かやうにてもなべて 若紫01章21
原文 読み 意味
かやうにても なべてならず もてひがみたること好みたまふ御心なれば 御耳とどまらむをや と見たてまつる
05021/難易度:☆☆☆
かやう/に/て/も なべて/なら/ず もて-ひがみ/たる/こと/このみ/たまふ/みこころ/なれ/ば おほむ-みみ/とどまら/む/をや と/み/たてまつる
こういうところからもわかることだが、めったにないくらい自らひねくれていったような事態をお好みになるご性分であるから、供の者たちはお耳にされてきっと関心を持ち続けになろうよとお察し申し上げる。
かやうにても なべてならず もてひがみたること好みたまふ御心なれば 御耳とどまらむをや と見たてまつる
大構造と係り受け
古語探訪
かやうにても 05021
難解。「好みたまふ」にかける注があるが、「こういう場合でも曲がったことを好む性格だから」では意味をなさない。こういう場合と曲がったことが同じ事象を受けるのだから。こういう場合でもそうだが、の意味である。こういう場合でもそうだが、光は曲がったことを好む性格だから。
なべてならずもてひがみたる 05021
「なべてならず」は、めったにないの意味ではなく、めったにないほどの意味。なぜなら、「こと」にかかるのではなく、「もてひがみたる」にかかるから。「もてひがみたる」の 「もて」は、自分からすすんでそうするようなのニュアンスをそえる。明石の入道も、わざわざ都落ちしなくていいのに、自らすすんでしたことである。そうした普通の人生から進んでそれていったことに関心があるのである。娘への関心だけではない点に注意したい。ここまでが、話者による聞き手への説明で、次ぎの文は物語にもどり、この時の供の者たちの描写。 なお、「もてひがみたること好みたまふ」の中心には、藤壺との道ならぬ恋がある。