内にも人の寝ぬけは 若紫05章03
原文 読み 意味
内にも 人の寝ぬけはひしるくて いと忍びたれど 数珠の脇息に引き鳴らさるる音ほの聞こえ なつかしううちそよめく音なひ あてはかなりと聞きたまひて ほどもなく近ければ 外に立てわたしたる屏風の中を すこし引き開けて 扇を鳴らしたまへば おぼえなき心地すべかめれど 聞き知らぬやうにやとて ゐざり出づる人あなり
05066/難易度:☆☆☆
うち/に/も ひと/の/ね/ぬ/けはひ/しるく/て いと/しのび/たれ/ど ずず/の/けふそく/に/ひき/ならさ/るる/おと/ほの-きこエ なつかしう/うち-そよめく/おとなひ あてはか/なり/と/きき/たまひ/て ほど/も/なく/ちかけれ/ば と/に/たてわたし/たる/びやうぶ/の/なか/を すこし/ひきあけ/て あふぎ/を/ならし/たまへ/ば おぼエ/なき/ここち/す/べか/めれ/ど きき/しら/ぬ/やう/に/や/とて ゐざり/いづる/ひと/あ/なり
奥でも、人が寝ないでいる様子がはっきりとわかり、音を立てないようとても気を使っているが、数珠が脇息に触れて立てる音がかすかだが耳につき、心慕われるさらさら鳴る衣擦れの音が品がいいものだとお聞きになられて、いくらも距離のない近さなので、部屋の外に立てわたしてある屏風の中ほどを、すこしひき開けて、扇をお鳴らしになったところ、思いも寄らない心地がしたに違いなかろうが、聞こえないふりもどうかと、にじり出て来る人もあるようだ。
内にも 人の寝ぬけはひしるくて いと忍びたれど 数珠の脇息に引き鳴らさるる音ほの聞こえ なつかしううちそよめく音なひ あてはかなりと聞きたまひて ほどもなく近ければ 外に立てわたしたる屏風の中を すこし引き開けて 扇を鳴らしたまへば おぼえなき心地すべかめれど 聞き知らぬやうにやとて ゐざり出づる人あなり
大構造と係り受け
古語探訪
内にも 05066
ここでは紫を中心にした女たち。先に「内の人々も心づかひすべかめり」の「内」は女たちの意味ではなく、寺男などであろうと述べた。諸注は、この「内」も先の「内の人々も」同じく女たちとするが、それは間違いである。この後を読めばわかるが、女たちは、隣から声をかけてきた男を光とは気づかない。ところが、「内の人々も心づかひすべかめり」の「内」を女たちと取るなら、女たちは光だと思って心遣いすべきであろうとなり、矛盾が生じてしまう。同じ単語でも、意味が違うと考えねばならないだろう。「しるくて」ははっきりしていること。
忍びたれど 05066
まわりに気づかれないよう努めている様子。
ほの聞こえ 05066
かすかだが、もっと聞きたいと意識がそちらに向うこと。
なつかしう 05066
心がむかう、好きになること。
あてはか 05066
上品な感じ。
屏風の中 05066
よくわからない。一曲屏風の端の方でなく、中ほどをひっぱることで、屏風が折りたたまれ、端に隙間ができたのか。二曲屏風が並列においてあったため、そのつなぎ目である中央をひっぱって開けたのか。おそらく後者だと思うが判然としない。
扇を鳴らし 05066
注意を引くときによく行われる仕種。
聞き知らぬやうにや 05066
「聞き知らぬやうにすべきや」の略であろう。聞こえないふりをしてよいであろうか、いやよくはないという反語。