わざとかう立ち寄り 若紫10章07
原文 読み 意味
わざとかう立ち寄りたまへることと言はせたれば 入りて かく御とぶらひになむおはしましたる と言ふに おどろきて いとかたはらいたきことかな この日ごろ むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば 御対面などもあるまじ と言へども 帰したてまつらむはかしこしとて 南の廂ひきつくろひて 入れたてまつる
05163/難易度:☆☆☆
わざと/かう/たちより/たまへ/る/こと/と/いは/せ/たれ/ば いり/て かく/おほむ-とぶらひ/に/なむ/おはしまし/たる と/いふ/に おどろき/て いと/かたはらいたき/こと/かな この/ひごろ むげに/いと/たのもしげなく/なら/せ/たまひ/に/たれ/ば おほむ-たいめん/など/も/ある/まじ と/いへ/ども かへし/たてまつら/む/は/かしこし とて みなみ/の/ひさし/ひき-つくろひ/て いれ/たてまつる
わざわざこうしてお見舞いに立ち寄られた旨を惟光は従者に言わせたので、取次に出た家の者は中に入り、「このようにお見舞いにお越しになっておられます」と言うのに、女房たちは予期せぬお出でに驚いて、「こんな場所になんとも気が引けること。近頃、もうめっきり安心ならぬ風になってしまわれたので、ご対面などかなうまいに」と口にするが、このままお帰し願うのもかたじけないと、南の廂をにわかに片付けて、入っていただく。
わざとかう立ち寄りたまへることと言はせたれば 入りて かく御とぶらひになむおはしましたる と言ふに おどろきて いとかたはらいたきことかな この日ごろ むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば 御対面などもあるまじ と言へども 帰したてまつらむはかしこしとて 南の廂ひきつくろひて 入れたてまつる
大構造と係り受け
古語探訪
わざと 05163
惟光の方便。光は六条京極界隈の女のもとへ通う途次にあったが、わざわざ見舞いに来られたのだと、尼君に取り次がせたのである。
言はせたれば 05163
主体は惟光。言った当人は従者。
入りて 05163
家に入ったのは、従者と解釈されている。しかし、貴人・(仲立ち)・従者・家の者・(仲立ち)・貴人という手順を踏む。男の側の従者が直接、仲立ちである女房に話しかけるとは考えにくい。また、「言はせたれば」の「たれ」に注目すれば、すでに惟光は従者へ、かくかくしかじかだとすでに言わせたのである。それを聞いた家の者が中に入って、こうこうですと取り次いだと読むべきであろう。
かたはらいたき 05163
居たたまれない気持ち。むさ苦しい場所に光のような貴人が突然見舞いに来たからである。
南の廂 05163
寝殿造りの正面建築の南側で、貴人を招く客室である。尼君は病人なので、自室である北の対にいるから、北の対の南の廂であろうとの説もある。これは無理な解釈である。なぜこんな無理な解釈をする必要があったかは、すぐ後の誤読をごまかすためである。後に触れよう。