いとむつかしげには 若紫10章08
原文 読み 意味
いとむつかしげにはべれど かしこまりをだにとて ゆくりなう もの深き御座所になむ と聞こゆ げにかかる所は 例に違ひて思さる
05164/難易度:☆☆☆
いと/むつかしげ/に/はべれ/ど かしこまり/を/だに/とて ゆくりなう もの-ふかき/おましどころ/に/なむ と/きこゆ げに/かかる/ところ/は れい/に/たがひ/て/おぼさ/る
「とてもできそうにないのでございますが、せめて見舞いのお礼だけでもとおっしゃって。思いがけずもまあ、ひどく人里離れた場所を御座所になさって」と申し上げる。まことにこのようなところは、いつも見慣れた場所ではないとお思いになる。
いとむつかしげにはべれど かしこまりをだにとて ゆくりなう もの深き御座所になむ と聞こゆ げにかかる所は 例に違ひて思さる
大構造と係り受け
古語探訪
いとむつかしげにはべれどかしこまりをだにとて 05164
通常の解釈は、「こんなむさ苦しい場所ですが、せめてお礼だけでも尼君が申し上げたいとのことですから」とでもなる。文末の「とて」は、尼君がそのように申しておりますという引用を示す。問題は「むつかしげにはべれど」である。「げ」は感じがするの意味であり、これがこの場所に対する女房の判断であるなら「げ」は入らない。だとすれば、光がこの場所をそう思うだろうとの推測と解釈すべきであろうが、貴人にとってこの場所は「げ」で表現されるような場所ではなく、明らかに「いとむつかし」である。「むつかし」には、このように見苦しいの意味もあるが、対面することなどが難しいの意味もある。「御対面などもあるまじ」という状態にある尼君がお礼を申し上げるのもつらそうではあるが、対面は無理でもせめて人を通してお礼を申し上げたいと言いますからと言っているのであろう。
ゆくりなうもの深き御座所になむ 05164
「思いがけないおいでで、とても奥深い御座所ですが(どうぞ)」と訳されている。「もの深き御座所」は、正面建物の南廂では、外に近いのでおかしいから、北の対の南廂であろうとの解釈が生まれたようだ。しかし、「もの深き」は、故按察使大納言の邸宅近辺ぜんたいを言うのである。そもそも「なむ」は強調である。家を使っていただく側が、さあ「御座所になむ」というのはおかしい。ここは謙譲である。思いがけなくもこんな辺鄙なところをよく御座所としておいでになったの意味である。「なむ」の後は「おはしたる」などが省略されているのだ。そう読むと、「ゆくりなう」も「おはしたる」に素直に続く。「どうぞお休みください」等では、「ゆくりなう」が分裂してしまう。