面白いのである。さらに読めば読める。この「にやあらん」はひと事のように聞こえると述べた。すなわち、葵の感情でなく、光の感情を代弁したようにも聞こえる言い回しなのだ。ここで思い出すのは、空蝉との相聞歌(『夕顔』の帖)である。「問はぬをもなどかと問はでほどふるにいかばかりかは思ひ乱るる」と「うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ」。光は相手から何も言って来ない女のつらさを身にしみて味わっているのだ。したがって、この葵の言葉は、葵自身が見舞いをしない意味Aと、光が葵のもとを訪ねない意味Bと、空蝉のような消極的な女が光へ手紙を出さないの三重の意味Cがこもっていると言えよう。もっと言えば、わたしはあなたの浮気をちゃんと知ってますという重みがないなら、この場面で光が葵の愛情のなさを責めるのは、無理があると思う。表面的には光の言葉を受けて、そうですねと言っているのだから、裏の意味をわざわざ取り上げて、それに難癖をつけるのは、光の側に弱みがあるからであろうとわたしは見ている。この場面の読みどころは、したがって、相手の言葉が明確でないために、引き起こされるドラマなのだ。解釈するのは光の側で、その解釈の仕方によって、相手でなく実は光自身が解釈されているのである。

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