宮に渡したてまつら 若紫11章09

2021-05-09

原文 読み 意味

宮に渡したてまつらむとはべるめるを 故姫君の いと情けなく憂きものに思ひきこえたまへりしに いとむげに児ならぬ齢の まだはかばかしう人のおもむけをも見知りたまはず 中空なる御ほどにて あまたものしたまふなる中の あなづらはしき人にてや交じりたまはむ など 過ぎたまひぬるも 世とともに思し嘆きつること しるきこと多くはべるに かくかたじけなきなげの御言の葉は 後の御心もたどりきこえさせず いとうれしう思ひたまへられぬべき折節にはべりながら すこしもなぞらひなるさまにもものしたまはず 御年よりも若びてならひたまへれば いとかたはらいたくはべる と聞こゆ

05184/難易度:☆☆☆

みや/に/わたし/たてまつら/む/と/はべる/める/を こ-ひめぎみ/の いと/なさけ/なく/うき/もの/に/おもひ/きこエ/たまへ/り/し/に いと/むげ/に/ちご/なら/ぬ/よはひ/の まだ/はかばかしう/ひと/の/おもむけ/を/も/みしり/たまは/ず なかぞら/なる/おほむ-ほど/にて あまた/ものし/たまふ/なる/なか/の あなづらはしき/ひと/にて/や/まじり/たまは/む など すぎ/たまひ/ぬる/も よ/と/ともに/おぼし/なげき/つる/こと しるき/こと/おほく/はべる/に かく/かたじけなき/なげ/の/おほむ-ことのは/は のち/の/みこころ/も/たどり/きこエさせ/ず いと/うれしう/おもひ/たまへ/られ/ぬ/べき/をりふし/に/はべり/ながら すこし/も/なぞらひ/なる/さま/に/も/ものし/たまは/ず おほむ-とし/より/も/わかび/て/ならひ/たまへ/れ/ば いと/かたはらいたく/はべる と/きこゆ

「父宮のもとにお渡し申すがよい、というようなことでございますが、母上である亡き姫君が、とても冷たく嫌でならないとお感じ申していらっしゃたご先方なのに、まったくしようのないほど幼いわけではないご年齢で、といってまた、ちゃんと人の気持ちをご理解なさるのではない、中途半端なお年頃で、たくさんいらっしゃるお子さん方の中へ、継子扱いされるとわかっている人が一緒にいられましょうかなどと、お亡くなりになった人も、常々ご案じになっておいでで、事実ご心配通りの事柄が多くございますのに、このようにもったいなくも聞こえのよいお申し出は、後々のお心づもりも確かめもうさず、とてもうれしく存じられて当然の折節でございましょうが、すこしもふさわしい様子さえ身についておられず、お年よりも幼い風がならいとなっておいでなので、とても見ていられない気持ちでございます」と申し上げる。

宮に渡したてまつらむとはべるめるを 故姫君の いと情けなく憂きものに思ひきこえたまへりしに いとむげに児ならぬ齢の まだはかばかしう人のおもむけをも見知りたまはず 中空なる御ほどにて あまたものしたまふなる中の あなづらはしき人にてや交じりたまはむ など 過ぎたまひぬるも 世とともに思し嘆きつること しるきこと多くはべるに かくかたじけなきなげの御言の葉は 後の御心もたどりきこえさせず いとうれしう思ひたまへられぬべき折節にはべりながら すこしもなぞらひなるさまにもものしたまはず 御年よりも若びてならひたまへれば いとかたはらいたくはべる と聞こゆ

大構造と係り受け

古語探訪

宮に渡したてまつらむ 05184

「渡したてまつらむ」は、おそらく宮すなわち紫の父である兵部卿宮の言葉である。「わたしに渡しなさい」と宮が言ったのを、少納言の立場から言い換えたもの(これを間接話法という)である。

とはべるめる 05184

…とそのようなことになっていますが、という少納言の源氏に対する説明。

故姫君の……交じりたまはむなど 05184

「過ぎたまひぬる」尼君が「世とともに思し嘆」いた具体的内容である。話の内容から、少納言が口にするような内容ではないので、尼君が心配していたこと、さらに言えば、尼君の言葉を、少納言の立場から言い換えたものである。

故姫君 05184

紫の母。

思ひきこえたまへりしに 05184

「に」は逆説で、「侮らはしき人にてや交じりたまはん」にかかる。

いとむげに児ならぬ齢の 05184

「またはかばかしう……中空なる御ほど」と同格となる。単純化すると、幼すぎるわけでもないが、しっかりとしてもいない、中途半端な年齢でということ。

御ほどにて 05184

「にて」は、「侮らはしき人にてや交じりたまはん」にかかる。

あなづらはしき人にてや交じりたまはむ 05184

この「や」は反語を示す。馬鹿にされるのが目に見えているのに、それでも交際しないといけないだろうか、いやそんなことはないということ。

過ぎたまひぬるも 05184

「思し嘆きつる」にかかる。

思し嘆きつる 05184

「しるきこと多くはべる」にかかる。そんな風に亡くなった尼君は常々ご心配だったが、そう判断する根拠がいろいろあるのだということ。

しるきこと多くはべるに 05184

「に」は順接でなく逆説と取る。そんな嫌な証拠が多いので申し出を受け入れるべき、と続けるのではなく、そんな証拠が多いのに、申し出を受け入れるべきでありながら(受け入れず)と続く。屈折を多用しながら、相手に揺さぶりをかけているのだ。

なげの御言の葉 05184

言葉だけよく聞こえる申し出のこと。こういう言葉を少納言が使うのは、光の真意を引きだそうとするための方便である。

後の御心もたどりきこえさせず 05184

将来とも光の気持ちに変わりがないか確かめもせずということ。自嘲的な表現で相手の出方を見ているのだ。

ぬべき折節にはべりながら 05184

何も考えず承知するのが本当でしょうがとの意味。引くだけ引いて、その実、自分の主人である紫をどれだけ高く売るかが、女房たちの仕事であり生きる道なのだ。「なずらひ」は夫にふさわしい女性。
前半で、少納言が尼君の言葉を長々と引いたのは、立場として、紫の将来を決めることはできないからである。おそらく、こうせよと託される前に尼君が死んだのだろうという推測については、何度か言及した。この会話は実に和文的(くねくねだらだら続くこと)であり、女房的(主人を高く売りつけたいという手練手管にあふれている)である。その意味では、名文(簡潔とはおよそ好対照ながら陰影変化にいかに富んだ文章であるかという点で)であり、女房たる紫式部のもっともよく現れる状況であろう。よくよく味わいたい。

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